過去と未来の狭間で・・・


《第九話》

それは、恭也が掃除を終え、瞳と一緒に帰る30分ほど前の時間のことだった



ほとんど人がいな放課後の図書館

落日の陽に染められたその一室に、さくらは佇んでいた。

少し前までは、こうして一人で図書館で過ごす時間が好きだった
いや、今も決して嫌いではない
ただ、待ち遠しいだけだ

「誰かを待つのがこれほど楽しいものだったなんて・・・」

クスっと、頬に柔らかい微笑を刻み、時計を見る。
冬の陽は沈むのが速い、まだ時間はさきほど確認してから5分と経っていない

「やだな、私ったら。さっきから時計ばっかり気にしてて。本の内容が全然わからないわ・・・」

言葉とは裏腹に、さくらはすごく嬉しそうだった



落日の橙がさくらの白磁の頬を照らす。
長い睫毛、筋の通った鼻梁、パッチリとした二重瞼に、やや切れ長の瞳、そして愛らしい唇
まるで、芸術の神の手による最高の造形美を誇るような、さくらの冷たく硬質な美貌
さくらの絹のような髪が、夕陽を浴びてキラキラと輝き、その髪はまるで金糸のようだ。

小柄な身体は、時にさくらを幼い容貌にみせるが、改めてさくらを見ると、やはりかわいいと言うよりも、美しいと言う表現が、しっくり来ることを真一郎は感じていた。

「さくら、綺麗だな・・・」

夕陽をバックに本に目を落とすさくらの耳を、待ち人の声が叩いた。

「あ、先輩」

いままでの完全な美しさ、それは一種冷たさすら感じさせるような表情が一転、柔らかく、かわいらしい微笑が、上気した頬とあいまって可憐な華が咲いた様な可愛さに変わった。

「うん、やっぱりさくらは笑顔が似合うよ」

自分もまた少女と見間違うような微笑を浮かべながら、真一郎はさくらに笑いかけた。

「何の話です?先輩」

さくらが、真一郎の突然の発言に首をかしげながらたずねた。

そんな何気ない会話をしている二人の耳に、微かにだが不意に真剣な声が聞こえた。


「まだほとんど初対面に近いのに、いきなりこんなこと言い出すのはおかしいかもしれないけど、君のことが好きなんだ」




思わず無言のまま、さくらと真一郎は目を合わせた

「どうやら告白のシーンに居合わせてしまったみたいですね」

「うん・・・」

場所の関係か、声の大きさか、男性の声は聞こえてくるものの、相手の声は聞こえない。
ただ、ほとんど男が一人で喋っている様子からいって、あまり女の方は気乗りがしないのかもしれない。

聞き耳を立てる真一郎にさくらが首を振って諌めた。

「先輩、盗み聞きするのは良くないですよ」

「そうっか・・・」

真一郎はばつが悪そうに顔を撫でた。
さくらが、そんな真一郎を見て微笑を浮かべ

「私、かばんを取ってきますからちょっと待っててください、今日はもうこのまま帰りましょう」

といって、一度図書館から出て行った。



「出会ってからの時間なんて問題にならないくらい、寝ても醒めても君のことが頭から離れないんだ」

一際真剣な声が真一郎の耳に入る。

真一郎は好奇心を抑えきれず、そーっと本棚の隙間から様子を伺った。

「そんなこと言われても・・・」

わずかに女の声が聞こえた、やはり乗り気ではないようだ。

告白しているのは、真一郎でも知っている男だった。
風校の生徒会長をしている文芸部の部長だ。
なかなか良い男で結構ファンが多いと以前ななかから聞いた気がする。


「へ〜、あの人を振るなんてどんな人なんだろ」

今の角度からだとリボンの色から、3年だということしかわからない。
真一郎はもう少し身を乗り出すようにして女の顔を見た。

「・・・・・・・・・・・」

一瞬言葉が出なかった。


透き通るように白い肌
長く艶やかな髪
整った鼻梁
やや切れ長な彫りの深い瞳
艶かしいほどに紅い唇


それは、あまりの美貌のためか、ひどく冷たい印象を受けるほどに、それは完全に整った顔立ちだった。

『どこかで・・・見たことある気がする・・・』

魂を奪われたかのように女性の顔を魅入りながら、真一郎は呆然とそんなことを考えていた。


「……さん、どうしても付き合ってはもらえないのかな」

男の声には諦めが強く含まれていた

「ええ、申し訳ないけど」

がっくりと肩を落とすと、男は、踵を返して、とぼとぼと歩き出した。
一瞬慌てた真一郎だが、真一郎に気がつく余裕もないのか、男は 「そうか、そうだろうね、残念だけど・・・」

そう言い残して男は図書館から出て行った。


女は真一郎に向かってにっこりと微笑みかけた。

『やっぱり会ったことがある気がする・・・』

冷や汗をかく真一郎を尻目に、女もまた図書館から出て行った。

「ダメもとで告げられる想いなんて、私は恋と認めない」


出て行く直前、無表情にポツリと漏らした一言、なによりも真一郎に向かって微笑んだ表情で真一郎は既視感の招待に気がついた。

「ああ、会った気がして当然だったんだ・・・」


冷たさすら感じられるような硬質な美貌は、出会ったばかりのころのさくらにそっくりだった。

「そういえば、さっきの一言。さくらも似たようなことを昔言っていた気がする・・・」



「先輩、どうかしたんですか?」

「おわ!!」

「?どうしたんです?」

「いや、別に何でも・・・」

「変な先輩」

そう言って、微笑むさくらを見て真一郎は確信した

『やっぱり、最後の笑顔でぴんと来た。
あのひと、さくらに驚くほどに似ているんだ・・・』

「なあ、さくら?」

「なんです?」

仲良く並んで歩きながら、真一郎はあの図書室の女のことが気になって仕方なかった

「さくらってさ、お姉さんとか年が近い従兄弟とかはいないかな?」

「姉はみんな年が離れてますし、従兄弟はこっちには居ませんよ」

「そうか・・・」

『他人の空似か・?それにしては似すぎている気がする。
ぱっと見こそ小柄なさくらと違って大人っぽいが、顔の造形はそっくりだ。
これほどの美人・・・そう居るはずはないし・・・』

「年が離れたお姉さんの子供とかは居ないの?」

「ああ、そう言えば一人この近くに住んでる姪が居ますけど」

「その子はいくつくらい?高3じゃないかな?」

さくらはクスクス笑っている

「何言ってるんです、その子はまだ中学にも入ってないですよ」

「そうか・・・」

さくらは笑いを収めて真剣な顔になった

「先輩・・・本当に様子がおかしいですよ。何か・・・私がかばんを取りに行っている間に何かあったんですか?」

「いや、たいしたことじゃないよ・・・」

『他人の空似だって、さくらにすごく良く似た人を見たって言えば良いじゃないか。
何で俺はごまかすようなこと事を・・・』

真一郎は無意識にあの女性が気になっている
さくらが居ながら、さくらを愛していながら、あの女性のことが頭から離れていかない自分
それが、罪の意識となり、さくらにその女性について告げることが出来ないで居るのを気がついていない。


気まずい沈黙・・・


何か言いたげな、でも何も居えずに少し目を伏せるようなさくら
それに気がついていながら、今も頭の中にはあの女性の冷たいほどに美しい横顔が、頭から離れない。
そんな自分に後ろめたさを感じ、何もいえない真一郎


その日の帰りは、さくらと真一郎は少々ぎこちないままにそれぞれの家路についた。