非日常の中の日常


 

最終話前編

《天才と呼ばれし者》

 

 僅かなインターバルの間に、十六夜に和真に付けられた傷の治療をしてもらい、恭也のコンディションは膝を除けばほぼ完調したと言って良かった。

 その膝の方も、未だ万全とは言えないまでも、以前に比べれば、比べるべくも無いほどに調子は良い。

「信じられない…。どうしたら短期間であの古傷がここまで回復するんですか?」

そんなフィリスの言葉が耳に蘇える。

「十六夜さんと薫さんに感謝しなければいけないな…」

長年の癖で、闘いの前に膝の調子を確かめるようにステップを踏む。

「痛くないな…」

神速を一度用いたにも関わらず、膝からはなんの違和感も感じない。

愛刀の「八景」を抜き静かに呼吸を整える。

ドクンドクンドクン・・・

「僅かに、心拍数が高いな…」

それは仕方が無い事なのかもしれない。

これからあの人と戦うのだから…

「恭也君…。準備は…良いかな?」

目の前で霊剣十六夜を握り、構えを取るでもなく立っていた耕介が、まるでこれからハイキングにでも行くかのように、リラックスした声をかける。

『本当に強いのか…?この人は…』

恭也には、耕介が強いとはどうしても思えなかった。

無論、一般人よりは強いのはわかる、

今も全身の力を抜いて、前後左右何処にでも動けるような体勢を、自然体で取っているのだから…。

しかし、先程の和真や、一樹、それにいつか戦った薫のような、ビリビリ来る圧倒的な強者の持つ圧迫感を感じさせないのだ。

では何故恭也は耕介を前に高揚感を覚えているのか?

『薫さんがかつて憧れ、そして今も尊敬する人…。

俺自身が人間として目標とする人…。

どんな形であれ、この人に打ち勝つことは、俺にとって大切なことだ…』

「ええ、耕介さん。いつでも良いですよ…」

そう言って恭也もまた小太刀を構えた。

 

それを見守る薫は、恭也と違い、耕介の強さに戦慄していた。

その原因は、闘いの前の耕介との会話に起因する。

 

「薫、十六夜を貸してくれないかな…」

「かまいませんが…、まさか耕介さん、恭也君と真剣で闘う気ですか?」

「うん…、和音さんにもそう指示されてるからね…」

「危険です…ウチは耕介さんの実力がどれほどかは知りませんけど…

恭也君の実力は身をもって経験しています…。

和真だって…あの奥義を真剣でやられていたら…死んでいたかもしれないのに…」

「そうだね、あれをまともに食らったら、死なないまでも、ただじゃあ済まないかもね…。

恭也君も薫と闘った時には、神速以外の奥義を一度も使わなかったのは…

自分でも、真剣ではその威力をコントロールしきれないからだと思うよ。

いくら真剣勝負って言ったて…好きな女を再起不能にしては、元も子もないからね…」

薫は、驚きの眼で耕介を見つめた。

「…見ていたんですか?ウチラの闘いを…」

「うん。薫との戦いだけでなく、真雪さんとの闘いもね…」

「それでもなお…真剣で闘う…と?」

薫は、呆れた様に呟いた。

「…恭也君が最も実力を発揮できる闘い方で闘ってあげようと思って…。

真雪さんも言っていたけど、彼の本質は修羅でも剣鬼でも無いと俺も思うよ。

でもね、闘っている時の彼の眼を見ただろう?

生き生きとして、炎のように力強くて美しい…。

彼は闘いの中で生きることを望んでいる気がする…。

そんな彼ほどの強者と闘うには、これだとさすがに辛い物があるからさ…」

そう言って、耕介は自らの愛刀を薫に渡した。

神咲一灯流免許皆伝になった時に、和音から与えられた神咲の秘剣。



「こ…これは破魔刀『月蝕』…ですか?」



神咲一灯流 秘剣 破魔刀 『月蝕』

 神咲一灯流開祖、神咲灯真が十六夜を手に入れるまで使っていた刀。

 使用者の霊力を蝕む様に消費していく。

 一般の人間は、抜き身の月蝕を握っただけで、身体中の霊力を吸い尽くされ昏倒してしまうとさえ言われる。

 しかしその威力は絶大で、使用者の霊力によっては霊剣にも勝るとも劣らない。

 あの絶大な霊力を誇ったと言われる灯真ですら、10分以上使う事はできなかった曰く付きの刀。 

 




「耕介さんは、これを使っているのですか?」

「いや、さすがに相手が鬼クラスの大物の時だけだよ…。

日頃から使うにはそれはちょっと…疲れすぎる」

「付かぬことを伺いますが…」

「ん・・・?」

「耕介さんは月蝕を使ってどのくらい闘っていられますか?」

『聞いてはいけない…!!!』

薫の本能がその質問をする事に警告を与えていた。

『聞いてしまったら、ウチの退魔師としての常識が音を立てて崩れてしまう気がする…』

そう思っても聞かずには居られなかった…。

「う〜〜ん…。全力の状態でなら30分が限界かな…。

コントロールしながらなら…1時間くらいだと思うよ…」

かつて、薫もまた月蝕を使ってみた事がある(もちろん実戦では無いが…)

言わば、月蝕の恐ろしさは身をもって体験しているのだ。

それを耕介は自在に操り30分以上闘う事ができる。

『こんな人と戦ったら、彼は…恭也君は…』

 

「薫さん合図を…」

恭也の声で、薫はハッとした。

「恭也君…。油断はしないで…

耕介さんは…ウチなんかよりも全然強い…」

その言葉に、恭也は少し憮然とした顔をする。

目の前の耕介からは威圧感も闘気も感じない。

そんな耕介を自分よりも強いと言う薫の発言は愉快な物ではなかった。

「わかりました…。もちろん油断はしませんよ…」

恭也もまた、歴戦の強者である。

相手が、何者であれ油断は自分の死を招くことは肝に銘じている。

「それでは、高町恭也対槙原耕介、無制限一本勝負始め!!」

その声と共に恭也は耕介に詰め寄る。

今までの闘いの中でも最速のスピードで懐に飛びこみ、同時に右の小太刀を横薙ぎに一閃!!

しかし、その剣撃は今までの鋭く的確な物ではなかった。

「恭也君!!!?」

薫も、その恭也の大振りな一撃に思わず声を上げる。

恭也自身も無自覚ながら、耕介に対して力みすぎたために大振りになってしまった。

常人ならともかく、一流同士の闘いではそんな隙さえ致命傷である。

まして、耕介は神咲の門下の中で天才と呼ばれた男なのだ…。

「俺を舐めてるのかな?恭也君」

軽口と共に耕介はスイッと身を翻し、鮮やかに恭也の攻撃を避ける。

「まだだ!!!!」

かわされた横薙ぎの遠心力に乗って、左回し蹴りを耕介に放つ。

「体術も中々な物だね…」

そう言いながらその蹴りを軽々と受ける。

恭也の蹴りは、並の空手家なら裸足で逃げ出すほどの威力はある。

とは言え、長身の恭也よりもさらに10cm以上も体格が良い耕介に、体術を使うのは得策とは言えない。

いつもの恭也ならこんな愚策にはまず出ないのだが…

決して耕介を舐めているのでは無い・・・

ただ…この恭也の微妙な力みは、本人も意識していない心の奥底に原因があった。

試合の前の薫の一言…

「油断はしない」と憮然としながらも応じた恭也の心の中にわきあがった感情


――――――――――――――――――――――――――――それは『嫉妬』


蹴りを防がれた恭也は、体勢を整えるべく距離を取ろうとした…。

しかし…

耕介の闘気が僅かに膨れ上がり、一気に弾けた。

その次の瞬間には、もう恭也の頭上には十六夜が闇夜に煌く!!

『早い!!しかし捌ける!!!』

元来小太刀の方が短い分だけ小回りが利く。

小太刀の真髄は防御に有ると言っても良い。

相手は、長剣の十六夜。

神咲必殺の例の打ち下ろしでは無いので、派生技の追の太刀も心配要らない。

『これを捌いて反撃だ!!』

頭上から迫り来る刃に右の小太刀を翳して防ごうとする。ところが…

「変化した!!?横薙ぎに!!馬鹿な!!」

予想外の攻撃をなんとか左の小太刀で防ぐも片手、しかも不安定な体勢では威力を押さえきれずに、吹っ飛ばされる。

ドォォォォォォン!!!!!!!!

木の幹に叩きつけられ、一瞬呼吸が止まる。

 

「あの最初の上段攻撃は…フェイント…か?

つ、強い…。一瞬膨れ上がった闘気は野生の獣以上だ…。

実力を隠していたのか…、巧妙なほどに…。その強さの欠片も見えなかった…」

目の前の相手の力量を見誤った自分を思わず唾棄する。

『反省は後だ!!今は…ただ全力で相手を…討つ!!!!!』

恭也の元に耕介が静かに歩み寄る。

「良い眼だね。眼は…覚めたかな?」

「はい、寝覚めにあなたの強力な一撃で、幹に叩きつけられましたから…」

「そっか…、じゃあ……いくよ!!!!!」

迫り来る耕介を見ながら恭也は、自らも今持てる最速の速度で迎え撃った。

キ―――――――ン

カ―――――――ン

闇夜に煌く剣閃が走り、交わった刃の音が不思議に澄んだ音を奏でていた…。

 

「速い!!!恭也君も耕介君も…目で追うのがやっとだ!!」

道場内で、一樹が驚きの声を上げる。

目で追えるだけ大したものだった。

道場内に居るのは退魔師として超一流の人間ばかり…

しかし、その動きが微かにでも見えている者は半数にも満たなかった…。

 

ギィィィ――――――ン

炸裂音のような音と共に、二人は距離を置いて足を止め睨み合っていた。

良く見ると耕介にも恭也にも無数の軽傷が見える。

超スピードで剣を交えながら致命傷を一撃も与えていない。

そこから導き出される答え。それは…

「スピードはほぼ互角…」

薫の言葉を和音は否定する。

「いや…耕介の方が僅かじゃが上だ…」

和音の言葉のとおり、良く見ると恭也は息を切らせているにも関わらず、耕介は汗一つ掻いてはいなかった。

『信じられない!!耕介さんのスピードは…父さんより…』

言葉のとうり、耕介のその速度は記憶の中の父士郎の速度をも凌駕していた。

ヒュ……

何時の間にか耕介は恭也の傍まで来て、右から切り上げてきた。

またも恭也は防戦に追い込まれる。

右の切上を防いだ恭也が反撃するよりも速く、耕介の刀が逆袈裟に走る。

それを防ごうとする恭也を見て、突如左薙ぎに軌道を変えて耕介の刃は迫り来る。

実は、恭也の息をきらせている原因はここにあった。

確かに耕介の移動速度は父士郎をも超えている。

しかし、ただ速度だけを取れば恭也は耕介の上をいっているのだ。

恭也の疲労は、この変幻自在の攻撃の前に、防戦一方に追い込まれているための物であった。

本来、小回りが利く小太刀、しかも二刀流の恭也よりも長剣を振るう耕介が手数で圧倒できる事は無いはずである。

しかし、事実は事実。

明らかに耕介の攻撃は恭也の防御を圧倒していた。

一方、薫の脳裏では耕介の振るう変幻自在の剣はある人物を彷彿とさせていた。

「あれは…真雪さんの…剣か!!!?」

それは半分正解であり半分は間違いであった。

確かに耕介の振るうあのトリッキーなまでのフェイントを織り交ぜた剣は真雪のそれであった…。

しかし、ならば恭也がああまでも圧倒される事は無い。

実際に、恭也は真雪を破っているのだから。

 

耕介の猛攻に恭也の腕が痺れ始めていた。

その剣の重さは、赤星どころか和真ですら比較にならないほどに重い・・・。

『信じられないことだけど…耕介さんの剣は真雪さんのように変幻自在ながら

その一撃は、一撃必倒を旨とする神咲一灯流の誰よりも力強い…。

そして、その速度は父さんすらも凌ぐと言う事か…』

それは、恭也にとって考えたくも無い悪夢であった。

とうとう痺れで、防ぎきれなかった一撃が恭也の眉間に一直線に向かってくる。

『神速!!!!』

その刺突をかわし、止まったように緩やかな時間の中を耕介の横に出る。

そして、神速から抜け出ると同時に

「御神流奥義之六 薙旋!!!!!!!」

一瞬消えた様に見えた恭也に驚愕しているだろう耕介に、一瞬四斬の薙旋を叩きこむ。

今まで恭也を幾度かの実戦で支えてきた、恭也の最強のコンボ(連撃)。

『いくら耕介さんでもかわしきれまい!!!』

しかし、耕介はまるで恭也が神速から抜け出すのを待っていたかの様にそちらに向き直った。

『馬鹿な!!!何故俺の居場所がわかったんだ!!!!?

でも、かまうものか。俺の薙旋は絶対に避けきれない!!!』

しかし、恭也が抜刀し斬りかかるよりも早くに、耕介が恭也の両腕を取り、そのまま柔道の一本背負いの形で投げ飛ばした。

なんとか地面に叩きつけられるよりも早くに受身を取った恭也だが、その顔は驚愕に歪んでいた。

「俺の、薙旋が完全に防がれた!!!?」

その事実に驚愕する恭也に、耕介は事も無げに言葉を投げかける。

「その技は、さっき見せてもらったからね。

左右の小太刀からの一瞬四斬。
技に入られたら、いくらなんでも防ぎきれないけど
その四斬を放つ前に両手を押さえてしまえば簡単に防げる…」

理論上はそのとうりであろうが、実行するとなるとそれは限りなく不可能に近いはずだった。

零コンマ何秒以下の世界で超スピードで繰り出される技を、発動前に腕を取り叩き潰す…。

四斬を防ぐどころか技その物すら出させない。

その発想、そしてそれを実行できる実力…

今までの戦いを顧みて恭也は認めるしかなかった…槙原耕介は天才であると…

 

「さてと、恭也君が奥義を見せたなら俺も奥の手を使おうかな…

十六夜さん。久し振りですけど…よろしくね」

たった今天才と認めた男、槙原耕介。

その男の奥の手……恭也は慌てて戦闘態勢を整えた。

「神気発勝」

十六夜から発した黄金の炎が、耕介を取り巻く様に包み込む。

恭也は霊力と言う概念には凡そ知識は皆無と言っても良い。

しかし、そんな恭也にすら理解できるほどに…耕介の霊力はずば抜けていた。

見れば、恭也が先程付けたかすり傷も何時の間にか綺麗に無くなっている。

耕介が素振りの要領で十六夜を手に馴染ませる様に二、三度振るう。

ヒウュッ

風斬り音と共に、恭也の頬に薄く血が滲んだ…。

恭也は霊力でコーティングする事で、剣の硬度を上げる事ができると薫に聞いた事が有る。

あの爆発的な霊力で覆われた霊剣十六夜は今、空気すらも切り裂きカマイタチ現象によって恭也の頬を裂いたのだ。

「俺は…この人に…勝てるのか?」

恭也の身体は武者震いとは違う震えに慄いていた。

 

「耕介さんの…あの霊力は…」

恭也よりも遥かに霊力についての知識を持つ薫は、耕介の持つ霊力の恐怖に顔を蒼くしていた。

「信じられんじゃろうが…、あれこそが神咲の一族では無いにも関わらず、僅か短期間で当代に並ぶだけの発言力を持つに至った真相よ…。

あの状態でも未だ本気じゃない…」

「あれで…本気じゃない…?」

薫が見たところ、今の耕介の霊力は、神咲一灯流奥義 封神楓華疾光断を3発は打てる状態であるにも関わらず…だ。

 

恭也の背筋に冷たい汗が滴る…

今までの闘いとは違う…何かが恭也の心を激しく叩いた。

その瞳にあの強者と闘える喜びに輝く強い光は見えない。

むしろその瞳に写るのはそれとは対極に位置する感情…………



「う…うわあああぁぁぁ!!!!!!!!!!!」



恭也は悲鳴のような咆哮と共に耕介に攻撃をしかけた。


ガガガガガガガガガガッッッッッ!!!!!!!!


左右の小太刀を物凄いスピードで耕介に叩きつける。

耕介をも凌駕するスピード、加えて二刀流+小太刀の小回りの良さで、その連撃は完全に先程の耕介をも優に圧倒する物だった。

さらにその一撃一撃に全てに『徹』『貫』が込められていて、さしもの耕介すら防ぎきるのは難しい物であった。

『っち!!速さやコンビネーションの回転は向こうが上か…』

先程、耕介の攻撃の猛攻の前に恭也が遅れを取ったのは、耕介の方がコンビネーションに優れていたからでは無い。

耕介の剛剣の中にフェイントを織り交ぜた攻撃に、恭也が圧倒されていたからであった。

しかし実際に今、耕介にはダメージは無い。

今の恭也の攻撃は単調過ぎるのだ…。

いつもならもっと攻撃を散らす、

つまり右の小太刀で脇腹を狙い、微妙なタイムラグで左の小太刀で側頭部に刺突。

左右の小太刀で同時に首を狙い防御した相手に体術。

などなど、戦略性のある的確な攻撃を展開するのだが、今の恭也の攻撃はただひたすら頭部に集中していた。

それではいくら手数で圧倒しても耕介は倒せない…。

何処を狙ってくるかわかりきっている敵の攻撃など、対処できない耕介では無いからだ…。

長剣のせいで小回りが利かなくても、恭也の猛攻を捌きかわし避け弾く。

それでも避けきれない恭也の攻撃が耕介の体を僅かに刻む。

しかし、それすらも一瞬の事…生命力の源とも言える霊力の活性化。

しかも尋常の量では無い耕介の霊力を受けて、その能力を何倍にも高められている霊剣十六夜。

その相乗作用により、僅かな傷など高められた自然治癒力によって瞬時に癒されていく。

『耕介さんには俺の攻撃が…効かないのか!!!?』

実際は、恭也が平静の沈着な精神状態なら、それなりのダメージを与えていた事は疑い様も無い事である。

さらに言えば、耕介は決して楽に恭也の攻撃を凌いでいた訳では無い。

いくら、耕介ほどの男と言えど、御神の剣士―それも最強クラスの恭也の猛攻を凌ぐのは極度の緊張と苦労を必要としている。

しかしそれを顔に出さない、表面上は涼しい顔でその作業を遂行できる点。

耕介は知っているのだ…。相手に自分の心理を悟らせない事の重大さを…

それこそが恭也とのキャリアの違いであった…。

『耕介さんには自分の攻撃は通用しない』

そんな己の疑問を打ち消す様に恭也の攻撃が更なる激しさを増していく。

『ック…!!なんて精神力だ!!

自分の攻撃に対する迷いを感じながら、さらに鋭さを増すとは…

恭也君……まさしく彼は…』

ザシュッ!!!!!

耕介の思考を中断させる様に、その肩に深々と突き刺さる恭也の小太刀

顔面のみを集中的に狙っていた恭也の刃が急に肩に転じたのだ。

いくら耕介でも避ける事も反応する事もできなかった。

いや、恭也自身も何故己が肩を狙ったのかわからない…飽くなき勝利への渇望がそれを命じた。

まさにそんな感じであった。

恭也の鍛えられた背筋、そして全身のばねを使った鋭い刺突が耕介の肩を貫き、さらに刃を翻し横薙ぎに変化する!!

『御神流・裏 奥義之三 射抜』

初めて耕介にダメージを与えた恭也の小太刀。

「千載一遇のチャンスだ!!!」

その思考が刺突から転じた横薙ぎを力ませた…

恭也の叔母である御神美沙斗の得意技 射抜。

鋭い刺突から瞬間に変化する横薙ぎへ繋ぐ二段攻撃。

この技の要はまさに横薙ぎの変化へのスピードであると言っても過言では無い。

その事を考えれば恭也の射抜は失敗だった…。

僅かな力みによって生まれた零コンマ何秒以下の一瞬の間。

それは僅かな時間だが、達人の闘いはその零コンマの世界が致命傷に繋がる事を知らない恭也では無い。

耕介はこの僅かな間を利用して横薙ぎに転ずる前に十六夜で防御体勢をとる。

そこへ、恭也の横薙ぎが叩きつけられた…。

 

キラキラと輝く光は、水面に輝く月光の反射光に似ている…

恭也はそんな事を考えながら目の前で輝いている月の欠片を眺めていた…。

目の前で舞い散る銀色の欠片達…

それは、砕け散った恭也の小太刀であった。

「隙だらけだね…恭也君!!!!」

呆然と砕けた己の小太刀の欠片に見入っている恭也に向けて、耕介の手加減無しの楓陣刃が叩きつけられる。

「し…神速」

慌てて神速の世界に入り、ただひたすら距離を取るべくゼリーのような感触を感じさせる空気の中を泳いだ…。

神速の世界の中で耕介の刀から、黄金の霊気が溢れ出していく。

そしてそれをゆっくりゆっくりと地面に向けて叩きつける。

それはまるで黄金の竜が天空から猛々しい雷と共に降臨した…。

そんな神々しさと美しさ…そして圧倒的なまでの威力を持っていた。

神速がとけ、ゆっくりと世界が色を取り戻していく中で恭也の視界に映った物は…

楓陣刃の威力で地面は抉れ、木々は薙倒されてポッカリ口を開けたクレ―ターだった。

 

「な、何て威力だ…まともにくらったら…」

静かに恭也と耕介の瞳が交わる。

ずっと…そう耕介が本気を出してから恭也の心にくすぶっていた感情。

背中に流れる冷たい汗はその量を増した…。

武者震いとは違う震えはもはや身体を激しく揺さぶっている…。

今まで、水面には波紋一つたっていない湖のような静けさを見せていた耕介の瞳が、荒れ狂う嵐のように厳しく激しいものに変わった。

「ひっ!!!」

瞬間、恭也は神速の領域に飛びこむ。

そして耕介の方を見ようともせずに、全力でモノクロームの世界を駆け抜ける。

やがていつの間にか神速がとけ、世界が色を取り戻しても恭也は夢中でかけつづけた。

まるで耕介の幻影から逃れる様に…。

 


後書き

はい、耕介の圧倒的なまでの強さ。

 

恭也が今までと違う何かを耕介から感じ初めています。

 

もう何も言いません、

次でこの闘いに決着がつきます。

勝者は常にただ1人…