過去と未来の狭間で
第5話
月村邸の、リビングのソファーで恭也は憮然とした表情で座っていた。
その膝の上には忍ちゃんがちょこんと座りニコニコとしていた。
そして、そんな二人の前で那美と忍は、ファッションモデルのように、色々な服を着ては、恭也達の前まで歩いてきてはクルリとターンをしては戻っていく。
二人は、色こそ違うものの、先ほどから同じデザインの服を着ていた。
忍はブルーが基調。
対して那美は赤が基調となっている。
恭也の表情は、最初の憮然とした表情から随分と疲労の色を濃くしていた。
そんな恭也は置いておいて、一通り、着終わったのだろう。
忍と那美が元の私服に戻って出てきた。
「ねえ、恭也。どれが私に一番似合った?」
「恭也さん、私にはどれが良いと思いますか?」
二人は、恭也に感想を求めたが恭也は何にも言えなかった。
昨日の事で怒っているのもあった。
しかし、それ以上に疲れきっていたのだ。
那美も忍も標準をブッちぎりで引き離しているいるほどの美少女だ。
そんな二人は、どんなデザインの服を着ても大抵はかわいく見えたし、元から恭也はファッションなぞにはトンと縁が無い男でもある。
そんな恭也が、28種類もの服の中から一つ選べと言うのは不可能でしかない。
むしろ見ているだけで恭也は疲れきっていた。
『何で28種類も制服が有るんだ?』
恭也は心の中で、叫んでいた。
そう、今、那美と忍がファッションショーしていたのは風芽岡の制服であった。
「やっぱ風校は良いな〜。
一杯制服有るもんね〜!!」
恭也とは対照的に膝の上の忍ちゃんは大ハシャギだ。
「本当ですね〜、私も子供のころ薫ちゃんから話を聞いて憧れてたんですけどね〜」
「わかるわかる!!私もさくらを見て羨ましかったもん!!」
「「だから残念だったのよ(です)!!制服の数が減った時は」」
忍と那美は声をはもらせていた。
そして、あの制服はこうだ、この制服はああだと忍ちゃんも混じって盛りあがっていた。
そんな女性陣から離れ、恭也は普段のと変わり映えのしないスタンダードなブレザーに決めていた。
忍や那美からは、
「どうせならガクランにすれば良いのに〜!!」
と言われたが、ブレザーの方が小太刀や飛針を隠しやすく、しかも出しやすいのだ。
恭也達が、何故風芽丘の制服を選んでいるか?
それは、昨日の事だった。
―――――――昨日
恭也が真一郎達と偶然の出会いをした日に、用事があると家を出ていた忍と忍ちゃんとノエルは、恭也よりも数時間ほど早く帰ってきていた。
何故か胸が僅かにチクリと痛むのを感じて、センチメンタルな気分の恭也が月村邸の立派なドアを開けた。
「・・・ただいま」
「きゃっはっはっはっはっはっははっははは!!!
忍ちゃんたらかわいい〜!!!」
けたたましい声で忍ちゃんの横に居る忍にほお擦りしている那美。
呆然としている恭也の鼻に馨る香り・・・
そう、逃げる様に唯子たちから離れてきた傷心の恭也がドアを開けると部屋は
―――――――――――――――――――――――――酒臭かった
「・・・・・・何の騒ぎだ?」
呆然と呟く恭也に未だに那美にほお擦りされている忍が苦笑しながら答えた。
「あ、お帰り恭也。
那美が酔っ払っててさ・・・」
「・・・・・・誰が飲ませたんだ?」
恭也が忍を軽く睨みながら溜息をついた。
「まあまあ、お兄ちゃん。これでも飲んで落ち着いて・・・」
忍ちゃんが気を利かしてくれたのか、自分が飲んでいた葡萄ジュースを差し出してくれた。
「ああ、ありがとう忍ちゃん。
まったく、あれ(忍)と違って本当に良い子だな忍ちゃんは・・・」
そう言いながら恭也は、走って帰ってきて喉が乾いていたのか、そのジュースを一気に飲み下した。
「まったく・・・忍ちゃんは良い子だな〜!!・・・ヒック」
そう言いながら、忍ちゃんを自分の膝の上に乗せる恭也。
忍の目には心なしか、恭也が赤くなっているように見えた。
恭也は気が付くべきであったのだ・・・
自分の膝の上でニコニコと天使のような微笑を浮べている少女もまた『月村忍』であることに・・・
忍ちゃんが飲んでいたジュースの名前はカノッサ・ルビー
口当たりも良く甘口で飲みやすいが・・・れっきとしたお酒であった。
『月村忍』にとっては、ジュースみたいな物であったが・・・
「恭也さん〜!!もっと飲んでくださいよ〜!!」
「そう言う那美さんこそ、グラスが空になってますよ〜!!」
そう言いながら双方のグラスに並々と真っ赤な液体を満たしていく。
「「カンパ〜イ!!」」
くい〜っと、一気にそれを飲み干す二人。
「完全に酔ってますね・・・お二人とも」
「恭也も那美も凄く弱いからね・・・」
そんな二人を冷静に観察するノエルと忍。
そして・・・・・・・
「お兄ちゃんもお姉ちゃんも真っ赤っかだよ〜」
楽しそうな忍ちゃん。
「でも、丁度良かったわ…」
忍はクスッと微笑み、何か書類のような物を懐から取り出した。
「那美〜!恭也〜!ちょっと良いかしら?」
「なんれすか?忍さん」
すでに那美の目は、焦点が合っていない。
「これにサインしてくれないかな〜と思って…」
そう言いながら忍は、二人の前で紙をヒラヒラさせた。
「忍、それは何なんだ?」
恭也も真っ赤な顔をしているが、那美よりはまだ辛うじて意識があるらしい。
「いや、その、何でもないから…」
「怪しいな〜、お前今度は何を企んでる?」
「やだな〜、何も企んでなんかいないわよ」
「じゃあ、それを見せろ」
なかなか見せようとしない忍の態度に、恭也はやはり何か悪い予感がした。
膠着状態に陥った様に見えた…。
しかし、そこに闖入者が入ってきてあっさりと均衡は崩れた。
「ああ、恭也お兄ちゃん全然飲んで無いじゃないの!!
さあ!飲んで飲んで!!」
と、忍ちゃんは一気に恭也にワインをラッパ飲みさせた。
結果として、恭也はへべれけになってしまった。
「は〜、危ない所だったわ…」
忍が溜息を付き、そして忍ちゃんに向けて親指を立てて微笑む。
「ナイス!!」
忍ちゃんも同じように、忍に微笑む。
そして二人は、すでに前後不覚の恭也と那美に例の書類にサインさせたのであった。
「恭也!!恭也!!」
忍が、恭也の体を揺すっていた。
「もう!なにボーッとしてるのよ!
私も那美も決めたから帰ろうよ!!」
どうやら、昨日の事を思い出している内に二人とも制服を決めたらしい。
「結局どんな制服にしたんだ?」
「私が、ブレザーっぽい奴でね、那美はバニーガールみたいな奴」
「ブッ!!」
思わず恭也が吹出して、那美の方を見る。
「違います違います!!忍さん、なんて事言うんですか!!」
慌てて否定する那美。
「あのな、忍。何処の世界にそんなの物を制服にする学校があるんだ?」
そう言いながら忍の額を軽く指で弾く。
「イッタ〜イ!!恭也のバカ!」
そう言いながら、泣き真似をする忍。
本当に見ていて飽きない奴だな、恭也は心でそう独白した。
そんな3人のやり取りを忍ちゃんは眩しそうに・・・
でも少しだけ寂しそうに見守っていた・・・