《8話》
いづみと二人で食堂に向かう。
毎朝出会うとはいえ、よく知りもしない女性を食事に誘うのは恭也にしてはすごく珍しいことだった。
この御剣いづみという少女に強い興味を持った。
本人すら無意識なうちに、彼女は足音を消して歩き、気配を希薄にしている。
常人でないことは、それだけで一目瞭然だ。
恭也は、目の前で嬉しそうにきつねうどんをすするいづみに向き合う。
活き活きとした顔、クルクル変わる表情、無口な恭也相手ですらも衰えない会話
「私が聞いた話によると、カレーうどんばっかり食べる変わった人間がこの世に入るらしいんだ」
明るく力強い、人を惹きつけるような瞳、意志の強そうな眼差し、気風の良い姉御肌の雰囲気
ただ、そこにいるだけで誰よりも目立ってしまうような生命の輝き
ひどく矛盾している印象
恭也が興味を持ったのもそれが原因だった。
「しかし、それは邪道だと思いませんか?やはり、うどんと言えばきつねうどん!
これこそが、至高にして究極のうどんだと私は思うんだが・・・」
いづみは今も拳を握りながら、いかにきつねうどんがすばらしいかを力説している。
そんないづみの仕草にクス、っと、恭也の表情が柔らかくなる。
母親の桃子ですら年にそう多く見ることの無い、恭也の微笑み。
大人びた端正な顔立ちの恭也だが、微笑んだ顔は思いのほか幼く見えた。
思わず食べかけたおあげを落としそうになるいづみ。
自分の頬が何故だか熱くなっているのを感じた。
一方の恭也も矛盾だとかそういったことを抜きにして、活き活きとしたいづみに好感を抱いていた。
その正体にもある程度の予想はついていた、かつて敵として味方として何度か対峙した人間達に、いづみと良く似た特徴を持つ人間が居た。
いまだ確信は無いが・・・
冬の日没は早い
掃除をしているうちに、空はすっかり夕暮れに染まる時刻になっていた
校庭を歩く影は、長く長く伸びていた。
恭也の長く伸びた影の横にもう一つ、肩まで髪をなびかせている影がある
横にはなぜか瞳が歩いているのだった。
掃除を済ませ、誰も居なくなった無人の下駄箱で突然声をかけられたのだった。
「高町君、もし良ければ、一緒に帰らない?」
断る理由も無い恭也は、こうして今まったく人気の無い校庭をゆっくりと瞳と歩いているのだった。
会話のほとんどない二人。
無口な恭也はいつものこととして、瞳の方も何もいわない。
実は瞳は現状にひどく混乱していた。
千堂瞳は、自他共に認める有名人である。
学校には瞳本人は決して認めていないが、ファンクラブまであることも知っている。
容姿も人並外れて抜群に美しい。
実際、入学以来一体どれだけの人に思いを告げられたか、瞳本人すらもう数え切れない。
「入学したときから好きだった」
そう言ってくれたのは、校内でも人気の高い生徒会長の先輩だった。
「こんな気持ち初めてなんだ」
情熱的に告白してくれたサッカー部のエース
「私ずっとお姉さまに憧れて・・・」
可愛いと有名だった、下級生の女の子にまで告白されたこともある。
そんな、いづれ劣らない、女の子なら誰もが憧れるような男性(最後のは兎も角)たちに対して、瞳の答えは決まっていた。
「NO」
いつしか瞳は、男嫌いだと思われるようになっていた。
まあ、それが原因で、女の子から告白されたりすることがあるわけだが。
実際、瞳は別に男性嫌いではない、むしろ人一倍ある男性を愛していた。
男の名は「槙原耕介」
瞳の幼馴染にして初恋の人、そして瞳が唯一付き合った男性だった。
彼との間に起こった気まずい事件、そしてその後すぐの父の転勤によって、いつの間にか開いてしまった彼との距離。
でも、忘れたことはなかった、忘れられるわけがなかった、忘れることができなかった、大切な想い人。
もう、どうしようもない
諦めなければいけない
頭で理解していたその言葉にも、心では受け入れることも出来ずに、海鳴での生活をずっとすごしていた。
いつかあるかもしれない、運命の再会を祈って・・・
待ちに待った、運命の再会の日、
それはなんて皮肉で残酷な喜劇
夢にまで見た愛しい初恋の相手は、親友の横で笑っていた。
変わっていた大人っぽい雰囲気
やんちゃで喧嘩っ早い彼はもう居ない
変わらない優しい微笑み
自分にだけ向けられていた優しさは、今は最愛の親友に向けられていた
その現実を涙と共に受け入れて、もう一年以上の時が過ぎた
その後も何も変わらない、相変わらず瞳は男性と距離をとり、告げられる思いにも「NO」と答え続けた。
今、瞳の周りに居る男性といったら弟の様に可愛がっている、「相川真一郎」だけ。
少女のようにかわいらしい容姿の真一郎は、男性というよりも男の子だったが、悪ぶっていても本当は優しく、強い気持ちと勇気を持っている所が、どこか昔の耕介に重なった。
真一郎ならばもしかしたら・・・
そんなことを思ったこともあった。
しかし、結局瞳の真一郎への気持ちは淡い好意で終わった。
真一郎は、年下のかわいらしい彼女を作ったからだ。
綺堂さくらといったっけ?校内でも有名な美人の女の子だ
弟を取られたような寂寥感を感じたが、ただそれだけだった。
今も仲の良い先輩後輩として真一郎とは仲良くやっている。
「・・・堂さん、千堂さん、足元危ない」
恭也の声で急に現実に引き戻された。
「ごめんなさい、私少しボーっとしてたかも」
いつの間にか、校門を出て道路を歩いていた。
『結構長い間浸ってたのか』
苦笑して、目の前の相変わらずの仏頂面の恭也をじっと見る。
端正な顔立ち、長身、落ち着いた雰囲気
町を歩けば何人かの女性は振り向くであろう顔立ち
もう少し愛想をよくすれば、せめて仏頂面を止めれば、それこそ、多くの女の子が夢中になるだろうと思われる。
でも、瞳が興味を持ったのはそんなところじゃない。
そう、自分でも不思議だが、千堂瞳はなぜか、この高町恭也という人物に興味を抱いているようだった。
確かに恭也は良い男だけど、顔だけなら、今まで告白してきた男性の中にも、匹敵する人なんて何人かいた。
そもそも高町恭也という人間は、とても普通とは言いがたかった。
高3の十二月に転校してくること自体不可思議だ。
しかも、家族でもないはずの、とびきりの美少女「月村忍」と一緒に転校してきて、毎朝一緒に登校してくる。
最初に瞳が恭也に持った感情、それは好奇心
話しかけてみたら、抜き身の日本刀のように研ぎ澄まされた気配、まるで隙のない佇まい、時折見せる不可思議な言動と、ますます謎は深まるばかりだった。
「あれ?」
いつのまにか、瞳は自分と恭也の立ち位置が逆になっているのに気がついた。
恐らくボーっとしている自分が、車道側に行かないように恭也が動いてくれたのだろう。
恭也を見る瞳の眼差しに好奇心以外の感情が僅かに混ざる。
「車道側を歩いてくれて、ありがとうね」
「たいしたことじゃない」
『さっきも足元が危ないことをわざわざ教えてくれたしね』
不器用で仏頂面の仮面の下に隠された、恭也の優しさ
お礼を言われて、どこと無く照れくさそうにしている恭也の仕草
なぜか、瞳はそれに触れてほほえましい気持ちになっている自分に気がついた。
夕暮れの帰り道
なんともいえない雰囲気で二人は静かに歩を進めていた
突然、ピタリと恭也が立ち止まる
「・・・?どうしたの」
そう、言おうとした矢先、ガサっと、茂みから音を立てて何者かが攻撃してきた。
鋭く早い攻撃、もし、後一歩進んでいたら、避けきれなかったかもしれないほどの鋭い攻撃だった。
一歩止まった分だけ相手との距離が開き、カウンターを取る余裕が出来た。
懐から武器を取り出し、遠心力を乗せたカウンターの一撃を、身体ごとそちらに叩き付けようと武器を振るった瞬間、瞳は戦慄した。
つい先ほどまで、反対側に居たはずの恭也が、すでに立っていたからだった。
あの鋭い襲撃者の攻撃を、驚くべきことに片手で受け止め、なおかつ、もう片方の手で相手の首筋に軽く手刀を入れて気絶させていた。
さらに、そんな恭也の動きに気がつくも、すでに途中で止められないほどに勢いがついている瞳の攻撃を、後ろを向いたままで、紙一重で避わしてみせた。
しかも、襲撃者にも攻撃が当たらないように、抱き上げたまま移動させている。
瞳は事態が飲み込めないほどに呆然としていた。
自分はもとより襲撃者も、それなりの使い手である自信があった。
その不意打ちのような攻撃を、涼しい顔であっさりと切り抜けられてしまったのだ。
「ああ、やっぱり御剣さんだったのか。何で突然襲撃なんてしたんだろう?」
呆然とする瞳の耳に恭也の落ち着いた声が聞こえる。
瞳の眼差しから、先ほどまでの柔らかい雰囲気は完全に消えていた
「高町君…あなた何者なの?」
夕日は完全に沈み、頼りない街灯の下に佇む瞳の表情は、先ほどまでの雰囲気とは打って変わった、冷たく、硬いものだった
その表情のまま、恭也を射るような瞳が苛烈に恭也を穿っていた。
艦長の戯言
なかなか良い雰囲気だったところが一転して険悪な雰囲気に。
はてさて、恭也はここからどうなっていくのか?
今回だけを見ると瞳かいづみが主役っぽいけど、まだ唯子も後に控えているし、那美や忍の動向も見逃せない。
一体この作品のヒロインは誰になるのか?
それは作者にもわからない(ヲ
さあさあ、感想をくれ!
感想こそが心のエネルギー源なんですょょ
最近、エネルギーと執筆時間が不足気味です(涙