非日常の中の日常


《2人の天才》

 

 

耕介に対して、いつもの恭也らしからぬ反応を示すのを見て、薫は不安になっていた。

「ばあちゃん!!!耕介さんは強すぎる!!和真や父さんと戦ってからでなくても、勝てるかどうかわからないほどなのに…。

まして二人勝ち抜いた後の恭也君じゃ不利過ぎる!!!!」

薫は横に佇む和音に食って掛かる。

「これはな、薫。耕介が自ら言い出した事じゃ…」

そう言って、和音は昨晩の耕介との会話を思い出していた。

 

 

――――――――――――昨晩―――――――――――――

 

「一族の人間が、恭也君の神咲入りを反対したら彼を一樹さんと和真君と闘わせる…ですか?」

「ああ…。薫を倒し、目の前で和真と一樹に勝って見せれば、いくらなんでも誰も反対できまい?」

和音の言葉に耕介は少しだけ考えるように虚空を眺めた。

「どうした?耕介、お前はこの案に反対か?」

「いいえ…、ただ2人ではなく3人勝ち抜きにしてください…」

「3人じゃと?後1人は…まさか…?」

「はい、俺が彼と戦います…」

耕介は当然の事のように頷いた。

「何を言っておる!!お前は天才じゃ!!

いくら彼が強くても、お前に勝てるはずはあるまい!!」

 

和音のその言葉に、耕介はスイッと視線を窓の向こうに転じながら呟いた。

「お言葉ですけど…彼もまた天才です…。

俺なんかよりも、きっと強くなれる素質を持った男です…。

でも、今のままじゃあ彼の成長は打ち止めでしょう…」

「あの恭也と言う男がお主以上に剣才を秘めている、と言う事か?」

耕介はにっこり笑って首を横に振った。

「霊力も剣才も恐らくは俺が上でしょう…これは自惚れでなく事実です」

己を、はっきりと上だと言いきる耕介。

しかし、その眼にはほんの少しも自惚れは浮かんでいない。

このセリフを耕介以外の人間が言ったとしたら、その男はただの自信過剰の愚物であろう…。

槙原耕介だからこそ…底知れぬ才を持つ彼だからこそ、言える言葉である事を和音も感じていた。

そして、その耕介ほどの男に天才と言われる恭也と言う男…

「一つ訊ねるが…恭也は何故天才なんじゃ…?

剣才で彼よりも勝るお前が、自分よりも強くなれる男と言う恭也には何があるんじゃ?」

 

「彼はね…『戦闘の天才』なんですよ」

「は・・・?」

和音は耕介の言いたい事が良く理解できない。

しかし、耕介はお構いなしに自分の言葉を続けた。

「ただ…今の彼には決定的に足りない物がある…。

俺との闘いで彼がそれを乗り越えたなら神咲は…」

そこまで言いながら、耕介は軽く首を振って苦笑した。

「いや違うな…。薫は高町恭也と言う名の『闘神』を魅了した事になる…」

「しかし乗り越えられなかったら…」

「ええ…下手をすれば再起不能…。

そうじゃなくても、二度と剣が握れなくなるかもしれないですね…」

耕介の言葉に和音は息を飲んだ

『《かも》ではなく…確実に恭也君は剣を捨てる…。

槙原耕介と言う天才の才気の前に、限界を思い知り、失意の内に剣を捨てる…』

耕介もまた和音が言いたい事をその表情から察していた。

「きっと大丈夫だと思いますよ…。

それともあなたが出会った御神の剣士は、そんなに脆弱な男でしたか…?」

「そうだな…『不破士郎』。あの男の息子なら…」

 

 

 

必死で逃げる恭也の前に、軽い足取りで耕介は近づいてきた。

背後は…崖、恭也はいつの間にか袋のねずみになっていた。

 

今…恭也の心を支配している感情の名は『恐怖』

恭也は生まれて初めて感じる、心の底からの死の恐怖におびえていた。

背中に感じる冷や汗も、体を襲う震えも全て恐怖からくる物であった。

冷静で的確な恭也の攻撃が狂い、耕介の顔面のみを狙ってしまったのも彼の心を浸す耕介と言う人間と対峙している現実と、それと表裏一体に見え隠れする、己の死のイメージのためであった。

 

和音に対して耕介が言った『足りない物』とは、絶対的な死の恐怖だった。


和真や薫、耕介に劣るとは言え、恭也は実戦を数回は経験している。


銃口に曝された回数だって2度3度ではない…。


しかし、そこに死の恐怖などはなかった…。


正確に言えば、恭也が錯乱するほどに、リアルな死のイメージを与えられる物が無かった。


銃などで御神の剣士―しかもこの若さですでに最強クラスの実力を持つ―恭也を殺す事などできない。


無論当たれば恭也といえど死ぬであろう…。


しかし、恭也自身がそんなものに当たらない事を良く知っていた。

 

彼を狙った殺し屋や敵も、彼の実力の前には皆倒されていった。

もちろん恭也とて苦戦する事はあった。

それでもやはり、彼を倒せる物など皆無であった。

 

高町恭也、彼は幼いころから修行を重ね、己の持つ剣才を発揮してきた。

強すぎるが故に、今までに敵から死の恐怖を与えられていない…。

幼いころに彼を打ち負かした父は、息子の命を奪うべくして彼と対峙した事は無い。

ここ最近で、最も彼を苦しめた御神美沙斗もまた、出来れば彼を殺したくないと思っていた。

 

そんな恭也に、耕介は純粋な殺意を叩きつける。

実際に恭也を殺せるだけの実力を持ってして…。

 

実戦に身を置くものとして、最初にくぐりぬける壁、『死の恐怖』。

強すぎるが故に、それを乗り越えずしてここまで来てしまった恭也は今、未知の恐怖と闘って居た。

 

サクサクサクサク…

 

「やあ、恭也君。鬼ごっこはもう止めにしたのかい?」

耕介はいつもと変わらない口調で、ゆっくり恭也に近づいてきた。

顔つきも声も相変わらず優しい、さざなみ寮で目にしていた槙原耕介その者であった。

しかし恭也は耕介の目から目を離せない。

澄みきった純粋なまでの殺意。

耕介の眼から発するそれは、恭也の心を捕らえて離さなかった。

 

恭也は蛇に睨まれた蛙の気持ちを痛いほどに感じていた。



『殺される…。



……………………俺が…?



………誰に…?耕介さんにか…?』



恭也の小太刀を握る手に力が篭る…。



『嫌だ…。死にたくない…!!!』

 


「はあああああああああああああああ!!!!!!!!」




目の前にある『死』と言う物の圧倒的なまでの存在感から眼を逸らす様に、声を張り上げた。

 

『神速』で一足飛びに耕介までの距離を詰め、懐に入り込んだ。

そして、間を置かずに

「薙旋!!!!!!!」

先程破られた攻撃パターン…

当然耕介は再び技に入る前に恭也の両腕を取りに来た。

 

そこで再び神速

 

真後ろに回ってそこから奥義之三 射抜を繰り出す。

神速から薙旋すらフェイントに使ったこの攻撃…。

しかも、死の恐怖を前にして、恭也の攻撃はかつて無いほどに研ぎ澄まされていた。

 

「もらった!!!」

耕介の向こうに死神の姿を垣間見た恭也は、射抜を耕介の喉元に突き付ける…。

静馬や士郎…歴史上数多の剣聖だとてこの攻撃は防げない。

恭也はそれを確信していた。

 

しかし…、

 

ガキ――――――――――――――――ン!!!!!!!!!!

 

耳を塞ぎたくなるような金属音と、その合わさった切っ先から発した火花が中空で踊る。

恭也の射抜は、耕介の身体の30センチほど前の空間で、十六夜の切っ先に止められていた。

驚く事に、射抜に対し耕介は、自らも刺突を繰り出し、恭也の切っ先に合わせる事で、その攻撃を防いで見せた。

刺突から横薙ぎに変化するこの技『御神流裏 奥義之三 射抜』を耕介は刺突の段階で突き、中空で相殺する事により横薙ぎを無効化した。

つまり、射抜をただの刺突にしてしまったのだ。

 

「なかなかの攻撃だったよ…恭也君。

窮鼠猫を噛む…って所かな。

死の恐怖から眼を逸らし、その恐れから逃れるために潜在能力を発揮して見せたんだな」

こんな軽口とは裏はらに、耕介にとっても今の攻防は冷や汗ものであった…。

 

かつて、薫との闘いでもそうであったように、十六夜は神速の世界に居る相手の霊気を感じる事で、何処に居るのか察知する事ができる。

まして、霊剣十六夜は振るう人間の霊力に比例してその能力を増していくのだから…。

 

それでも、あと少しでも反応が遅れていたら、耕介の首は確実に恭也に貫かれていたろう。

ただ、いまの恭也は、恐れのために攻撃に力みが生じ無駄な動きができている。

そのために隙が生まれた…、それがなかったら耕介は死んでいたかもしれない。

ツーっと耕介の背中にも冷や汗が流れていた。

 

一方、そんな事には気が付きもしない…

いや、気が付くほどの余裕もない今の恭也は
耕介との絶望的なまでの能力差を感じ、ペタンとその場に座りこんだ。

『勝てない…、この人には…絶対に勝てない…』

「降参かな恭也君?」

座りこんだ恭也に、十六夜を付きつけて耕介は訊ねた。

今耕介を見る恭也の眼にはもはや覇気は無い…。

恐怖と絶望に満ちた、哀れな瞳の色をしていた。

「降参すれば命は奪わないよ…。

君がここで負けを認めても君は何も失わない…。

薫とも、結婚できるさ…、君が神咲恭也になるだけだ…」

さっきまでと違い、恭也を諭す様に語りかける耕介には一片の殺気すら感じられない。

 

『そうだ…ここで負けを認めても薫さんを失う訳では無い…』

 

 

その言葉が恭也の胸の中で木魂した。



「参りました…」










喉までその言葉が出かかった…。

 

「恭也君!!!!」

 

悲痛に叫ぶ薫の声を聞くまでは…。

それは、きっとただの空耳なのだろう…

聞こえるはずが無い…

薫がいる道場と今恭也がいるところは、1キロは離れているのだから…

 

でも確かに恭也には聞こえていた…

今も自分を必至で励ましていてくれる薫の声が…

 

 

かつての記憶がフラッシュバックのように次々と恭也の頭を流れていく。

 



「恭也…お前なら誰よりも強くなれるさ…。俺よりも静馬よりも他の御神の誰よりもな…」

父、士郎の言葉や…

 



「恭也君、御神の剣の理は『闘えば勝つ』だ。君のお父さんのようにね…」

静馬の言葉…

 


そして…

 



「ウチは…君を信じてるから…」

 


恭也にとって…

 


「君の傍では安心して涙が見せられるから…。弱さも脆さも安心して晒せるから泣くんだよ」

 


世界で一番大切な女性(ひと)…

 


「ウチは、例え神咲の当代の座を捨ててでも恭也君と共に生きたいと思ってる」

 


そんな薫の言葉が耳に蘇えるたびに、恭也の萎えかけた心が再び闘志を蘇えらせた。

 


『そうだ…。俺は薫さんを護るために…、

あらゆる苦難や哀しみから護るために、剣を握る事を誓ったんだ…。

父さんの目の前で誓ったじゃないか…

彼女のためなら、誰よりも何よりも強くなって見せるって…』

 

「耕介さん…」

いつの間にか、耕介を見る恭也の瞳は、あの燃え盛る炎のような力強いものに戻っていた。

 

『乗り越えたかな…。死の恐怖を…』

嬉しさのあまり微笑みそうになりそうな自分の顔を必至で引き締めている耕介。

『確かめてみるには…これしかないな…』

スッと恭也に突き付けていた十六夜を戻し構えを取る。

「恭也君、闘志を取り戻したみたいだね…。

でも、これを見ても、まだ俺に勝とうって気になるかな?」

 

十六夜にかつて無いほどの霊力が収束し始める。

耕介の金色の霊気が燃えあがり、天まで届くほどに高く轟く。

今までの恭也なら、これを見て新たなる恐怖を募らせていたかもしれない。

しかし、今の恭也はもう死の恐怖を克服していた。

それは死から眼を逸らし忘れる事でもなく、我武者羅に攻め続けて捨て身になる事でもない。




『死』。




それを受けとめ、覚悟を決めて…それでもなお闘い続けようとする気概を持つ事。

それこそが、死の恐怖を克服する事である。

 

やがて、収束し、燃えあがり、練り上げられた耕介の霊気は消えた。

いや、見えなくなった…。と言う方が正しい。

高純度まで高められた耕介の霊力は、視覚ではもはや捉える事もできない。

しかし捉えられなくても肌に突き刺さるような圧倒的なエネルギーの存在は、確かにそこにあった。

「これが俺の最強の技だ…。恭也君動くなよ…。

動いたら君も巻き込まれて……消滅する」

 

『神咲一灯流 奥義 封神 楓華疾光断』

 

耕介の放った霊気が空中でカッと輝く。

それはまるで花火のように美しい。

そして花びらが散る様に少しづつ拡散していって、世界が閃光に包まれた。

 

 

眩し過ぎる光りの牢獄、そこから解き放たれた恭也の視界には、その圧倒的な破壊力の爪痕が刻まれていた。

『なるほど、『死ぬ』でなく『消滅する』と言うわけだ…。まともに食らえば骨も残らないな…』

恭也の後は崖であったはずなのに…

崖は中腹をごっそりと抉り取られ、土砂崩れを引き起こしていた…

 

「凄い威力ですね…、崖一つ崩すほどの威力ですか…」

僅かに恭也が、右手を捻りながら話しかけた。

「その割には少しも震えていないな…」

奥義を放ったせいか、多少荒い息を吐き、汗を拭う様にしながら耕介は訊ねた。

「別に…。あなたの攻撃はどれも一撃で致命傷になりかねないですから…。

骨すら残らず消滅するか、普通に死ぬかの違いなら…もう、あまり気にはなりません」

恭也の言葉に満足そうに頷きながら耕介は僅かに笑った。

『完全に死の恐怖は克服したみたいだな…』

 

「耕介さん…これがたぶん最後の攻防ですから…。

いきますよ!!!」

言葉と同時に恭也は神速の世界に飛びこむ。

すでに再び膝は痛み出していた。

完全に治ったわけでもないのに、神速を多用しすぎたせいであろう。

神速の世界で数本飛針を飛ばした。

「無駄だ!!恭也君。俺が握った霊剣十六夜の前では、神速の動きも完全に察知できる」

飛針を叩き落しながら耕介が叫ぶ。

「ヌッ…?」

僅かに霊剣十六夜が重く感じる。

 

そんな耕介に思考の暇を与えずに、神速から抜けると同時に、奥義之一虎乱を叩きつける。

それを十六夜に違和感を覚えながらも、なんとか防ぎ、そのまま右に刀を薙ぎ払う耕介。

ブンッ!!!!

物凄い風圧で回りの木々が薙倒されていった。

 

しかし、もうそこには恭也はいない。

虎乱を放つと同時に再び神速を使う。

すでに膝の痛みは限界を超え、激痛で恭也は気を失いそうになる。

それを精神力でなんとかカバーしながら耕介の背後にまわる。

 

しかし

 

「無駄だと言ったはずだ!!恭也君!!!!」

神速から恭也が抜け出すタイミングに合わせて、楓陣刃を今度は手加減無しで放つ。

しかし、恭也はそこにも現れない…

 

「何故だ…!彼の気配が十六夜でも感じられない…」

「耕介様、これは薫も倒された『極めた神速』だと思われます」

十六夜が過去の闘いからのヒントを耕介に与える。

「ならば結界だ!!!」

瞬時に耕介は自分の周りに霊力の結界を作る。

これなら恭也が神速の世界に居ようが、侵入と同時に場所が把握できる。

一方の恭也は、神速の二段掛けで意識が朦朧としながらも、己の右手の鋼糸に力をこめた。

 

神速の世界の中で、恭也の白刃がゼリーの海の中をゆっくりと耕介の体に向けて滑る…。

一方の耕介もまた、己の結界内に侵入してきた恭也の動きを先読みして剣を放つ…

 

「先ほどから十六夜が…重い…。これは…同調が乱されてる!!!!?」

僅かに剣速が落ちた耕介の攻撃は、神速の向こう側の世界に居る恭也には僅かに届かず空しく空を切りつけた。



「耕介さん…チェック・メイトです…」



そう言って恭也の小太刀は耕介の頚動脈まで薄皮1枚の所で静かに輝いていた。

 

 

耕介は、一瞬だけ口惜しそうに唇を噛み、その後いつもの優しい顔で微笑むと

「俺の負けだ…」

と言って、十六夜を手放した。

「負けだなんて…。俺はあなたが手を抜いてくれたのをわかっています…」

恭也は寂しそうに口元を自嘲の笑みで歪めた。

 

そんな恭也の肩を耕介は叩き、にっこり笑っていた。

「君が、恐怖を克服してからは…本気だったさ…」

 

その言葉のとおり、耕介もまた最後の攻防は本気だった。

対耕介戦に関しての恭也は何処か集中していなかった。

序盤は耕介に侮りと嫉妬を感じていたし、

中盤は隠していた耕介の実力を目の当たりにして、驚きで充ちていた。

終盤は、完全に恐慌状態…。

元々はそこまでひどく離れていない戦闘力は、耕介とのメンタルの差によって実力以上に離れて見えた。

しかし弱点を克服して、更に耕介すらも認めた戦闘の天才としての才能を発揮し始めた恭也は、耕介にとっても稀に見るほどの好敵手だったのだ。

 

耕介は恭也の右手に輝く鋼糸が、自らの十六夜に絡みついていることに月光の光を浴びて輝いている鋼糸を見て今気がついた。

「これは…」

「0番鋼糸を那美さんに聖水で清めてもらった特別な鋼糸です」

恭也はクルクルと鋼糸を巻き取りながら答えた。

「俺はまだ霊力を上手く扱えませんので、特別な道具を用いないと霊力を通せないんですよ・・・」

『霊力…を…通す…何処に…?まさか…』

「ま…まさか…!!君のせいか!!!?」

「はい…」

耕介は愕然とした。

戦闘中に急に十六夜が重くなった事…。

それは十六夜に絡みついた鋼糸を通して、恭也が自分の霊力を十六夜に送っていたかららしい。

それにより乱された同調のせいで、重くなった霊剣十六夜…

最後の攻防で命取りになったトラップに最初から絡め取られていた自分。

 

耕介は深く溜息をつきながら恭也に訊ねた。

「いつの間に、十六夜に鋼糸を絡み付けたんだい?」

「耕介さんが奥義の打ち終りを狙いました」

耕介は自分が改めて闘神を目覚めさせた事を感じた。

奥義の威力に圧倒される事無く、逆にほんの一瞬だけ耕介の注意力がそれるであろう、唯一の時を見逃さずに鋼糸を絡ませる抜け目の無さ。

鋼糸に霊力を流すと言う発想。

そして、耕介と十六夜の同調を乱すと言う作戦。

 

その全てが戦いのときに最も必要とする直感力からくる物だった。

耕介が恭也を評した『戦闘の天才』とはこの直感に有った。

危険を察知する第六感とも言うべき危機回避能力。

一度の闘いで己の足りない物を持つ、敵の能力を学び取る洞察力。

奇想天外な発想とそれを実行に移せるだけの勇気。

それらを合わせた恭也の本能的な直感力。

耕介にも真似できない、戦闘の天才たる目の前の少年だけの才能。

 

近い将来、この高町恭也と言う人間は自分すらも超えるだろう…。

そう思い静かに恭也の耳元で囁いた…

 

「神咲と御神の技と心を合わせた流派の原型と可能性…。

確かに見せてもらったよ…」

 

握手を交わしている尊敬できる年上の友人である耕介に、、恭也は今、父士郎の姿を重ねていた。

「ありがとうございます」

自然に耕介に頭を下げる恭也に、耕介は父と言うよりは、年が離れた兄が弟の頭を撫でる様にしながら

「薫を…不幸にするなよ…。

あの子は俺にとってかわいい妹みたいなもんだからな…」

「はい…、任せて下さい!!とは、まだ言えませんが、そうなるべく努力はしていきます」

その言葉に耕介は満足そうに頷いた。

「よし!!

がんばれよ、恭也。

お前ならきっとできるさ!!俺の弟みたいなものだしな!!」

いつの間にか呼び捨てにされている事が、少しだけくすぐったかったが、悪い気はしなかった。

 

耕介は少しだけ、からかう様に微笑んでいった。

「式には呼んでくれるんだろ?」

「ええ…。仲人をお願いしますよ…」

 

 

辛く厳しい闘いの終焉に、尊敬できる年上の友人を得た今夜と言う日は、恭也にとって忘れられない物となった。

 


後書き

 

長…!!!!

調子に乗って書いてたら凄い事になってしまいました、対耕介戦。

 

しかし、耕介強すぎだな…。

 

私が思うに、恭也って強すぎるあまり死の恐怖の前で錯乱するようなことはなかったろうな〜と言う発想からこの話は生まれました。

 

恭也って、バトル系SSでは天才で無敵って感じなので人間味に欠ける気がしたんで…。

最近はどうだかわかりませんが、これを書いてた2001年にはそんな感じだったんですよ(ヲ

天才ゆえに実戦ですら追い詰めらる事が無かった恭也が

自分以上の人間に殺されるほどに追い詰められて恐慌状態になった。

 

でも、やりすぎて逆に恭也じゃ無くなったかもしれないですね…。

やっぱり恭也は無敵にステキで良いのかもしれないです。

 

あと、エピローグと番外編で非日常の中の日常は終わります