《七話》
高町恭也の朝は早い
それは、過去の世界に来ても全く変わらない
むしろ、何かあったら自分だけでなく、忍や那美を護らなければならない
だから、その鍛錬は一層の激しさを増していた
冬の早朝
身を切られるような寒さの中を、今日も恭也は走っていた
最近の鍛錬では、ロードワークの時間を増やした。
体力増強は当然として、自分のいた海鳴とどう違うのか?
戦うのに有利な場所は?不利な場所は?
それらを把握しておかなければならない。
街はいまだ、深い眠りの中にいる
そんな、眠っているはずの薄暗い道の向こうに、人影が見えた
「こんにちは」
ここ数日のロードワーク時に何度か見かけた新聞配達の少女だった。
チリーンという、澄んだ鈴の音と共に明るい声で挨拶をかわす。
はじめは、挨拶だけ交わして別れたが、ここ数日、走るコースが同じなこともあり、何故だか一緒に走るのが日課となっていた。
「今日も早いんですね」
「もう日課になっているから、自然に目が覚めてしまうんですよ」
「じゃあ、最近引っ越してきたんですか?」
「そうだけど・・・よくわかりましたね?」
「それはそうですよ、私もうこの地区の担当になって一年近くになりますけど、今まで会ったこと無いですし」
「なるほど、考えてみればそうですね」
「それじゃあ、失礼しますね」
軽く微笑を浮かべて、鈴の音と共に去っていく少女。
『すごいな、あの子』
恭也は、かなりのスピードで走っていた。
その恭也と併走してくるだけでもたいしたものだ。
しかも恭也と会話をしながら走っているのに、息一つ乱していない。
最初は陸上部か何かだと思っていた。
しかし、どうやらそうではないらしい。
彼女の動きには一切の無駄が無い、そう足音さえも。
『何者なんだろう?』
そんな疑問を胸に恭也は修行に打ち込んでいた
転校して一週間、ようやく恭也や忍の周りも落ち着いてきた。
静かで自分たちの居た時代とさして変わらない日常
理系の授業時には恭也が、文系の授業時には忍が惰眠を貪るのまで変わらない。
ただ唯一違うのは、赤星のような気心の知れた友人が居ない点だ。
しかし、赤星の代わりといっては何だが、今日も恭也と忍が席に着くと笑顔で声をかけてくる人物が居た。
「おはよう高町君、月村さん。
本当に仲がいいのね、二人は」
相変わらずの大人っぽい微笑と隙の無い佇まい、そう千堂瞳であった。
特に親しくしているわけではないが、毎日一度は瞳は恭也たちに話しかけてきた。
「おはよう高町君、月村さん」
今日は瞳と共に薫も一緒に居た。
瞳と違ってその顔に微笑は無い。
特に恭也を見る瞳には、警戒感が見て取れた。
敵意は無い、しかし常に注意深く観察されている、そんな感じであった。
そんな瞳には、覚えがある。
久遠の事件で、初めて薫と出会ったとき。
妹の那美の友人である自分に敵意は無かった。
ただ、自然と動作に現れる、隠しきれない達人の所作。
そんな恭也を警戒心を持って迎えた薫の反応。
思わず苦笑が漏れる。
「どうかした?」
薫がそれに敏感に反応する。
「いえ、初めてあった時と同じような反応だなと思いまして」
恭也らしくないミス、だいぶ学園に慣れてきた油断からの気のゆるみであろうか?
「はじめてあった時?どういうことかな?」
まさか、『未来の話です』なんて言うわけにも行かず、恭也は適当にお茶を濁した。
授業中もずっと感じる刺すような視線、振り向かなくてもわかる、おそらく薫のものだろう。
恭也の口からため息が漏れる
『やれやれ、ますます警戒されてしまったみたいだな』
そんな恭也の一連の行動を、瞳は友人とはまた別の視線で眺めていた。
昼休みを迎え、恭也は一人校庭を歩いていた。
もう年の瀬の十二月、こんな糞寒い日に、好き好んで校庭に出てくるのは、自分ひとりだろうなと恭也は苦笑した。
別に恭也も好き好んで出てきたわけではない。
ただ、薫の視線に耐え切れなかっただけだ。
だから、瞳がせっかく誘ってくれた昼食にも恭也は遠慮した。
「せっかくのお誘いだが、昼休みの間、ずっとあの視線で見られ続けたら身体がもたない」
どこからか風に乗って、音が聞こえる。
どうやら鈴の音らしい。
『今朝も聞いたな』
特に意味も無く、音に引き寄せられるように恭也は歩いた。
リーンリーン
すごく澄んだ、透明な音。
それが、何度も規則正しく鳴っている。
鉄棒の上で宙返りしていた。
再び鉄棒に着地すると、またリーンと鈴が一つなった。
何度も何度も同じことを繰り返す。
一心不乱に宙返りをしているのは、今朝の新聞配達の少女だ。
雲ひとつ無い冬晴れの青い空に、しなやかなシルエットが翻っていた。
チリリーン
それまで規則的に鳴っていた鈴の楽の音が、突然の不協和音を奏でた。
着地の際、片足が鉄棒から滑る。
地面に落ちる、少女はそう思った、修行で何度も経験している感覚だ。
初めてではないが、やはり痛い物は痛い、少女は頭を抱え身を硬くした。
しかし、いつまでも地面の固い感触がしない。
トン、と、予想よりもはるかに軽い衝撃を感じた。
固い地面の感触ではなく、暖かい人間の感触。
以前も感じたことがある。
「相川、また助けられたか・・・すまない」
以前、修行を暇そうに見ていた真一郎に、助けられたときのことを思い出した。
「たく、危ないな御剣は・・・。猿も木から落ちるってか?」
軽口とは裏腹に、地面といづみの間に滑り込んで、身体で受け止めてくれたことあった。
「いえ、気にしないでください」
真一郎の声とは似ても似つかない、低い声。落ち着いた口調
「え!?」
驚いて瞼を開ける。
そこには見覚えが無い男の顔が、心配そうに自分を見ていた。
「す、すいません」
慌てて飛びのき、礼を言う。
「いえ、気にしないでいいですよ。それよりも身体に大事無いですか?」
「ええ、ぜんぜん大丈夫です」
いづみは顔が火照っているのを感じた。
『失態だ、まさか見ず知らずの男に助けられるとは』
「あれ・・・君は新聞配達の」
相手の言葉にいづみが思わず見つめ返す。
言われてみれば、最近いつも早朝出会う男性だった。
「同じ高校だったんだね、俺は高町恭也だ。よろしく」
男は、僅かに微笑んで自己紹介をした。
「私は御剣いづみです、さっきは危ないところを助けてくれてありがとうございます」
「いや、大事無いならそれでいい、でも、まさか同じ高校だったとはね。
しかし、鉄棒の上で何回転もするなんて・・・すごいな」
「私もまさか同じ高校だなんても思わなかった」
実は、高校生だなんて思わなかった、というのは秘密である。
クゥ〜〜〜
なんとなく話をしているところに、突然不思議な音が鳴った。
恭也が何の音かと周りを見ると、いづみが耳まで真っ赤にしている。
時刻は昼休み
鈍い恭也でもいづみが顔を赤くしている理由はわかった。
「良ければ、昼食を食べに行こうか?」
「いや、その・・・」
歯切れが悪いいづみの態度。
「?俺と行くのはまずいのかな・・・なら、席をはずすけど」
「いや、全然そんな事は無いけど・・・お腹がすいていないというか・・・その」
お腹がすいていないわけが無い、どうやら自分と昼食に行くのを嫌がっているわけでもないようだ。
『ああ、なるほど』
「良ければ昼食を奢ろう」
「いや、でも悪いですし・・・」
「気にしないでいいよ、転校してきたばっかりなんで街の事とかも聞きたいんだ。
今度町を案内してくれると助かるんだけど」
「・・・じゃあ、遠慮なく奢られます」
そういって嬉しそうに恭也を食堂に連れて行くいづみの鈴の音は、心なし弾んで聞こえた。
艦長の戯言
お待たせしました、今回はいづみちゃんの登場です。
恭也といづみ、なかなか唯子のときと違って色気が無い出会い方って感じは否めませんね。
しかし、魔術師は1ではいづみが一番好きです
さあ、誰がヒロインなんですかね?この作品は
基本的に続き待ってます、の声援が多いんで嬉しいこの作品。
感想の量次第で、続きがいつ書かれるかが決まるといっても過言ではないな、って、脅してまで感想が欲しいのか?俺は
はっきり言う、欲しい!!
文句あるか〜!
・・・・・・駄目人間ですね
他力本願寺で、いづみ人気が高いので、この作品でいづみの投票に勢いがつくかも・・・