《出会いと別れと…》
いいかげん、さざなみ寮の面々にからかわれ疲れて、庭に避難する薫と恭也。
「「ふぅ〜〜…」」
二人してからかわれすぎて火照った熱を、体外に放出する様に深い溜息をつく。
そこへ、
「すまないね、恭也君、それに薫も。真雪さん他うちの寮の人間が…」
と、現れた耕介をジ〜〜ッと恭也がジト目で見ている。
「な…なんだい恭也君」
「…何が『困った事があったら相談に乗るから』ですか」
「あはははは…」
「笑っても誤魔化されませんよ…」
「そうは言うけどね、恭也君。おめでたい事はみんなで祝った方が楽しいじゃないか…」
「そうですね、耕介さんはとっっっっても!!!楽しそうでしたもんね」
「うう…。薫までそんな冷たい目で俺を睨まなくても…」
「別に睨んでなかとですよ。そんな事よりも、何の用ですかウチらに?」
「クスン…棘がある言い方…。
十六夜さんが恭也君のことで二人に話があるって言ってたから、教えに来てあげたのに…」
「十六夜が…ですか?わかりました…、ありがとうございます」
十六夜は那美の部屋においてある…。
と言う事は、せっかく寮の冷やかし軍団から脱出をして来たのに、そのアジト(居間)に戻らなければいけないと言う事である。
薫は、別段冷やかされるのは嫌ではない、ただものすごく照れくさいのだ。
「俺が取ってきましょうか?薫さん」
一瞬、逡巡する薫の様子を見て恭也がそう提案してくれたが
いくら妹の那美の部屋とは言え、恭也を他の女性の部屋に行かせるのは嫌だった。
さらに、恭也にリスティや真雪、他の寮生がベタベタするのを見るのも面白くない。
さっきまで中で散々冷やかされている時も、酔っ払って足元が定かでない美緒を、恭也が抱きとめたのを見てかなり嫌な気分になったのだった。
そんな、焼きもちを焼いている様を顔には出さないように薫はしてるつもりらしいが、はっきり言って、もろバレである。
むしろ、そんな薫が面白くて真雪やリスティはわざと恭也にベタベタしていた事など、薫は知る由も無かった。
「いいや、ウチが取って来るから恭也君はここに居てくれ」
そう言って、薫が寮に入っていった後におもむろに耕介は恭也に話しかけた。
「恭也君…。ありがとうな…」
突然の耕介の言葉に恭也はきょとんとした顔をしている。
「何ですか?藪から棒に…」
「いや、薫が幸せそうに笑うから…。
その笑顔の原因である君にぜひ御礼が言いたくてさ…」
「俺が原因…ですか?」
「ああ、そうだと思うよ。
俺がまだこの寮に来て間も無い頃の薫はいつも張り詰めていて、
そうだな…、なんて言ったら良いのかな、余裕が無さそうだったんだ。
例えて言うなら空気を入れすぎた風船…かな」
「張り詰めていて…ですか?」
恭也の脳裏に映る初めて出会った夜の薫は、凛として少し物悲しそうな瞳をして…。
そんな感じだった…。
あの時の恭也は、まさに破裂してしまった風船だった。
もう限界まで空気が容れてあったにも関わらず、無理やりにさらに空気を詰め込んで
そしてとうとう破裂してしまった風船…。
それがあの夜の高町恭也と言う人間だった。
「でも、さ…」
ぼうっとしていた恭也に気が付かずに耕介は話しを続けた。
「この寮で一緒に暮らしていた、2年間の間に薫はどんどん丸くなって…
可愛い笑顔も少しづつだけど見せてくれる様になって…」
『それはきっと耕介さん…あなたがいたから…。
優しい彼方という存在が、薫さんの心の奥にあった可愛らしさを開放したんです…』
恭也は言葉には出さずに心の中でそう思った…。
「でもね、恭也君。薫は一度だって俺の前で涙を流した事は無いんだよ…。
どれだけ辛い時も、困った時も決して弱音を吐かずに俺達には、にっこり笑って『大丈夫です』って言うんだ」
「薫さんらしいですね…。強い女性(ひと)だな…」
「違うよ、恭也君…。
薫は剣士として強いかもしれないけど、人としてはきっと凄く脆いんだと思うよ」
「えっ?」
「あの子は、きっと人に涙を見せるのが怖いんだと思う…。
人に弱みを見せるのが怖いんだと思う…。
そして、弱さを隠し強さを演じ…そんな心の脆さを抱えた子なんだよ…。
常に、背水の陣を牽いていたら常勝は難しいだろう?
あの子はそんな感じだったから…。強いけどきっと凄く脆そうだったから…」
恭也は何も言わずに、耕介の次の言葉を待った…。
「だから俺は嬉しかったんだ…。
あのビデオの中で薫は泣いていたから…、
君の前では弱さも脆さも全て晒せると言って泣いていたから…。
薫はやっと、泣ける場所を見つけたんだな…って…。
帰る場所があるとき、心許せる人がいるとき、全てを委ねられる人がいるとき…
きっと、人は本当に強くなれる…。俺はそう信じているから…」
「耕介さん……」
恭也が何か言おうとした時に薫が十六夜を持って戻って来た。
「耕介さん、恭也君…。何をそんなに話し込んでいたの?」
「いや〜、薫は意外と焼きもち焼きだから、恭也君に浮気はばれない様にしろって…」
「ウチは別に焼きもちなんて焼いておらんです…」
真っ赤になって否定する薫に、耕介はさらに悪戯っぽい瞳で
「さっき、真雪さんやリスティが恭也君にベタベタするたびにあんな顔してたのに?」
「なっ!!!!」
真っ赤だった薫の顔はさらに紅潮し、頭から湯気でも出そうなほどだ…。
「なぁ〜、恭也君も気が付いてただろ?
あの焼きもちを焼いてプ〜ッと頬を膨らましてた薫の可愛い顔を…」
と言って、恭也に同意を求める耕介。しかし…
「え?薫さん焼きもちなんて焼いてたんですか?いつ?どうして?」
恭也は超犯罪級に鈍かった…。
カクンと、腰砕けになった耕介は
「じゃあ、後は若い二人に任せますかね」
とか、言いながら居間に戻っていった。
居間に上がった所で真雪に捕まった耕介。
「よう、かっこ良かったぞ耕介」
「からかわないで下さいよ…」
「しかし恭也の鈍さは超弩級だな」
「本当ですね、国宝級です」
『お前もな…』と心の中で真雪は思ったが言葉にはしなかった。
「しかし、お前もやるな〜。あれだけ切々と神咲への思いを連ねやがって…。
ちょっとは神咲に気が有ったのか?」
「そんなんじゃないですよ…。ただ俺にとっては薫も知佳も美緒も那美も…
他の寮生の子達も、みんな可愛い妹みたいなもんですからね…」
「そうか…」
そう言いながら真雪は耕介にグラスを渡す。
グラスの中の琥珀色の液体は、芳醇な香りを漂わせている。
チ〜ン…
真雪と合わせたグラスが澄んだ音を奏でる。
その琥珀色の液体を、耕介が一息に喉に流し込むと真雪はすかさず注いでくれる。
「愛は眠っちっまたし、今日はとことん付き合ってやるからさ…。
明日薫が帰る時は笑顔で送り出してやるんだぞ」
「わかってますよ…」
「ならいいよ…。
今から飲み明かして、その『妹を嫁にとられる兄貴の哀しさ』見たいな辛気臭い面は、今日限りにしてくれよ…。なっ?」
「はい…」
そしてグラスは再び澄んだ音を奏でつつ夜はふけていくのであった…。
一方、庭に居る恭也と薫は十六夜の話に耳を傾けていた。
「もう一度言ってもらえますか?十六夜さん」
恭也はこの男にしては珍しいほどに、取り乱しながら十六夜に話しかけていた。
「ですから、恭也様の右膝の古傷の事ですが…、この古傷も定期的に癒しをかければ、恐らく完治させることは可能だと思います」
「ほ…本当ですか?」
今までこの古傷のせいで御神の剣士として、常に完成される事は無いと思っていた恭也にとって、これほど嬉しい言葉は無かった。
「はい、初期の段階で那美の治療を受けている事、恭也様が類稀なほどに体を鍛えている事、
そして、恭也様の霊力が一般人よりも強力な事…。
その全てがプラスに作用したようです。
2年間ほどかかりますが、定期的に私の霊的治療を受けていただけば、恐らく完治させることが可能でしょう…」
「ありがとうございます…十六夜さん」
思わず十六夜の手を取り、強く握り締めて御礼を言う恭也。
「それだけ喜んでいただければ私としても嬉しいです」
そう言って、にこにこ笑う十六夜。
「しかし、そのためには薫の協力が必須です。
薫の膨大な霊力があってこそできる治療ですから…」
「ああ、まかせてくれ、恭也君。
必ずウチと十六夜で君の右足を治して見せる、だからいつか見せて欲しい。
何の制約も無い君の剣を…」
そう言って微笑む薫の手を取り、強く握り締めながら恭也は何度も何度もありがとうと言い続けていた。
どれくらい恭也は薫の手を握っていただろうか。
「薫さん十六夜さん…今夜は俺これで失礼します」
突然恭也は帰ると言い出した。
「突然、どうかなさったのですか恭也様?」
と、不思議そうな十六夜と薫に、恭也は滅多に見せない爽やかな心の底からの笑顔を見せて
「父に、怪我が治る見こみがある事を報告に行こうと思いまして…」
と照れくさそうにでも嬉しそうに呟いた。
その笑顔があんまりにも眩しかったからだろうか、薫はわけも無く自分の胸が高鳴るのを感じていた。
「ウチも一緒に行ってもいいかな?恭也君」
「ええ、親父も薫さんを紹介しろと夢の中でも言っていましたから…。
薫さんさえよろしければぜひ…」
「じゃあ、行こうか」
そういって、薫が歩き出そうとすると恭也は
「待ってください。親父の墓参りには欠かせない物がいくつかあるんです。
それらを用意しなければならないんで時間がかかってしまうんですけど…」
「ああ…構わないよ…。いま、十時半だから…十二時にお墓で待ち合わせようか」
「しかし、深夜に女性をお墓で待たせる訳には行きませんから、ここに迎えにきますよ」
と言う、恭也に薫は苦笑していた。
「大丈夫だよ、恭也君。ウチはこう見えても退魔師だからね。
君よりは幽霊に慣れてるつもりなんじゃが…」
「あっ」と、恭也が言い、薫と十六夜と3人で笑った後で、恭也は一度家に電話をかけて、走って帰っていった。
恭也が帰ってしまった後で、薫は一人空を眺めていた。
降ってきそうな星空の下で、薫は嬉しそうに一人微笑んだ。
先ほどの恭也の嬉しそうな笑顔が目に焼き付いて離れない…。
常日頃の恭也は実年齢よりも遥かに大人びているのに、
あの笑顔の恭也はまるで少年の用に幼く見えた。
「薫、恭也様はたいそう喜んでおいででしたね」
十六夜が話しかけてくる。
それにも上の空で相槌を打ちながら薫は考える。
1日ごとに薫が知らない新しい恭也にであっていく。
そして恭也の新しい一面を知れば知るほどに、さらに強く恭也に惹かれて行く自分を感じている。
だから、明日鹿児島に帰る事になっている自分の身が少し疎ましい。
いつか那美が言っていた言葉を思い出す。
『桜の季節は出会いの季節だから好き…』と…。
『出会いは別れも運んでくるけど、出会わなければ別れる事さえも出来無いから…』と…。
「そうじゃな、那美…。あの桜の花の下で恭也君と出会っていなければ、
明日の別れは迎えずに済んだかもしれんが…、
恭也君に出会えなかったかもしれない事を思えば…、
別れすらも次の再会のための大切な出来事のように思えるな…」
そう言う、薫の瞳からは涙が一滴…
そうは言ってもやはり、恭也から離れる事が少し辛くて…薫は人知れずそっと涙を流していた。
そしてAM0:00
高町士郎が眠る墓の前に、今恭也が供えた翠屋特製シュークリームと清酒が並ぶ。
そして、その墓の前で手を合わせる薫と恭也。
「親父…、前から紹介しろってうるさかった薫さんを連れてきたよ…。
しかもこの人が俺の膝まで治してくれるって…」
「士郎さん…、初めまして。神咲薫と言います。
あの恭也君が尊敬して止まない彼方と、一度でも言いから剣士として剣を合せてみたかったです」
「親父。俺、薫さんのおかげで自分が剣を握る理由を見つけられたよ…。
この女性(ひと)をあらゆる困難から護るために、俺は剣を振るい続けていこうと思う。
親父が選んだ道と違うかもしれないけど、俺は俺の選んだこの道でいつか必ず彼方を越えて見せる」
そう、呟く恭也は頼り甲斐がある、大人の男性で贔屓目無しで男らしかった。
そんな恭也の横で、薫は心の中で思わずには居られなかった。
『士郎さん…。彼方の息子は必ず彼方を越えますよ…。
ウチが選んだたった一人の男性(ひと)ですから』
しばらく、薫と恭也はそれぞれ士郎に何かを話しかけていた。
そして一瞬、
「君達二人なら出来るさ…。
恭也、お前はもう俺を越えているよ…。
薫さん、家の愚息を宜しくお願いします」
そう呟く士郎の声が二人には聞こえた気がした。
そしてその言葉に恭也は、スッと『八景』を取り出して墓の前で翳した。
「御神流 高町恭也。不破の伝承の証であるこの『八景』。
確かに受け取りました…。
なお一層の精進をもって、先人を超えるべく精進に励みます」
そして、薫が翳した十六夜に八景を重ね恭也は士郎の墓前に誓った。
「我剣を握りし者…
不破の宝刀八景を伝承し者なり…
この八景と不破の名の下に…
一生涯己が剣技を磨いていく者なり…」
その言葉に合せて薫が言葉を続ける。
「我その言葉を誓いし者を永久(とわ)に見守る者なり…
久遠の時が流れようとも離れずともに剣に励みし者なり…」
そして二人はそっと口付けを交わし
「「我等ともに剣を極めんとする者なり…
久遠の時の中でも…
永久に同じ道を歩むべく運命(さだめ)られた者なり…
願わくば見守りたまえ…
我らが行く末を…」」
そんな二人を優しく見守る、十六夜の光を宿さぬ瞳にはある人間が映っていた。
「全く、人の墓の前で堂々といちゃつきやがって…恭也も大人になったもんだ…」
とぼやく、恭也に良く似た漆黒の優しい瞳をした男の姿が…。
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後書き
今回は耕介が前半渋く活躍してくれたと思うんですがどうでしょう?
しかし、薫と恭也は実はまだ再会して数日しか経ってないのにラブラブファイヤーですね。
今回は、もう一つの長編と同時アップ
他力本願寺でも、薫は大健闘してます
さあ!これを読んだら誰に投票するかわかるよね?(爆
鹿!!って答える人はごく少数であることを祈る
さらに本音トークで言うなら、感想がいっぱいくることを祈って!