過去と未来の狭間で……
第4話
事故現場に人が集まっていた。
恐らくは野次馬の一人が連絡でもしたのだろう、パトカーと救急車もサイレンを唸らせ現場に急行してきた。
とりあえず、恭也達はわき目も振らず全力で裏路地の公園に滑りこむ。
「フーフー…
ここまで来ればとりあえず大丈夫だと思います」
肩で息をしながら真一郎が恭也に声をかけた。
「そうですか」
一方の恭也は涼しい顔で、息一つ切らしては居ない。
「あの〜…高町さん」
真一郎が恭也に何かを尋ねようとした時に、おずおずとした声が上げられた。
「あの〜、唯子もう大丈夫なんで、降ろして下さい…」
そう、慌てて走り出したために唯子はずっと恭也に横抱きの形で抱き上げられたままだったのだ。
「真君…私も恥ずかしい…」
小鳥も真一郎に抗議の声をかけた。
小鳥の運動神経では、真一郎の全力ダッシュに付いて来れるはずも無いので、真一郎が走り出す時に背負っていたのだ。
「おう、小鳥降ろすぞ…」
そう言って真一郎が小鳥を背中から下ろす。
恭也も無言で唯子をそっと降ろした。
しかし…
「はにゃ〜」
未だに腰が抜けているためか、唯子は立ち上がれなかった。
「全く唯子は情けないな…」
そう言って真一郎が唯子を背負おうと手を伸ばしたが、それよりも早くに恭也が再び唯子を横抱きに抱き上げた。
「あの…高町さん。そのでっかいのは俺が運びますよ…。
でかくて重いでしょ?」
真一郎の胸の中に何とも言えない気持ちが渦巻いていた。
自分以外の男に抱き上げられる唯子…
嫉妬にも良く似た…
しかしそれよりも幾分幼い、独占欲とでも言うべき感情…
「いや、あなたには無理です…」
その言葉は、更に真一郎の心を逆立てた。
真一郎には自分よりも大きい唯子を横抱きに抱き上げる事など出来なかったから…
「その怪我では無理ですよ…
それよりも早く治療をしなければ…」
恭也は真一路の左手を心配そうな瞳で見ていた。
相変らず、真一郎の左手からはドクドクと血が流れていた。
「あなたは…勇気のある人です。
普通の人間は道路に向かってダイブなどしない…。いや、出来ない。
だからあなたのその手が駄目になってしまわないようにしなければ…」
かつての、膝を壊した苦い記憶が一瞬頭をよぎる。
『この人は…俺を侮ったのではなくて…純粋に心配してくれたんだ…』
そう思い始めた真一郎の胸には、何時の間にか嫌な気持は消えていた。
「ほら真君。とにかく水場の方に行こうよ。
あそこにはベンチもあるから落ち着くのにも丁度いいでしょ?」
小鳥も心配そうに真一郎の左手を見つめていた。
「では行きましょう…」
真一郎と小鳥よりも一歩遅れて恭也も唯子を横抱きにしたままついていく。
そんな恭也に抱かれながら唯子は呆然としていた。
『この人凄いよ〜、唯子のこと普通の女の子を持ち上げるみたいに軽々抱き上げてる。
それに唯子、真一郎以外の男の人にこんなにくっつくの初めてだよ〜』
身長がコンプレックスの唯子にとって、自分を軽々抱き上げている恭也の存在はとても新鮮だった。
チラリと恭也の顔を盗み見る。
真一郎と違って美少年では無いが、整った顔立ちは大抵の女の子が見たら確実に振り向くだろうと思われる。
そして、精悍さや、やや無愛想そうな厳しい顔つきが若さに似合わない渋い雰囲気を感じさせた。
「はううう〜」
そんな事を考えていると恭也を意識してしまって、恥ずかしさのあまり顔が赤くなった。
恭也は水場の傍のベンチに唯子をそっと下ろした。
「あの…ありがとうございます」
そう言ってにっこりと恭也に微笑みかける唯子。
そんな唯子に恭也は曖昧な言葉を投げかけて視線を逸らす。
恭也とて健康な男である。
唯子ほどにかわいい子をずっと抱き上げていて、ドキドキしないはずが無い。
そんな自分の胸の鼓動を誤魔化す様に、真一郎の怪我の治療をしようとしている小鳥の手伝いをはじめた。
手伝いと言うか、怪我の治療には慣れている恭也が、ほとんど一人で真一郎の治療を済ませたようなものだった。
「あわわ〜、すいません。何から何までお世話になりっぱなしで…」
小柄な小鳥が少し脅えた様子を見せながらも恭也にペコリと頭を下げた。
「本当にお世話になりました。
それにしても怪我の治療も随分と手馴れていたし、何か格闘技でもやってるんですか?」
真一郎が興味深げに恭也を見やる。
それに対してYESともNOとも取れるような曖昧な返事をして恭也はその場を誤魔化した。
『御神の剣はあまり人に誇る物では無い』
そんな父の言葉を忠実に守っているのだった。
そんな恭也に対して真一郎もそれ以上に言及せず話題を変えた。
「改めて自己紹介しますね。
俺は相川真一郎。こっちのちっこいのが野々村小鳥で、そっちのでかいのが…」
真一郎の言葉を受けて唯子が元気良く自分で名乗る。
「鷹城唯子、風芽丘の2年せい〜」
唯子の名前を聞いて恭也がビックリした顔を見せた。
『誰かに似ている気がしたが…。まさか鷹城先生の若いころだとは…』
「唯子の事知ってるんですか?」
驚きの瞳で、唯子を見つめる恭也に真一郎は声をかけた。
「いえ…その…鷹城先生にはいつもお世話になってまして…」
恭也が思わず口を滑らした。
『鷹城先生?』
恭也の発言の意味がわからずに三人は不思議そうに恭也の顔を見ていた。
「あの〜、唯子は、えっと…」
何か言おうとした唯子だったが、恭也を何と呼ぼうか迷ったらしく言葉がとまった。
そんな唯子に小鳥は一瞬不思議そうな顔をした。
「あ、俺の事は高町でも恭也でも好きに呼んでくれて構いませんよ」
「あ…じゃあえっと…恭也さんは唯子の事知ってるんですか?」
恭也は完全に困っていた。
まさか『未来でお世話になっています』と答えるわけにも行かない。
元来恭也は口下手なのだ。
返答に困っている恭也を真一郎の一言が救った。
「あれじゃないか?唯子の試合をどっかで見たとかそう言うんじゃないのかな?」
その言葉に恭也は渡りに船とばかりにウンウンと頷くと、挨拶もそこそこに逃げる様にその場を立ち去った。
一方残された唯子達は
「一体なんなんだろうね、あの人…恭也さん…?」
唯子は、唐突に退散した恭也が走り去った方向を見たままポツリと呟いた。
「落ち着いた雰囲気だったけど、なにしてる人なんだろうね?」
「転校生だったりしたら面白いな!」
真一郎が笑いながら言った。
「もう!真君ドラマじゃないんだから!」
小鳥もそれに笑って応じる。
ちなみに二人とも恭也が高校生だとは露ほども思っていなかった。
ひとしきり笑うと急に真一郎は真面目な顔で恭也の事を考え始めた。
『俺よりも後から、トラックに飛びこんで唯子を傷一つ付けずに助け出した…。
『ただの人間』の動きとは思えない…
一体何者なんだろう…?』
そう…、そんな事が出来そうな知り合いは、真一郎の周りに居るわりと常識外れの人間たちの中でも、一人しか居ない。
それは真一郎の最愛の人であり…
『ただの人間』では、不可能な事が出来る女性(ひと)。
あの少女のみ…
「まさかな・・・」
真一郎は考えすぎな自分に自嘲の笑みを洩らすと恭也の事を考えるのを止めた。
「悪い人には見えなかった…
唯子も助けてくれたしな・・・」
左手に巻かれた血止めのハンカチが視界の隅で揺れた。
「俺の怪我を心配して…治療までしてくれたしな」
そんな真一郎を尻目に小鳥は背伸びをして唯子の肩を叩いた。
「唯子〜」
「ん?なに小鳥」
振り向いた唯子に小鳥は優しく微笑むと
「また会えると良いね…」
と言ってまた背伸びをして唯子の頭を撫でようとした。
幼いころ、小鳥は唯子を元気づける時や慰める時には、よくそうやって頭を撫でてくれたのだった。
無理して背伸びして、ふらふらしている小鳥に唯子は苦笑した。
自分の高すぎる身長が強調された気がしたから…。
少しだけ頭を下げる様にして小鳥が唯子の頭を撫でやすいようにした。
「また…会えるかな?」
ポツリと独り言の様に呟いた唯子の言葉に小鳥は
「きっと会えるよ、あの人唯子のファンみたいだしさ…」
そう言って微笑んでいた。
いつもの優しい微笑で。
「うん!」
自分では気が付かないかもしれないが、そう言って頷く唯子は本当に嬉しそうで…
そしてかわいかった…
そんな、唯子を見ながら小鳥は1月ほどの過去を思い出す。
二人がそっと泣いた日の事を…
『唯子は…前に進めたんだ…』
小鳥の長い唯子との幼馴染歴で、唯子が相手を何て呼ぼうか逡巡した態度を見せたのは今日が初めてだった。
『私もいい加減…真君から卒業しなきゃ…』
それが二人で泣いた夜に出した結論。
もう今は真一郎は唯子と小鳥の物じゃないから。
真一郎の横には別の女性(ひと)が居るから…
変わり始めた3人の関係の形。
でもそれはきっと続いていくに違いない。
例え三人が結婚しても…幼馴染と言う絆がある限り…
誰が言うでもなく3人で並んで歩き始めた。
幼いころに日が暮れるまでこの公園で遊んでいた三人は大人になった。
それでもあのころと同じように、夕日に追い立てられる様に三人で家路に着いていた。
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魔術師の戯言
問題です
真一郎の最愛の人『ただの人間』にはできない事が出来るらしいですが誰でしょう?
3択です。
1、耕介→……確かにもしこうだったら只者では無いでしょうね(汗)
2、瞳→……人間の限界を軽く三つは超えているでしょう(笑)
3、シャ○→何て言っても三倍ですから(爆)。
わかった人はドシドシ応募してください。
正解者には先着三名様より、美味しい洋菓子や『翠屋』より特製シュークリームの箱詰めが送られます(嘘)。