過去と未来の狭間で


《第十一話》

昨晩、瞳といづみと別れてから、自分はどうやって戻ってきたのか。
その後、那美や忍と何を会話し、夕食に何を食べたのか。

正直、恭也の頭に残ってはないなかった。


それほど、昨晩の瞳との別れはショックが大きかったらしい。


意外と言えば意外

あって数日、ただのクラスメートにしか過ぎない彼女に、誤解されたことが自分にこれほどの影響を与えたことに驚いた。

胸の中で何かモヤモヤとした物が渦巻いていた。


目を瞑ると、どうしても浮かんでくるあの情景。


信頼を裏切られたような、驚愕の表情
次いで現れた、明らかな敵意を含んだ苛烈な視線

頼りない街灯に照らされた千堂瞳の顔
美しい、まさに月下の麗人その者の様な彼女の顔に浮かんだ敵意

それは、彼女が美しい故に一層凄惨だった。

それなのに、苛烈な殺意を満たした瞳は、何故にその双眸に雫を輝かせていたのだろうか。


闇に輝くその瞳は、まるで今宵の月のようだ・・・・・・



―――――そういえば、彼女、御剣さんにも・・・・・・嫌われてしまうだろうな


月の光と鈴の音を胸に、恭也は眠りに落ちていった








窓の外に輝くは白銀の月



「はぁーー」


その月を愛でながらも、少女は今日何度目かの溜息をついた。


「忍ちゃん、一度溜息をつくとね、一つ幸せが逃げるんだよ」


幼い彼女にそう言って笑いかけたあの姿が、今もそのこの胸を焦がす。
初めて自分に優しくしてくれた家族以外の男の人

何時からか、時々自分を訪ねては、遊んでくれた、笑ってくれた、思ってくれた、あの男性(ひと)。

望んでも望んでも幼い自分は彼の視界に入ることは出来なかった。

いや、初めから彼の視界には彼女しか映っていなかったのだ。


『綺堂さくら、私の一番大好きな親戚』


あの人はさくらの大切な人。
人と距離を置き、心に壁を作り、誰とも交わらない。
そうやって私達は生きてきた



夜の一族



人とは違う生命体
太陽を友とし、闇を恐れる人間とは対照的に、月を愛で、陽光を嫌う一族


だから私達はなるべく、人と関わらずに生きてきた。


けれど彼は違った


さくらの事を、私達の事を知っても変わらなかった

さくらは変わった

元々綺麗だったけど、それまでの儚く微笑む彼女とは違う、内面から輝くような笑顔

見ていて嬉しかった

大好きなさくらが幸せなことが嬉しかった






・・・・・・・・・・・・・・・・・・・けれど、考えずには居られない

あの人に私を見て欲しい
私に笑いかけて欲しい



私を・・・・・・・・・愛して欲しい



それは願ってはいけない禁忌

大好きなさくらから大切な人を奪うなんて願ってはいけない

それは永久に届かないはずだった願望

出会った時から、あの人の瞳にはさくらしか写っていなかった



それでも彼女は夢想する


もしも、今の、子供ではない私が、さくらの全てを知る前のあの人に出会えたら、彼は私を見てくれるかしら?


それは、子供っぽいただの妄想

現実は変わらない
さくらとあの人が出会った時、私はただの子供に過ぎないのだから
現実は変わらない
大人の私の前には、幸せそうに生活を営む叔母と叔父の笑顔が溢れているのだから


「なんて・・・バカな私」






















――――――――――それなのに、ありえないことが、今この身に降りかかった


「ん・・・・・」


夢を見ていた
いや、今過去に居るこの身こそが夢かも知れない

幾度も夢想した、過去の世界に居る自分


見上げた夜空に輝くは月
彼女達、夜の一族を見守る優しい輝き


「奇跡か、それとも夢か幻か」


見上げた月は変わらない
彼女が叶わぬ思いに胸を焦がしながら仰いでいた、未来の月と。


そう、ありえないはずだった
高校3年の月村忍が、高校2年の『あの人』の前に立つ事態など。



「ごめん、さくら」



この身に降り注いだ奇跡を前に、彼女は心を決めていた。

例えそれが裏切りでも、未来を変える罪深い行為だとしても、死した後、我が身が地獄に堕ちようとも


ずっと憧れていた男性、『相川真一郎』を振り向かせてみせる事を・・・・・・・・・・
























高町恭也は寝起きが良い
修行のために早起きには慣れていたし、行住坐臥、いつでも万全に闘えなければ剣士とは言えない。


その恭也が、胡乱な瞳で天井を見つめる

昨晩は遅くまで寝付けなかった、どうやらそれが原因らしい



それでも、冷水で顔を洗い、その弛緩した神経に鞭を入れる。



ゆっくりと日課になっているロードワークをはじめる。


本来なら、昨日の約束通りに、御剣いづみが街を案内してくれることになっていた。
しかし、昨日の瞳の剣幕から、いづみにも自分がいづみを気絶させたことを伝えられているだろう


「最も、いきなり茂みから襲撃してくる御剣さんも十分怪しいけどな」

「怪しくてすいませんね」


苦笑気味の恭也の独白に、鈴の音と共に相槌が入る。


「おはようございます、高町先輩。それじゃあさっそく街をご案内しましょうか」


「え?」


「何言ってるんですか、昨日約束したじゃないですか」


もしかして、忘れてました?

なんて言って、苦笑する彼女


正直、恭也は目を、そして耳を疑った。
瞳は自分の怪しさを、いづみに伝えなかったんだろうか?

それはないだろう、あの剣幕、そして彼女の性格から、怪しい男にいづみが近づかないように釘を刺すはずだ。

「何故です?」

いづみが、恭也の疑問に、それこそ『何が?』と、言いたそうな顔で振り向いた。

「千堂さんから、俺の事、聞かなかったんですか?」

「聞きましたよ」

ケロリとした顔で頷いた

だったら何故?その言葉を恭也が問うよりも速く彼女は微笑した

「でも、私は高町先輩が悪い人には見えないから」


「・・・あ」


嬉しかった、何故だか知らないが恭也はその言葉が嬉しかった。


「情報収集と、それの取捨選択は忍者の基本です。
気付いてたんでしょう?私が忍者だってことも」

恭也に併走するように走り出した

「千堂先輩の情報は信ずるに値すると思う。
でも、それとは別に、私自身の直感が先輩は悪い人じゃないと感じています。
ですから、今日、こうして約束を果たしに来ました」




身を切り裂くような肌寒い朝の海鳴
朝靄の中で、恭也の事を、心の奥底まで知ろうとするいづみの視線


「あ、そういえば新聞配達は?」

「ご安心を、今朝はもう終わらせておきました」


朝日をバックにニッコリと笑ういづみ
リーンと響く鈴の音
自分を見つめる真直ぐな眼差し


恭也は頬が紅くなるのを感じた


『この子、凄く・・・・・・綺麗だ』


輝く長い黒髪と、涼しげな瞳
整った鼻梁に柔らかそうな唇

そして、何よりも、強い意志と真直ぐな心を持った忍者、御剣いづみ




こうして高町恭也の日曜日は始まった


戯言


お待たせしましたー
久々にとらハ書いたな〜

次が何時になるかは皆さんの感想しだいですよ〜

私はやっぱりどうしても反響が良い物から書いてしまうんで。