二人は闇の眷属(忍の不安)

 

 ずっと、待ち焦がれていたセリフがある。本当は“誓い”を立てた3年前、言って欲しかったその一言。高町君のことを下の名前で呼ぶには欠かせない、その言葉。

「うん、帰ってきて。おかえりって、迎えてあげる」

 彼の厚い胸板に抱き寄せられた私がその言葉を耳にしたとき、そう答えた。暴漢に襲われた恐怖で泣いていた私の涙は、いつしか喜びの涙に変わっていた。

 恭也に告白されたからと言って世の中が変わる訳ではない。これまでも付かず離れずの間柄だったから、劇的に日常が変わる訳でもない。けれども、付き合ってますとおおっぴらに言えるようになると心の持ち方まで変わったようで、何気ない日常が何もかも輝いているように見えた。孤独にさいなまされていた子供の頃の私。なかなか振り向いてくれない恭也を見て、いつの日か別の女性(ひと)が現れてしまうことを怖れていた私。そんな不安から解き放たれたことで、確かに今の私は満ち足りた感情にあふれていた。

 けれども、そんな風に恭也と楽しい日々を送っていると、かえって不安になるのだ。桃子さんのように幸せな日々が突然、終わってしまうこともあり得ると言うことが。

 

 翌年のGW。連休を利用して恭也は美由希ちゃんと香港警防へ訓練に出かけた。本当は恭也と一緒の連休を過ごしたいのだけど、彼は去年の後半を棒に振っただけに訓練の遅れを気にしていたから、私は笑顔で送り出した。

 明日、恭也が帰ってくる。そう楽しみにしていた私の携帯に電話が入る。

「すまない、忍。俺と美由希はこれからイギリスに行かねばならない」

 急な予定変更。何でもフィアッセさんが脅迫を受けたと言うのだ。年に一度、恒例のチャリティコンサートは、なぜか闇勢力に狙われることが多い。ましてや今年はフィアッセさんが校長になって初めてのコンサート。常識的に考えれば中止するところだが、それはテロに屈したことを意味してしまう。かつてティオレさんがそう言ったそうだが、開催を強行するあたり彼女の遺志の強さがよく判る。

 

 5月の末、フィアッセさんたち一行が来日した。翠屋で仕事をしていた私は、たまたま付けてあったTVでその光景を目のあたりにした。

 護衛の一人としてTVに写る恭也と美由希ちゃん。それを見た晶やレンちゃん、なのはちゃんがはしゃぎだす。私と桃子さんも並んで画面を見る。最初は恭也の顔を見て口元がほころんだ。けれども、やがて何も口にすることができなくなり、うつろな目を画面に投げかけていた。

 不安、なのだ。恭也のことが。彼が進む道の危険性。御神の剣士であることは、死と隣り合わせということでもある。そんなことは百も承知のはずだった。けれども、現場に赴く彼の姿を見ると、いつも不安にさいなまされてしまう。

「忍ちゃん。ちょっといいかな」

 そんな私を背後から見ていた桃子さんに声をかけられる。やはり、この人には判ってしまったようだ。調理場を松尾さんに任せしばし私と休憩に入るや、ハーバルティにペパーミントを落として私に勧める。リラックス効果の高いハーブティ。これを飲んで落ち着け、と言いたいのだろう。

「不安、なんでしょ。恭也のことが」

私は首を縦に振る。桃子さんも昔、士郎さんが仕事に出るとき、このような気持にさいなまされたに違いない。事実、その事に関して否定はしなかった。

 

「私もね、士郎さんが生きていたときは、しょっちゅう忍ちゃんのような気持になったわ。この歳で未亡人になっちゃったから、心配する気持はすごくよく判る。

 あの人と結婚したこと自体、私は後悔していないの。結婚生活は短かったけど、でも毎日がとても楽しかった。一緒にいるとすごく幸せだった。本音はボディガードだけは辞めて欲しかったわ。だけど、人生は一度きりだし、それにまだ20代と若かったから、やりたいことを思う存分やって欲しいという気持もあった。結果的に士郎さんはフィアッセを守って死んじゃったし、その時は私も悲しかった。けれども、あの人は私が泣いていたら安心してあの世に行けないと、死んでも泣かないよう事前に約束させられていた。その時は正直酷だって思ったけど、今となってはやりたい事をやって死んだから、あの人に悔いはないと思うの。

 それより何より、恭也、ああ見えて欲張りだから、家族を守ってなおかつ生還しなければきっと後悔するわ。忍ちゃんには帰ってくるって約束したんでしょ。だから、絶対帰ってくるって信じてあげて」

 

 私は正直、遠からず義母になるであろうこの人には叶わないと思った。

 御神の剣士と一緒になることは、“夜の一族”と誓いを立てるのと同じ位の覚悟がいる。恭也の話だと、桃子さんは士郎さんが死んでも一切泣かなかったと言うけど、それが桃子さんなりの覚悟だったのが私にはよく判った。

 旦那を忘れたわけではない。むしろ、覚えているからこそ、今を大事に生きている。だからこの女性(ひと)は、再婚する気などさらさらない。とても強い人だと改めて思う。

 けれど、私はどうだろう。桃子さんはただのヒトだから、いずれ人生に終わりが来ると割り切ることができる。けれど私は“夜の一族”。正直、自分でも長すぎると思う寿命ゆえ、別れが永遠のように思えてしまうだろう。それがとても切なかった。

 

 コンサート前夜、私はノエルと共に家を出た。向かう先はホテル・ベイシティ。愛しい人の姿が見たい。その一心で車を走らせる。

すでに世界的有名人になったフィアッセさんは来るたびにマスコミが張り付いているので、本人の意思とは裏腹に気軽に高町家を訪れることが出来なくなっていた。ましてや今回は脅迫状まで送りつけられている。恭也も美由希ちゃんも警備スタッフの一員として参加している身、家に帰って来ることが出来ない。ホテル近くの公園に車を止めノエルのノクトビジョンをカーナビに転送すると、画面には鋭利な刃物のように緊張感みなぎる恭也の姿が浮かび上がる。

「会いに行かなくて、よろしいのですか」

 ノエルの言葉に首を横に振る。御神の剣士の感覚は私たち“夜の一族”に勝るとも劣らない。これ以上、近づいたら私に気付いてしまう。今、私が行けば彼の心は乱れてしまう。いつテロリストが襲ってくるかも知れぬのに、彼の仕事の邪魔をするわけには行かない。

元気そうな姿を見て安心したと言い聞かせ、私はそっとその場を離れる。恭也を黒子とすれば、私はそのまた影にしかなることが出来ない。車から降りればすぐに手の届く所に彼はいる。けれども、私はさくらやノエルと違い戦う術を知らない。私が行ったら足手まといになるだけ。遠くからそっと彼を見守ることしか出来ない。私と彼との距離は、現実以上に遠く感じる。そんな自分の無力さを感じざるを得なかった。

 

 コンサートは無事に開幕を迎えたものの、開演直前に消防車が駆けつける騒ぎが起きた。マスコミは地下駐車場で火災が起きたとだけ伝えたが、実際は爆弾が仕掛けられ、フィアッセさんが一時誘拐される騒ぎが起きていたと聞かされた。

そのとき逮捕された犯人は士郎さんの殺害実行犯だったと言う。念のため恭也と美由希ちゃんはその後も国内警備に同行したが、どうやら単独犯だったようで、危険が排除されたと判断し一行の離日と共に帰ってきた。

1ヶ月半ぶりに帰ってきた恭也はどこか寂しそうだったが、私の顔を見ると微笑んでくれた。約束通り、生きて帰ってきてくれた。それがたまらなくうれしい。今の私に出来ること。それは恭也を温かく迎えてあげること。そして、恭也の緊張を少しでも和らげ、幸せだと思えるようにしてあげること。私は小走りで駆け寄り彼に抱きつく。

「おかえり。恭也」

 

あとがき

これまで4作の半年後であるOVAの原作補完に針を進めました。いよいよ恋愛関係となった恭也と忍ですが、付き合ったら付き合ったで今度は忍がさくら同様、寿命の不安に怯えだす、ましてや身近なところに桃子と言う前例があるだけに、忍がそれを割り切れるのか否か。恐らく、そう言った葛藤を新たに抱え込むことになると思います。#3でTVに写る恭也を呆然と見たり、夜中にこっそり様子を見に行った忍の心中は如何ばかりか。そんな考察です。

忍が一族の秘密について共有を求めたのと同様に、恭也は己の進む危険な道について納得を求めた。そう言う点で似てるんですよね。生き様が。そんな二人に是非一票を。


魔術師の後書き

今回の話は技ありというか、なるほどな。と素直に感心しました。
わたしもSS書きの端くれですから、ご多分に漏れず面白い着想を見ると、いろいろ頭から妄想がもわもわと出てくるわけですが…(私だけ?)

今まで恭也と忍が人生を共にするうえで障害になるのは、夜の一族の苦悩故の苦悩ってのが主流だったっと思うんです。
少なくとも私には。
そして、恭也もまた御神流という殺人術があり、人には言えない秘密の共融や、人を超えた力など共通点を拾っていくような展開は、私も結構思いつくんです。

目から鱗がスコーンと落ちました。
そっか、恭也だって死ぬかもしれないんですよね。
なんか恭也強いし、仕事中に死ぬイメージが湧きにくかったけど、やってる仕事はボディーガードですもの、そりゃ死と隣り合わせですよね。
ここで、士郎パパを持ってくることで、明確に恭也が死ぬ可能性を提示してくれると話に対する納得が違いますね。

そして、桃子さんと忍を重ねる、上手い演出ですね。

そっか、夜の一族と若い身空で未亡人。
一人で過ごす時間の長さこそ違え、大切な人を失ってからも生きていかなければならない。と言う部分は同じなんですね。
作中で忍が『夜の一族と人の違いで人生の終わりが来ることで割り切ってる』みたいな、独白があります。
これって、裏を返せば忍のほうが幸せかもしれないんですよね。
だって、裏を返せば、恭也とずーーーっと添い遂げて、恭也が寿命でなくなった後で過ごす長い時は、でも高町恭也という人間と最後まで添い遂げた満足感やたくさんの想い出に囲まれているわけですから。
桃子さんは、ほんの僅かな幸せな時間と、その後残された一人の時間を過ごしていくわけですし。

なんか、まとまりがない文章でしたが、凄く興奮してるのが伝わってますでしょうか。
ありがとうございました。


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