過去と未来の狭間で…


第二回

 

 

夕暮れの八束神社に、セーラー服の少女が一人佇んでいた。

「おかしいな、確かにほんの数十分前にここで巨大な気を感じたんだが…」

回りを見まわして見るが、不穏な気配はまるで感じない。

「気のせい…かな…?」

すると、何処から現れたのか金髪の女性が少女に話しかける。

「気のせいで、あれほどに巨大な気は感知しないと思いますよ…。

中々強力な霊力が一つと、かなり強大な気が一つ…」

「十六夜も感知したとなるとウチの気のせいでは無いな…。

もう少しこのあたりを探して見るか…」

「いえ、霊力の方も、もう一つの良くわからない気も悪意を感じませんでした。

今日は、とりあえず寮に帰って様子を見ても良いんじゃないでしょうか…」

「珍しく、随分楽天的だね…」

「ええ、この霊力…、何故か知っている気がするんです…」

「そっか…、まあ十六夜がそう言うのなら寮に帰るか。

もうすぐ千堂も訪ねてくるだろうし…」

「大変ですね、受験勉強も…」

「そうでもないさ…。

もう少しここ(海鳴)に居たいっていう、うちの我侭だしね…」

 

そう言いながら、薫は夕暮れの街に消えていった。

 

 

 

 

 

一方、恭也と忍、那美達は…

「困りましたね…、もう流石に野宿も季節的に辛いですけど…」

今、那美達がいる時代は七年前の一二月であることは、駅前の時計や

本屋の雑誌などで判明していた。

那美が、本当に困りきっているのか、溜息をつきながら下を向く。

「私、結構お金持ってるから1週間くらいは野宿の心配は要らないけど…」

と忍が自分の財布を見ながら呟く。

彼女の財布には福沢諭吉さんが十人以上犇めき合っていた。

「とは言え、それを使い果たしてしまったら本当の文無しになってしまうからな。
無駄に使用するわけには行くまい…」

「大丈夫よ、カードの方にもかなりお金あるもの…」

「使えないと思うぞ、カード類は…」

恭也が冷静に忍に突っ込む。

「あ…そうか…」

恭也の言うとうりである。

今の忍が持っているのは、これから7年先の未来のカードや通帳なのだ。

「これからどうしましょうか…?」

那美が不安そうに、意見を求める。

「う〜ん…」

恭也も良い案が浮かばないのか、腕を組んで唸っている。

「……仕方ないわね…」

忍が溜息とともに何かを決意した様に呟いた。

「忍さん。何か良い案があるんですか?」

「とりあえず…家に行きましょう…」

忍の提案に、恭也も那美も目を丸くする。

「家…って…?」

「忍の…家か?」

「そうよ、私の家なら子供のころの私とノエルしか居ないし、

部屋も余ってるし」

「でも、いきなり「未来から来ました」なんて言って誰が信じるんだ?」

実は、恭也も高町家に行く事は考えてはいた。

しかし、どうやっても自分が高町恭也だと証明できる気がしなかったために、断念したのだった。

「馬鹿ね〜、ノエルが居るじゃない。

ノエルなら私の血液なり脳波なりDNAなりで証明してくれると思うよ」

「そうか、ノエルさんが居たな」

「忍さん、頭良いですね〜!!」

と言う、経緯で3人は月村邸を訪ねる事にした。

 

 

 

さざなみ寮

玄関に薫を出迎えながら耕介は心配そうな顔で薫に訊ねた。

「薫、神社には何か居たか?」

「いえ、何も居ませんでした…」

薫は十六夜の刀袋を耕介に手渡しながら首を振った。

「なんだ、それじゃあ薫の気のせいか…。

珍しいな…」

「いえ、そんな事はありません。私も気配を感じました。

なかなか強大な霊力と、物凄く強力な気を…」

「『気』と『霊力』って…、どういうこと…?」

耕介が首をかしげながら疑問の声を上げた。

「いえ、なんて言えば良いんでしょう…。

そうですね、霊力じゃない方は人間の気配では無かったですね…」

「人間じゃないって…?」

訳がわからないとでも言いたげに耕介は声を上げた。

「恐らくあれは夜の…」

「もう!!薫!!!!人を待たせて何やっているのよ?」

何かを言いかけた薫の声を遮る様に、二階から瞳が降りてきた。

「もう、私30分も待ってるのよ!!」

そう言って、頬を膨らませて見せる。

『瞳ちゃんご立腹』

耕介が昔、瞳と未だ恋人だった時分にデートで遅れたりした時や、

ケンカで必要以上に相手を怪我させた時などに見せる、『怒ってる』のジェスチャーだった。

その瞳を見て薫も苦笑して見せる…。

「千堂…学校のファンが見たら哀しむから、子供じみた顔は止さんね…」

耕介や薫の様に、心許した人間だけに稀に見せる瞳の少し子供っぽいもう一つの顔であった。

「そうそう、瞳。機嫌直せよ…。

今お前が好きな、耕介特性のホットチョコレートを淹れて持って行ってやるから…」

「ホント?それじゃあ一緒に翠屋で買ってきたクッキー食べよっと…」

そう言って、機嫌を直したのか瞳は部屋に戻っていく。

「あいつは…変に子供っぽいと言うか…。全く…」

「耕介さんの前だけですよ…。

学校では理知的で大人だと評判です…」

薫も親友の学校とのあまりの違いに、やや苦笑しながらも自室に戻ろうとした。

「薫は、ホットチョコレートは甘すぎて嫌だろうから…

お茶請けに合わせてロシアン・ティーにするか?

この間薫が美味しいって誉めてくれた手作りのマーマレードを入れて…」

「あ…、ぜひお願いします…」

そう言って自室に戻っていった。

「薫も瞳様のこと言えませんね…」

十六夜がクスクス微笑みながら光りを映さない瞳を薫の方に向けながら呟いた。

「何がです?十六夜さん」

「いえいえ、なんでもないんですよ、耕介様」

「?…そうですか」

そう言って耕介も二人の受験生に差し入れを持っていくために階段を上って行く。

「あらあら、耕介様もですか。

二人とも階段を上る音が嬉しそうに弾んでいますよ…」

「どうかしたんですか?十六夜さん」

十六夜の後から知佳が声をかける。

「いえ、薫も耕介様も素直な人だなと思って…」

「そうですか…?」

知佳は不思議な顔で何故か頬を染めて微笑んでいる十六夜の前を離れた。

 

 

 

ピンポ〜〜〜〜ン

月村邸の呼び鈴を押す。

「はい…どちら様でしょう…?」

忍も恭也も那美も聞きなれた声とともに月村邸の重そうな扉が開かれる。

やはりと言うか、当然と言うか…

7年近く過去に戻っていながら、ノエルは今と―正確には恭也達が来た未来と―寸分違わぬ姿で出てきた。

一瞬、恭也や那美達に

『タイムスリップなんて気のせいなのでは…』

と言う気すらもおきた。

しかし、ノエルの後から現れた人の姿が、やはりここは過去の世界なんだと無言の説得力を持って十二分に語ってくれた。

「ノエル…。お客さんて…誰?」

「か…可愛い!!!!!!!!!!」

那美は思わずその少女を抱きしめてしまった。

恭也もまたかわいいなと素直に魅入ってしまっていた。

いきなり抱き上げられて少女は面食らってしまっているのか抵抗すらしない。

「こらこら那美、いくら超超超ちょ〜〜〜〜〜お美少女だからって…」

と、その少女の数年先の未来が那美を制す。

「突然何をするの!!」

少女はビックリしたのか、ノエルの影に隠れて文句を言う。

「ごめんね〜、あんまりかわいいから…」

那美の言葉と態度に敵意が無いのを感じたのか、少女は声を落ち着けて3人に訊ねた。

「お姉ちゃんたち…誰?」

その問いに忍はにっこりと笑って一言…

「私?私は貴女よ…」

と答えた。

そして、眼を丸くしている自分に再度にっこり笑って

「とりあえず詳しい事は中に入って説明するから…

お茶でも飲ませてもらえるかな?」

と、言いながら3人は月村邸にお邪魔する事になった。

 

 

 

30分後

「…………………と言うことなのよ…」

忍は深い溜息とともに今までの事情などを幼い自分に語った。

「ノエル、この話本当だと思う?」

小さい忍がノエルに話しかける。

「こちらの方は、脳波も血液もお譲様と完全に一致します。

お話の全てが本当かは私にはわかりかねますが…

とりあえずこちらの方がお譲様であることは間違い無いようです…」

「そう…」

小さな忍が溜息をつきながら頷いた。

「最後に2つ質問ね…。

まずは…あなたが私だと言うのならこれができるはずよね…?」

と言って、小さな忍は物凄い殺気を放ち始めた。

目はルビーを溶かしたように赤く染まっている…

『こ、この殺気をこんな年端も行かない少女から感じるとは…』

本人の意思に反して恭也の身体は震えを見せていた。

それは、冬の冷気のためでは無い事は確かだった。

「ね?これぐらいは出来るよね?」

いつの間にか幼い忍の瞳から紅い色は抜けていた…。

それと同時に今までこの空間を支配していた、重苦しい殺気も消え去っていた。

それは、一つの事実を雄弁に語っていた。

今、恭也が感じた恐怖を与えたのは目の前で微笑む少女であったと言う事実を…

「あまり…、見せたくないんだけどね。

恭也と那美には…夜の一族としての力は…」

そう言いながら、横に座っていた忍から先ほど以上の殺気と圧迫感が恭也に感じられた。

「これで良いかな?」

そして、嵐が通りすぎたかのように空間には静かな空気が流れ始めた。

 

恭也は感じずには居られなかった…。

夜の一族…そう呼ばれる忍達の一族が秘める肉体的なポテンシャルは遥かに自分を…いや人間を凌駕している事を…

横を見ると、那美もやはり放心している。

神咲の者として人にあらざりしものに触れる機会が多い那美にとっても、あれほどの圧倒的な殺意は始めて感じる物だったのだろう。

「那美…?私が…怖くなったかな?」

忍が寂しそうに、そして不安げに放心状態の那美に声をかける。

かつて、一度だけ忍の瞳が真紅に染まったのを目撃した事のある恭也と違い、那美の驚きは相当の物で会ったのだろう。

しかし、那美は笑ったのだ、忍の瞳を真直ぐ見つめながら…

「忍さんは…忍さんです…」

未だに残る、本能的な恐怖に指先を震わせながらも、忍を気遣う様に微笑みながら言った一言がどれだけ忍の心を癒したか…

「そう…ありがとう…那美は優しいね…」

そう言って、忍は那美の肩に額を乗せる様にして……少しだけ…泣いた。

恭也は、そんな二人を寂しそうに見ている幼い忍に笑いかけ、

「俺も那美さんも忍の事が好きだよ…。あそこで那美さんを抱きしめている忍も…、そして…こっちの小さな忍もね…」

そう言いながら頭を優しく撫でてあげる。

なのはにしてあげるように…

幼かった美由希にしてあげたように…

幼かった自分がフィアッセにしてもらったように…

「…うん…」

気持ち良さそうに恭也に頭を撫でられながら未だ幼い忍は笑った。

その微笑みは、無垢で清らかで…優しかった。

 

「それで、もう一つの質問は?」

何故か、恭也の膝の上に落ち着いているかつての自分に訊ねた忍。

「あのね…、ノエルにどうしても付けたくて一生懸命研究してる事があるの…。

お姉ちゃんが未来の私ならきっとわかると思うんだけどな…。

何を付けたいか…」

その質問に忍は力強く頷いてにっこり笑って答えた。

「ロケットパンチ!!!!!!!!!!!!」

 


ズル…

 

恭也と那美は呆れているが

「そう!!!やっぱりロケットパンチは…」

「ロマンだよね…」

と息投合する二人に何もかける言葉を持たなかった。

 

「お姉ちゃんたちの事信じてあげる…」

忍と研究室に向かう忍ちゃん(便宜上小さな忍をこう呼ぶ事にした)が、最後にそう言って微笑んでくれた。

 

「うん…ありがとうね…」

那美と恭也はにっこりと笑って忍ちゃんにお礼を言った。