《6話》
キーンコーンカンコーン
と、チャイムが昼休みを告げた時、3年G組の扉にはすでに黒山ができていた。
それは、あたかも昼時の購買部にて、パンを争う人の群れのようであったという。
むろん、彼らの目的はパンに非ず。
噂の転校生をひと目拝まんとするためである。
噂の転校生、無論それは、恭也と忍のことだ。
寡黙で渋めの美形の男と、基本的に美形の多い風校にあって、なおその容姿が注目されるほどの美形の少女。
そんな二人が、冬休みも直前というこの時期に同時に転向してきたのだ。
噂は3年中を『あっ』、という間に駆け巡った。
では、渦中の恭也と忍はどうしているか。
どちらも、机に顔を突っ伏していた。
恭也は、自分に集まる視線にいい加減うんざりしていた。
転校初日なだけにある程度は覚悟していたが、これでは上野動物園のパンダ並みの扱いだ。
完全に辟易した恭也は食欲もわかず、ただただ昼休みが早く過ぎるのを待っていた。
忍もさぞかし困っているだろうと、斜め後ろの席に目を転じると、やはり忍も昼食も取らずに机に突っ伏している。
『さすがに忍でも辟易するか……』
と、納得するも忍は身動きひとつしない。
zzzzzz・・・・・・・
zzzzzz・・・・・・・・・・・・・
zzzzzz・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
『そういえば、4時間目は古典だったな』
恭也はひとつため息をついて天を仰いだ。
こいつはやっぱり大物だな、と。
ちなみに、教室の扉のところの人だかりとは打って変わって、恭也と忍の周りにクラスメートがよってくる気配はない。
普通なら、転校初日は質問攻めにされてもおかしくないはずなのに。
興味がないのとは違う。
実際視線はクラスメートからも注がれている。
しかし、この二人の持つ雰囲気が安易な接触を躊躇わせているのだ。
数時間前のHR時
担任に誘われて3年G組に入ってきた二人に、クラスの者は感嘆の溜息を持って迎えた。
「高町恭也です」
それだけ言って、ニコリともしない寡黙な男。
しかも、名状し難い雰囲気をまとっているときては、誰もが声をかけづらい。
対して、
「月村忍です、よろしくお願いします」
といって、頭を下げた少女。
その容姿は大人びていて、顔立ちは超がつくほどの美少女。
別に、男と違って愛想が悪いわけではない、が、やはり安易に声をかけるには忍は美しすぎた。
まして、顔見知りの男女が高3の冬休みに転校してくるという不可解さも手伝って、結局、この不思議な転校生のうわさだけが、3年の間で駆け巡り今に至るのであった。
「高町君、ちょっと良いかしら?」
恭也の視界に、忍に負けないほどに美しい女性が入ってきた。
「私は千堂瞳、クラスメートよ。よろしくね」
差し伸べられた手を握り返しながら、恭也はその名をどこかで聞いたなと、記憶を懸命に検索していた。
『そうか、天才といわれた鷹城先生を無冠の天才とさせた、風高最強の護身道家が、確かそんな名前だった気がするな』
その記憶を肯定するように、瞳の物腰は全く隙がない。
実際瞳は只者ではなかった。
握手の手を握った瞬間
「あら高町君、あなた、剣道をやるの・・・?」
「・・・なぜです?」
「握手した手に竹刀だこが出来てたから」
恭也が何かを言おうとしたとき、後ろから予期せぬ別の声が響いた。
「ほう、それは興味深いな」
『いつのまに俺の真後に?』
いくら、警戒していないからといって、恭也ほどの達人に気配を感じさせなかった少女を、恭也は幾分かの警戒心を持って観察した。
凛とした表情と隙のない佇まい、瞳と似た雰囲気を持っている少女。
その横顔を、恭也はどこかで見た気がした。
「私は神崎薫、突然声をかけて申し訳ない」
『会った事があるわけだ』
久遠の事件で出会った、那美の姉、神咲薫。
一度手合わせをしたこともるが、神咲一刀流という剛剣を振るう達人だった。
「高町君、剣道の経験があるならうちの部に見学に来ないか?」
「いや、剣道をしていたのはずいぶんと昔のことだし、もう高3の冬だからね。
今更入部しても仕方ないから遠慮させてもらおう」
「そうか、君はずいぶん強そうな気がしたけどな」
「じゃあね、高町君」
そう言って、二人は恭也のそばを離れた。
「薫、どう思う?」
教室の外の階段で、瞳が真剣な表情で薫と話していた。
「只者じゃなかね」
薫もまた真剣そのものの顔でうなづく。
「気がついた?彼剣道家じゃないわよ。
右手だけじゃなく左にも竹刀だこがあったわ」
「ああ、しかも剣を置いたというのも嘘じゃな。
あの尋常じゃない雰囲気、隙のない佇まい。
あれは、引退した人間のものじゃない。
今も研鑽に研鑽を重ねている剣術家のそれだった」
あの僅かな時間で、恭也が二人の強さを感じ取ったように、二人もまた敏感に何かを感じ取っていたのだ。
「胡散臭いな、何者じゃろう?」
嘘が嫌いな薫は、不審の目を恭也に向けた。
「確かに只者じゃないけど、何かを隠しては居そうだけど…、彼、そう悪い人じゃないと思うな」
瞳は一人そう呟いていた。
そのころ2階の教室では、那美が上の二人とは正反対の状態になっていた。
「神咲さん、どこから引っ越してきたの?」
「どこに住んでるの?」
「好きな色は?」
などなど、質問攻めになっていた。
その一つ一つに笑顔で対応する那美の回りは、転校生の珍しさも手伝って休み時間ごとに、クラスメートで溢れていた。
そんな回りの喧騒に少々疲れたのか、校舎見学もかねて校舎内を散歩していた。
そして、当然のように・・・・・・・・・・・迷った。
「ああー、ここどこだろう?」
腕時計に目をやると昼休みの終了時間まであと5分ちょっと。
そんな那美の耳にふっと微かだが、優しい歌声が聞こえた。
「綺麗な歌声…」
その歌声に導かれるように、目の前の音楽室の扉をそっと開いた。
すると、小柄な少女が一人で気持ちよさそうに歌っていた。
その透きとおる歌声に耳を澄ます。
思わず優しい気持ちになれるというか、歌っている人の人柄が伝わってくるような、そんな歌声だった。
その小柄な少女と那美の視線が偶然あった。
その少女はぽかんとして、その一瞬後、顔を真っ赤にして
「あわあわあわ」
と、取り乱し始めた。
那美は相手の態度にびっくりして、
「ごめんなさい、別にのぞく気持ちはなくて。
私・・・私・・・音楽室が転校生で教室が聞こえてきてわからなくなっちゃって・・・」
同じく取り乱している那美が支離滅裂なことを口走っていた。
那美があんまりにもすばらしい混乱プリだったせいだろうか?
小鳥は返って落ち着いてしまった。
「あの・・・転校生の神咲さんでしょ?
教室の場所がわからないの?」
歌っているところを見られたのがよほど恥ずかしかったのだろうか、相変わらず顔を紅くしてはいるが、的を得た質問だった。
「あ・・・そう。教室の場所がわからなくて・・・」
やっと落ち着いた那美がうなづく。
「じゃあ、一緒に戻ろう。私も同じクラスだから」
そうして、那美は転校初日にして校舎で遭難するという恥をさらさないで済んだのであった。
那美は歩きながら、お礼を言って少し話をした。
彼女の名前は野々村小鳥というらしい。
歌声と同じく優しそうな人柄だった。
「よお、小鳥。」
そんな、後ろからの声に振り向いた那美は考え込んでしまった。
『男の子・・・だよね?』
一瞬では判断できないほどに、その男の子と思われる人はかわいい顔立ちをしていた。
「真君、手の怪我は大丈夫だった?」
「ああ、大した事無いってさ。応急処置が良かったおかげだって言われたよ」
そう言って、包帯を巻いた右手をひらひらさせて見せた。
「でも、すごく痛そう・・・大丈夫?」
「大した事無いって、心配すんなよ。
ただ残念ながら、この怪我だとしばらく『うにゅー』をしてあげられないのが残念だけどな」
「もう真君、怪我が治ってもそんな事しなくていいよ」
その真君と呼ばれる男の子は、小鳥の頭を軽く叩きながら小鳥をからかっている。
ずいぶん仲が良いのが傍目から見ている那美にも良くわかる。
「あのー、野々村さん」
手元の時計を確認して、那美は遠慮がちに二人に声をかけようとした。
「あ、ごめんね、神咲さん。
この人はね、相川真一郎って言ってね・・・」
キーンコーンカンコーン
キーンコーンカンコーン
「はわわわわ、授業が始まっちゃう!ごめんね神咲さん。私のせいで遅刻しちゃう」
そう言って、慌てて教室に向かう小鳥と、
「ごめんなさい。授業が始まりそうだよって、言おうと思ったんだけど」
と言いながら、小鳥の後を追いかける那美を見ながら、真一郎は驚いていた。
人見知りが激しい小鳥の交友関係は結構限られている。
にもかかわらず今の『神咲さん』には、真一郎は見覚えが無かった。
『転校生かな?どっちにしても小鳥が初対面の人とあんなに話すなんて珍しいことだよな』
とか、考えながら自分は数学をサボるために保健室にむかっていた。
〜〜放課後〜〜
相変わらず、回りの視線を感じながらも放課後になって多少は落ち着いたのか、はたまた恭也が慣れたのか。
回りの視線はそれほど気にならなくなっていた。
「高町君、月村さん。良ければ学校案内をしましょうか?」
帰り仕度をしている恭也と忍に、瞳が近づいてきた。
「そうしてもらえると助かるよ。なんせ、誰かに道案内を頼もうにも、何故かほとんど人が話しかけてきてくれないからな。
嫌われるようなことしたかな?」
「恭也が無愛想すぎるからいけないんじゃないの」
本気で不思議そうに首をかしげる恭也を忍がからかっている。
「仲がいいのね」
瞳はクスクス笑いながら言った。
実験室や、音楽室、更衣室などを案内しながら三人で歩く。
もっとも会話はほとんど瞳と忍が主で、恭也はたまに相槌を打つ程度ではあったが。
「高町君と月村さんは恋人なのかしら?」
「私たちはそういうんじゃないわね〜」
「でも、ただの友達にしてはすごく親密そうに見えるけど?」
「・・・私にはあまり友達が居なかったからかな」
そうさびしそうに呟く忍の表情は、それまでが陽気だっただけにいっそう寂しさを感じさせた。
そんな忍の瞳は、幼い忍ちゃんが時々見せる寂しそうな瞳に重なって恭也には見えた。
ポンポン、と、忍の頭を軽く叩いて
「今は俺や那美さんが居るだろ」
と呟く恭也は、やはり瞳が最初に感じたとおり悪い人ではなさそうだった。
「良ければ私もお友達にしてもらえないかな?」
そういって、二人に手を差し伸べた瞳の手を忍はうれしそうに握り、恭也はやや遠慮がちに握手を交わしたのだった。
一方那美はと言うと
放課後になるころには、那美のまわりの転校生ブームも一息つき、放課後になってクラスメートは教室から消えていった。
誰も居ない教室で那美は一人自分の席に座っていた。
『これが、薫ちゃんが通っていた風芽丘か』
そんな風に感慨に浸っていると、オズオズと遠慮がちな声がかけられた。
「神咲さん、どうかしたの?」
「あれ、野々村さん。別にどうもしないよ。ちょっと疲れちゃったから休んでたの」
「そっか、まったく知らない人ばっかりの学校に通うんだもんね。
私なら不安でそれだけで気疲れしちゃうかも」
那美の場合、まったく知らない人ばかりというわけではない。
恭也や忍が居るし、実姉の神咲薫も在籍している。
といっても、このクラスに知り合いは居ないし、実際小鳥の言うとおり不安で気疲れしているのだけれど。
「うん、私知らない人とおしゃべりするの苦手だから・・・」
「神咲さんもなんだ。私もね、知らない人としゃべるの駄目なんだ」
「私たち、似てるのかもね」
そう言って、微笑む那美の顔を見て、小鳥は自分に対して驚いていた。
自分から転校生に話をかけたことも初めてなら、初対面の人と話をするのにこんなに抵抗感を感じなかったのも珍しいことだからだ。
『この子とは良い友達になれる気がする』
「ねえ、神咲さん。良かったらで良いんだけど、私でよければ校舎を案内してあげようか」
昨日のこと以来、自分も強く変わらなければいけないと感じていた。
この子なら安心して話せると、仲良くなれる気がすると感じていた。
だから、自分の中の勇気を総動員して言ってみた。
その提案を、那美は本当にうれしそうにうなづいてくれた。
「ありがとう、野々村さん」
そうして、二人は校内を仲良く回り始めたのだった。
こうして、那美、忍、恭也の転校初日は過ぎ去っていった。
魔術師の戯言
ううーん、一年以上ぶりの完全新作版の第六話
なんだか、やっぱりうまく書けた気がしないな・・・
文章が硬いと言うか、構成がおかしいと言うか
過去の文章は過去しかかけない、そう痛感しました(涙