非日常の中の日常


《恭也鹿児島に行く》

 

 

「…じゃあもうこんな時間だから切りますね…」

「…うん、お休み恭也君…」

 

薫と恭也が再会し、そして恋人になった日からもうすぐ1ヶ月が経とうとしていた。

何時の間にか、電話で話すのは二人にとって1日で一番至福の時間になっていた…。

「薫さん…まだなにか用事ですか?」

いつまでも受話器の向こうから”ツー…ツー…”と言う回線の切断の音が聞こえてこないために、恭也は不思議に思い訊ねた…

「いや…、恭也君のほうこそいったいどうしたの?」

「いや…俺は薫さんが切ってから切ろうかなと思ってて…」

「えっ?ウチも恭也君が切るまで待ってようと思ってたんじゃが…」

「それじゃあいつまでも…」

「切れないじゃなかね…」

「「クスクスクスクスクス…」」

耳元で聞こえるお互いの笑い声が、まるで隣で囁きあっているようで少し照れくさい。

そんな事を恭也が考えて一人赤面していると

「こうして話をしながら目を瞑っていると…

まるで君が横で話をしているみたいに思える…」

薫もまた同じ事を思っていたらしい、と恭也は少し嬉しく思った…。

しかし、

「…だけど眼を開けて横を見てもウチは一人だけじゃ…」

そんな薫の声の中に混じった哀しみを、鈍感なはずの恭也が敏感に感じ取ってしまう…。

そしてまた恭也も、そんな寂しそうな薫の声を傍で聞きながら、抱きしめてあげる事も出来ない自分と薫を隔てる距離を寂しく思うのであった…。

 

 

「ふぁ〜〜〜〜あ」

朝の食卓で、恭也の豪快なあくびが炸裂する…。

「お師匠〜、最近とみにあくびが多いんと違いますか〜?」

「昨日もまた薫さんと長電話してたんですか?師匠…」

「何のことだ?最近はただ遅くまで本を読んでいる事が多いから少々寝不足なだけだが…」

無駄だとは知りつつも多少の抵抗は試みる。

やはり、家族に紹介した恋人である薫であっても、毎日二時間も三時間も電話していると言う事は家族に知られたくないものである。

「へぇ〜〜〜…。毎日読書…ねぇ?」

桃子の眼が糸のように細くなり、顔は妖しさ爆発なほどに妖しく微笑んでいる…。

そして懐から1枚の紙切れを取り出し、それを右手で見せ付ける様にヒラヒラさせる…。

「じゃあ、なにかしらねえこの金額は…」

桃子の手にある紙には

 

『高町家 今月分の電話料金 ¥83、068

 

     先月分の電話料金 ¥6、492 』

 

と、記されていた。

「恭也…不思議な本ね?なんで電話代が高くなるのかしら…」

「ありゃ〜〜〜、お師匠〜…。これは笑えない金額ですね〜」

「師匠…。認めてしまった方が楽になりますよ…」

などと女性陣に散々からかわれた挙げ句に

「ふ〜〜〜ん…。

私が一人で寂しく深夜の鍛錬してる間に、恭ちゃんは楽しく鹿児島との遠距離電話を楽しんでいたんだね…」

と、美由希の殺気と怒気を孕んだ瞳に曝されて、恭也は逃げる様に学校に向かった。

そんな恭也や周りの反応を余所に、フィアッセの茶碗にはほとんど手を付けられることも無いまま、ほぼ用意されたままの状態でその日の朝食が置き去りにされていた…。

 

「早く立ち直って欲しいんだけど…こればっかりはね…」

桃子が一人静かに溜息をつきながらフィアッセの後姿を見送っていた。

 

 

一方、学校に着いた恭也は知人友人に挨拶しながら己の席に腰を落ち着けた。

そこへ…

ガラガラガラ…

「恭也さ〜〜〜ん…」

那美がパタパタと走りながら恭也の教室に入ってくる。

そして、

ズルッ!!

何も無い所で不意に転ぶのも、最早お約束である…。

「きゃ・・・」

それを、恭也はガシッと抱きとめながら声をかける。

「大丈夫ですか?那美さん…」

恭也の胸の中にすっぽりと収まる様に抱きとめられている那美にクラスの女子から負の怨念が篭った視線が注がれる。

そう、風芽丘の二大美形の一人高町恭也は結構なファンがいるのだ。

恭也に抱きとめられてる状態+クラスの女子からの指すような視線に那美は激しく動揺していた。

「ははははい…全然へ…平気です」

「そうですか、それで俺になにか用ですか?」

なんで那美が慌てているかも、頬を染めているかもさっぱり気が付かない恭也の鈍感さは凄いの一言である…

「あのですね…、恭也さん。

父に挨拶に明後日からうちの実家に来るじゃないですか?

その時私もご一緒させてもらおうかと…」

 

那美は未だに完全に動揺から立ち直っていなかった

そのため、自分の言葉の意味を正確に把握できていなかった。

むしろ自分の口走った事が、物凄い勘違いを生んだことは回りの反応を見て始めて気が付いたと言っていい。

 

「えええええ〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!!!!!!!!!!」

「高町君が神咲さんの実家に挨拶に行くですって!!!!!!!?」

「それって、やっぱり二人は結婚を前提に付き合ってるってことだろ????」

「いや〜〜〜〜!!!!!私の恭也君が!!!!!」

「何言ってるのよ!!恭也君は私のよ!!!!」

「あの女が恭也君を騙したのね!!!?ゆるせな〜〜〜〜〜い!!!!!!!!」

「何言ってやがるこのアホ女ども!!!!那美さんまで毒牙にかけたのはあの高町じゃね〜〜か!!!」

「そうだそうだ!!!テメ〜〜〜〜ふざけんなよ!!!!」

と、上に下にの大騒ぎであった。

ちなみに那美もまた風芽丘の男子に絶大な人気を誇る。

風芽丘で美人系が好きな男子は月村忍。

可愛い系が好きな男子は神咲那美と校内を二分するほどの人気であった。

ちなみにこれに3年の女子剣道部のエースの海路偲と

最近赤丸急上昇中の1年の高町美由希が風芽丘の美女四天王である。

 

それは置いておいてチャイムがなった事にさえ誰も気が付かないまま、

と言うかチャイムその物が聞こえないほどにクラス中が大騒ぎになっていた。

そんな中で恭也は未だに爆睡を続ける月村忍の凄さを感心していた。

 

ガラガラガラ…

先生が入ってきて一旦騒ぎが沈静化する。

しかし入ってきたのは彼らの担任でなく、海中の体育教師鷹城唯子であった。

「ほら〜〜!!みんなチャイムなったよ〜〜。席について〜〜!!!」

と叫ぶ唯子にクラスの女子の一人が何故ここに来たのか質問をする。

「え〜〜と、今日だけ臨時でここのクラスの担任になった鷹城唯子ですよろしくね」

と、微妙に質問に答えてない唯子の返答であった。

が、クラスの男子は大いに喜んでいる。

若くて美人の唯子は、海中のみならず風芽丘の男子生徒でも憧れているやつは五万と居るのである。

しかし、その唯子のせいでさらにピンチになるとは、例え御神の剣士と言えども予想できなかった…。

「あ〜〜、恭也君!!神咲先輩とはその後どんな感じなの?上手くやってる?」

相変わらず唯子の顔には悪気など微塵も無い、まさに無邪気なトラブルメーカーである。

『神咲』と言う言葉にクラスの人間の視線が那美に集まる。

「でも、恭也君と神咲先輩か…。式には唯子も呼んでね…」

 

『先輩』?

クラスのみんなは唯子から出てくる神咲の後に続くこの言葉に疑問符をつけている。

先輩→学校や、部活などの年上の人間を指す呼称。

いくら唯子が若いと言っても、那美を先輩と呼ぶとは思えない…。

と言う事は『神咲先輩』なる人物は別にいると言う事だ…。

それはいったい誰なのだろうか?

そんなみんなの疑問に、無意識に答えを与える唯子は、ある意味究極の教員と言えるかもしれない

恭也以外の生徒にとってだが…

「しかし、あの薫さんと恭也君がね〜。

海鳴駅であんなに長く抱き合ったりして、濃厚なラブシーンを見せてくれるとは思わなかったわ…」

 

薫さんとは誰だろう?

その疑問に答えたのは他ならぬ恭也の親友、赤星勇吾その人であった。

「何だ、恭也・・・。やっぱりおまえ薫さんと付き合ってたのか?」

 

ザワザワザワ・・・

赤星の一言に再びざわつき出す教室

「赤星君、薫さんて誰?」

「どんな人!!!?やっぱ美人?」

などなど質問攻めに合い、赤星がクラスメイトにもみくちゃにされているのを尻目に那美はなんとか3年のクラスから抜け出し、

「コラ〜〜!!高町逃げるな!!!助けてくれ〜〜!!!!!」

という赤星の声は聞き流して、恭也は一人保健室にエスケープすることになる…。

 

 

そして夏休み初日

 

「お待たせしました。恭也さん・・・」

那美と二人で海鳴を出て鹿児島に向かう。

東京を出て新幹線に乗り込み、席に落ち着いたあたりで今までほとんど喋らなかった、那美の

「気を付けてくださいね・・・。

神咲の家の他の誰が二人のことで反対したとしても、私は薫ちゃんと恭也さんの味方ですから・・・」

という、突然の一言に恭也は驚いていた。

「反対って・・・・?」

「薫ちゃんは、一灯流の伝承者ですから・・・。

薫ちゃんの結婚は薫ちゃん個人の問題じゃないんです」

「いや・・・結婚って・・・」

真っ赤になっている恭也に、那美は悪戯っぽく微笑みながら

その那美の笑みは、何処となくさざなみ寮で薫と恭也をからかったリスティや真雪に似ていると恭也は思った。

「あら・・・、薫ちゃんと結婚する気は無いってことですか?

一時の遊びってことなんですか?」

「あ、遊びって那美さん。

いや・・・絶対にそんなことはありませんけど・・・」

「あははは、わかってますよ。ただ、一族云々はともかくお父さんは・・・」

「お父さんは・・・?」

「・・・・・・いきなり斬りかかって来るかも・・・」

「・・・え?」

「今度は冗談じゃないんですよ・・・。

お父さん薫ちゃんにすごく厳しい反面、実はとっても娘を愛してるんです・・・。

だからその可愛い娘を攫って行く男に斬りかかって行く確立は・・・」

「否定できない・・・と?」

「いえ・・・むしろ高いです・・・」

そんな那美の言葉に恭也は冷や汗を掻いていた。

「あ・・・ちなみにお父さんは現、神咲一刀流の師範です。

霊力が全く無い人なんで、裏の仕事はやっていないんですけど、純粋に剣の腕なら薫ちゃんを凌ぐんじゃないかと・・・」

『どうしよう・・・強い剣士ならぜひ手を合わせたいけど・・・

さすがに恋人の父親が相手ってのは・・・』

 

そんな恭也の不安をよそに新幹線は一路鹿児島に走りつづけていた。

 

 

「はあ〜〜…」

長い間車内に拘束されていたせいで、少しからだの節々が痛いのだろう。

恭也は身体の関節を伸ばして大きく深呼吸をした。

そんな恭也を見て、那美は可笑しそうに笑っている。

「お疲れ様です、恭也さん。もうすぐ迎えの者もきますから…」

那美が言い終わるか終わらないかのうちに、迎えの車はやってきた。

 

「恭也君!!!元気そうじゃね…」

そう言いながら薫が車から降りてきた。

「あれ?珍しいね、薫ちゃんが駅まで迎えにくるなんて…

いつもならこの時間は道場で剣を振るってるから絶対に来てくれないのに…」

「いや…それは…」

薫が何か言おうとするが車から降りてきたもう一人の人間に邪魔される。

「いや〜、今日の薫姉は全然駄目じゃったよ…朝から全然集中しとらんかった…」

「ああ〜〜!!和真ちゃん!!久しぶりだね〜〜」

那美が嬉しそうな声を上げる。

「那美も会うたびに女の子らしくなっていくな…」

「そんな事ないよ〜〜」

照れながらその言葉を否定する。

「いや、本当に。

薫姉が同じ年の時と比較すれば月とすっぽんだし…。

そんな薫姉がねえ…」

笑いをかみ殺したような顔で恭也に近づいてくる和真。

そしてすっと右手を出しながら

「始めまして、俺は神咲和真と言います。

神咲家の長男で、薫姉の一つ下の弟に当たります、よろしく恭也君」

恭也は差し出された右手を握りながら

『似てる…、薫さんに雰囲気が…。

凛々しい感じや隙の無い佇まい、相手を真直ぐ見つめる眼差し…

やっぱり兄弟だな…』

そんな事を考えていた。

そして同時に手を握った瞬間に和真の強さを肌で感じた。

超一流の強さを持つ人間が纏う雰囲気のような物を和真は持っていた。

「あなたも、一灯流の使い手ですか?」

「わかりますか…」

「はい…、何となく纏っている雰囲気で…。

しかも同時に表の一刀流でも相当の凄腕ですね?」

「恭也さん、良くわかりますね?

和真ちゃんは全国大学選手権4連覇を含む、4年間の無敗記録を達成した人なんですよ…」

「そうですか。あなたともぜひ手合わせして見たいですね…」

「こちらこそぜひ薫姉を負かして、心まで奪ったあなたの剣を見てみたいです…」

「和真!!!」

薫が赤面して抗議の声を上げる。

「今日なんて16:00に二人が鹿児島につくのは知ってるくせに、朝からずっとソワソワしてて醤油を味噌汁に注ぐは、木刀と間違ってゴボウを道場に持っていくはで大変だったんだ…」

「和真!!!!あれほどそれは内緒にしてくれと言うちょろ〜に…」

「「「あははははははは」」」

薫を除く3人は思わず顔を見合わせて笑っていた。

「ああ〜〜!!恭也君まで笑う事も無いじゃろうに…」

「ごめんなさい、でもいつも落ち着いてる薫さんが…」

 

そんな風に会話をする二人を見ながら和真は那美に話しかけていた。

「なるほど…、高校生には思えない落ち着いた少年じゃないか。

それに剣の腕は相当な者みたいだし、霊力も結構高い…。

これならすんなり決まるんじゃないかな、彼の神咲家入りも…」

「そうね。でもそんな事よりも…」

「ああ…、あんなに幸せそうに自然な笑顔で薫姉が笑うなんて…」

「恭也さんの前だけだもんね…。」

「ああ…」

那美も和真も、恭也と薫の幸せそうな様子を優しい目で見守っていた。

大好きな姉がやっと素直に笑える所をみつけた…

それが自分のことの様に嬉しいから…

ただ和真は気が付いていた、那美の表情にわずかにだが寂しそうな色が浮かんでいた事に…。

 

一通りの自己紹介や再会の喜びも味わい、和真の運転する車で神咲家に向かう事になった。

「じゃあ、那美。俺はいったん二人を家に送ってくるから…」

「うん…、合流したら何処かの喫茶店にでも入って待ってるから…」

「あれ?那美さんは一緒に行かないんですか?」

「はい、あと一人知り合いが来ますからその人を待たないと…。

先に家に行っていてください。」

「そうですか、それじゃあお先にお邪魔させてもらいますね…」

 

そして車は走りだし、鹿児島市郊外を抜けて、次第に周りは鬱蒼とした木々に囲まれていく。

「和真、那美が待っている人って…?」

「薫姉にとっても恭也君にとっても強い味方だよ…それ以上は今は内緒…」

そう言って、にやっと笑う和真であった。

 

 そうして、いよいよ家族と対面する恭也。

和室にて薫と二人で両親を待っていた。

「…緊張してるの?」

「さすがに、少し…」

「大丈夫だよ、ただの挨拶だし…」

そうは言われても、やはり電車の中で那美から聞いた話が頭から離れなかった。

やがて襖が開き、厳格そうな男性と優しそうではあるが、凛とした女性が入ってくる。

そして、そのまま薫と恭也と対する形に二人が座った。

 

「初めまして、高町恭也と申します」

そう言って座ったままの形で最敬礼をする。

「こちらこそ初めまして、恭也君。

私は薫の父で神咲一樹と言う。

君のことは娘達から聞いている…」

武道家らしい鋭い視線と佇まいの一樹。

「はじめまして、私は薫の母親で神咲雪乃といいます、娘達が御世話になっています」

そう言って微笑むその顔は薫によく似ていた。

凛々しい雰囲気、真直ぐな瞳、落ち着いた表情…

美しい…その一言に尽きる女性であった。

恐らくは薫の母親であるのだから、それなりの年であるのだろうが、それを感じさせない。

若いころの美貌を容易に想像できるような、人間としての美しさに満ちた女性であった。

恭也は思わず自分の横に座る薫の顔を盗み見る。

『薫さんも、きっと年をとったらこんな感じになるのだろうな…』

そんな事を思って少しボーッとしていた。

 

そしてそのまましばし四人で談笑する。

忍が評する所の『昔の人のような喋り方』も、ここ神咲家の武士のような厳格な雰囲気の中では、少しも違和感を感じさせない。

会話は基本的に雪乃と恭也と薫で行われ、一樹は相槌を多少打つだけであった。

顔も難しい顔をしていた。

『やはり嫌われたかな…』

そんな事を恭也は思っていた。

しかし、雪乃とは楽しく会話する事が出来た。

「薫が初めて連れてきてくれた男性が、君みたいな子で本当に良かったわ…」

そう言って、雪乃はにこりと微笑む。

「薫にはまだ幼いころから一灯流の伝承者として厳しい修行をさせるばかりで…

母親として、私はたいした事も出来ずに十六夜に任せ切りにしてしまったけれど、

娘の恋人をこうして紹介してもらえる日がくるのは心待ちにしていたの…。

あの子の恋人はこんな人かしら?それともあんな人かしらって…?」

視線を薫に向けて相変わらず楽しそうに話を続ける。

「だからね、薫。

はじめにあなたがつれてくるって聞いた男性が、那美と同じ学校に通っている年下の子だって聞いて、私正直ビックリしたのよ…。

だって、あなたが惹かれるほどの男性なら、きっと落ち着いた大人の男性だと思っていたから…」

薫から恭也に視線を転ずる。

「でもね、恭也さん。あなたに直接お会いしたら納得しました。

あなたのその落ち着いた物腰や、佇まい…。

人間としての成熟度は、その辺の年齢だけは大人の世の男性とは比べ物にならないわね」

そう言ってスッと恭也の顔に手を伸ばす。

「なによりもこの瞳にきっと薫は惹かれたのね……。

深い湖の底の様に澄みきっていて、深みと優しさを感じさせてくれるもの…」

そう言って、もう一度にっこりと微笑んで恭也の顔から手を離す。

雪乃のこんな優しくて嬉しそうな笑顔は薫ですら初めて見た物であった。

薫は、雪乃が恭也を気にいった事に安心して溜息をついた。

 

「恭也君…良ければ道場の方に行って見ないかね」

突然今まで黙っていた一樹が言った。

そしてそのまま恭也の意見も聞かずに歩き出した。

それに慌ててついていく恭也と薫。

そんな薫は雪乃に呼びとめられた。

「薫…、恭也君の事は好き?」

「ななな…何を突然…」

雪乃の単刀直入の言葉に薫は大いに慌てた。

「いいから答えなさい…。薫は恭也君と結婚の意志はあるの?無いの?」

雪乃の目が修行の時の様に真剣だったからであろうか、

薫は照れや恥ずかしさも噛み殺して、真直ぐ雪乃を見ながら答えた。

「ああ…大好きじゃ…。

恭也君がどう思っているかはわからんが…ウチは彼と結婚したいと思っている…」

「例え神咲の名を捨てる事になったとしても…?」

「神咲の名を…?良くわからないが…ウチは恭也君と共に在りたいと思ってる…」

薫はもう一度はっきりと恭也への思いを口にした。

「そう…良かったわ…」

そう言って雪乃は微笑んだ。

「母さんも彼のことは気に入ったけど…それ以上にお父さんが嬉しそうだったから…

まとまったら良いなと思ったのよね」

「お父さんが…嬉しそう…?」

薫は、ほとんど会話に参加せずに、ただ黙って座っていた父の姿を思い浮かべて首を傾げた。

「あら…、気が付かなかった?お父さんも恭也君が気に入ったみたいよ…。

将来の婿に見せるために、あのお父さん自らが道場まで案内したのが証拠じゃない…」

そう言って、雪乃は薫の手を引いて道場に向かった。

 

雪乃と薫が道場につくと、北斗と恭也がそれぞれ構えを取って対峙していた。

「お父さん、どうして恭也君と北斗が闘おうとしてるんです?」

「北斗が自分から手合わせを頼んだんだよ…」

そんな会話を尻目に北斗が恭也に一足飛びに斬りかかる。

スピード、威力ともに申し分無い物であった。

周りの道場の生徒からも声が上がる。

「さすが若先生だ、全体重を乗せた素晴らしい斬撃!!」

「最早高校生レベルじゃ敵は居ないだろうな…」

道場の誰もが決まると思った北斗の一撃、しかしそれを恭也は余裕で後ろに下がって避ける。

「そんな!!!あの一撃を難無く避けるなんて!!」

「しかしここからが神咲一刀流の本領さ…」

 

道場の人間が言うとおり、全体重を乗せたはずの北斗の一撃。

それを避けられたにも関わらず、驚くべきボディバランスで立てなおし、次の一撃に繋ぐ

「追の太刀!!!」

一撃目の威力を全く損なわずに、それに遠心力を加えた斬撃がうなりをあげて恭也の喉元を襲う…はずだった。

しかし

「い…居ない…!!!?」

一瞬たりとも恭也から眼を離さずに、真直ぐに刺突(つき)を繰り出したにも関わらず

次の瞬間に恭也は身体ごと目の前から消えていた。

「俺の勝ちですね…」

背後から恭也の声がした。

勝負ありである…。

「そんな若先生が負けた!!!信じられん…」

「いやむしろ、何故消えたんだ?物凄いスピードだ!!!!?」

 

そんな生徒たちの声の中を薫が恭也の元に駆け寄る。

「お疲れ、恭也君。北斗はどうだった?」

「いや、かなり強いと思いますよ…少なくとも高校生レベルじゃないですね」

「だって…、北斗。良かったな」

そんな薫の言葉には答えずに、北斗は恭也にぺこりと挨拶だけすると道場から走り去ってしまった。

「…北斗のやつ、どうしたんだろう?」

薫は不思議そうに呟いた…。

「恭也さん!!若先生を倒すなんて…凄いですね!!」

「小太刀の二刀流…珍しいですよね…なんて流派なんですか?」

と、道場の生徒に質問攻めになっていた。

 

「ほう珍しい…。小太刀の二刀流…か。

未だに御神の剣士が存在しているとはな…」

静かだが、威圧感と存在感がある声と共に一人の老婆が入ってきた。

その人物が誰か…自己紹介を受けなくても恭也は即座に理解できた。

『あの人が薫さんの祖母で…前霊剣十六夜の継承者…』

「お義母さん…今なんて仰ったのですか?」

「一樹…、お前も聞いた事くらいはあるはずじゃろう?

今そこの坊やが使った剣は、確実に永全不動八門一派・御神真刀流、小太刀二刀流、

通称御神流と呼ばれるあの剣よ…」

「な!!あの…伝説の剣をこんな年端も行かない彼が使っていると言うのですか?」

「父さんも、婆ちゃんも御神の剣について知っているの?」

「ああ、私は聞いたことがあるだけだがね…」

「私は、会ったこともあるよ…、御神の剣士と…。

しかし、その年でそれだけ使えると言う事は、薫の恋人とやらは御神の本家筋のはず…」

「ご老人…、良く御存知ですね。

俺は高町恭也といいます。昔の苗字は不破…、不破恭也と言います」

「なるほどのう…薫が負けたのも納得が行ったわ…。

あの不破の血筋か…」

「お義母さん、不破の血筋とはどう言う事です?」

「一族の主だった者が集まる明日にでもまとめて説明するとしよう…」

そう言って、和音は道場から去っていき、恭也もそのまま夕食まで客室に通された。

 

そして夕食時

 

「さあ、今日のご飯は美味しいわよ…。

恭也君も一杯食べてちょうだいね」

夕食の席には、一樹、薫、和真、雪乃、那美、それに恭也の六人が座っていた。

「あれ、那美。北斗はどうした?」

「まだ来てないみたい…。私呼んで来るからみんな食べ始めてて…」

 

 

「北斗…、ご飯よ…」

「いらない…」

「薫ちゃんをとられちゃうからってその態度はみっともないよ…北斗…」

「なっ…!!!」

「とりあえず立ち話するのもあれだし、中に入れてくれないかな?」

無言で、北斗の部屋の扉が開いた。

そして、那美が部屋に入りドアを閉めると、同時に北斗は那美に食って掛かった。

「どういう事だよ、那美?薫姉さんをとられちゃうって…」

「私さっき薫ちゃんから聞いたんだ…。

今日北斗が恭也さんと手合わせしたいって言った事もその結果も…」

「・・・・・・っち・・・」

「大好きな薫ちゃんをとられるのが嫌だから恭也さんに挑んだんじゃないわよね…。

そんな事はお姉ちゃん知ってる…」

「…何がお姉ちゃんだよ。たかが数秒早く生まれたからって…」

「北斗はずっと薫ちゃんを見てたのも知ってるんだよ…。

私は北斗のお姉ちゃんだから…」

カッと血が頭に上り北斗の顔が赤くなった。

「だから北斗が恭也さんに挑んだ理由も知ってる…。

薫ちゃんが他の誰かと結婚してしまう事が悔しいんじゃないよね…。

いつまでも北斗の事を子供扱いする薫ちゃんが選んだ人が、

北斗と一つしか学年が離れていない人だから…悔しかったんだよね…」

「…那美はさ…」

北斗が、ボソッと話し始めた。

「うん?」

「那美は、昔からずっと言ってた不思議な男の子と再会できたのかよ?」

「私…?」

「中学の時から、結構告白とかもされてたのにずっと断ってたのは、そいつの事が好きだったからだろ…?」

「…北斗には隠し事できないね…」

「当然だろ、俺らは双子なんだし…。

那美は俺にとってこの世にただ一人しか居ない、血の繋がりのある人間なんだからさ…」

その言葉を聞いて那美は哀しそうな顔をした。

「違うよ那美…。神咲の父さんや母さんはもちろん家族さ…。大切な、な…。

ただ、お前だけは家族としても血族としても同じだから、みんな以上に良く知ってる…、

ただそう言いたかっただけだよ…」

「そっか…」

「で、その思い出の子に会えたのかよ?

そのためにわざわざ海鳴の風芽丘に行ったんだろ?お前は」

「うん、会えたよ…」

「会えたか、良かったな…。

で、どんな奴だよ?告白したか?

弟の俺が言うのもなんだけど、那美は可愛いからな。

ほとんどの男ならすぐにOKだと思うぜ」

「カッコイイ人だよ…、昔会った時よりも、もっともっとカッコ良くなってた…。

強くてね、優しくてね、眼が深い湖みたいな色をしてるの…。

落ち着いた物腰と大人びた風貌で…、でもその人は鈍感な人なの…」

「へ〜、凄い誉め様だな…。のろけ話か?」

「ううん…私失恋しちゃったから…。

その人もずっとずっと好きだった人が居るの…。

今はその人と幸せそうにしてるよ…」

「な…!!那美を振ってまで付き合いたい女って奴はどんな奴なんだよ…。

つまらない女なら、そんな奴俺がぶん殴ってやる!!」

「ううん…、つまらない女なんかじゃないよ…。私が世界で一番憧れてる女の人…」

「な…まさかそれって…」

「うん…、その思い出の男の子なら今下でご飯食べてる…。

薫ちゃんが選んだ人として…」

「…そっかあいつか…」

 

パァ〜〜〜ン!!!

突然北斗が自分の頬を強く叩いた。

「ほ、北斗どうしたの?」

「いや、俺も負けを認めるしかないなと思ってさ…。

薫姉も、那美も惚れるような男だし…、凄く強いヤツだったしな…」

「うん…、じゃあ下に行ってご飯食べようよ…」

「ああ…未来のお義兄さんと親睦を深めてこようかな…」

 

「北斗連れてきたよ〜〜!!」

「おお北斗遅かったじゃないか…、どげんしたと?」

「何でもないよ、薫姉…」

「良しじゃあ食べましょうか…」

「「「「「「「「いただきます」」」」」」」

 

「那美…」

北斗が横に座る那美にだけ聞こえる様に小声で話す。

「ん…?」

「薫姉が…凄く幸せそうに笑ってるな…と思ってさ…」

「うん…そうだね…薫ちゃん幸せそうだよね…」

 

そして、夜は静かに更けて行く…

旅の疲れと気疲れのために恭也もまた静かに眠りに落ちていった…


 

後書き

 

 ちなみに風芽丘の美女四天王の話で出てきた”海路偲”は

Miss Moonlightよりゲスト出演です。気が付きました?

 

それでは失礼します。