過去と未来の狭間で…


《12話》

眩しい光がカーテンの隙間から差し込み、那美の顔を照らす。
肌を刺すような冬の冷気の中で、朝日と布団が織り成す至福の空間。


パフっと布団に包まり、ゴロゴロと怠惰な時間を過ごす。


「あったかいな〜」


そんなささやかな幸せを噛締める日曜日の朝


ふかふかの布団と暖かいお日様の匂い

「久遠・・・」

胡乱な意識で呟いた、傍にいて当たり前の友人の名
自らの言葉で、那美の意識は急速に覚醒した

大好きなお日様と、大好きな布団の感触
それは、自分と共に育った大切な友人の温もりに似ていた。


姿見を覗き込む
爽やかな日曜の目覚めに似合わない、哀しい目をした寝癖だらけの少女
焦ったって仕方がないことはわかっている
まずは原因を突き止めなければ行動を起こしようがないことも承知している


カレンダーに視線を移す


「あの日までには・・・何とかしなくちゃ・・・」


日付を表す数字は、赤い丸に意味ありげに囲まれていた。


「してはいけないことはわかっている、でも・・・・・・」

もし、『ここで』その日を迎えてしまったら、自分を抑えきれないかもしれない。







深い溜息をひとつ

『過去を改竄することが罪ならば、どうして私はここにいるのかな?』





鏡に映るは、相変わらずの冴えない表情をした寝癖だらけの少女


窓の外には青い空
冬の海鳴を暖めるようにサンサンと太陽が輝いている

「・・・せっかくの日曜日だもんね」

窓を開けると、冷たい風
それが那美の頭を冷ましてくれた。


姿見の前でサクサクと髪を梳く
お気に入りの櫛で髪を梳くたびに、沈んだ気持ちが切り替わっていく。
この櫛は特別
物にほとんど執着しないあの人が大切にしていた物


幼いころ、髪を伸ばしていた時期が合った
憧れていたあの人の、艶やかで長い髪



髪を梳く



ただそれだけで、あの人との絆を感じられる

そうして、寝癖が全てきれいに整ったころ、那美の表情はいつもの笑顔に戻っていた。


「せっかく、あの人が過ごした街を・・・
あの人が変わった街を歩くんだもんね」





居間に下りていくと、食卓には忍ちゃんとノエル以外誰もいない

「おはよう、忍ちゃん、ノエルさん」

「那美様、おはようございます、朝食はいかがなさいますか?」

「那美お姉ちゃん、おはよう、一緒に食べようよ」

「じゃあ忍ちゃんと同じ物でお願いします」

かしこまりました、と差し出された紅茶を口に含む

本来日本茶党の那美でもわかるくらい、ノエルの紅茶は美味しかった。

「今朝は誰もいないの?」

「忍はまだ寝てるよ、お兄ちゃんはわかんない」

「恭也様は今朝早くに鍛錬に行かれたきり、戻られておりません」

いくら断っても後ろで給仕をしてくれるノエル
どうにも、未だに緊張してしまう那美であった。

「お姉ちゃん、ちょっとお洒落してるね。どっか行くの?」

「うん、野々村さんが街を案内してくれるって言うからお願いしちゃったの」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

一瞬の間、忍ちゃんの表情がほんの一瞬、僅かに曇った気がする

「そっか〜、お姉ちゃんの新しいお友達か〜。
行ってらっしゃい、お土産よろしくね〜」


ニッコリ微笑む忍ちゃんに、さっきの表情は見間違いかなと、微笑み返し扉を開いた。



「あったかいな、今日は」


今日は楽しい一日になる


何となくそんな予感がするくらいに、見事に澄み切った青空だった。
















小鳥との待ち合わせまでは、まだ十分時間がある
日曜日、私服で歩く風芽丘までの通学路は何だか新鮮だった。
いつもは学生で溢れている道も、日曜日ではそれほどの人影はない

やがて、風芽丘が見えてくると人影が見える。

時間を確認すると、まだ待ち合わせの十分前だ。

「野々村さん、ごめんなさい、私待たせてしまいました?」

「ううん、気にしないで。速く来すぎちゃった私が悪いの。
それに私、待たされるの慣れてるから・・・」

「・・・ほう?それは俺のことかな?」

突然小鳥を後ろから、拳骨でグリグリやりはじめた少年。
少女のような容姿に、不良っぽい服装、どこか見覚えがあった

「真くん、痛い、痛いよ〜」

『真くん?そっか〜。あの音楽室の時の・・・』

「ほら、真一郎〜。止めなよ・・・。この子、困っちゃってるよ〜」

今度はえらいスローテンポな少女が二人を止めに入る。

「実際真一郎、いっつも遅れてくるよじゃん」


長いポニーテールと長身
どこかで見覚えがある気がする・・・

首を傾げる那美を置いて、今度は長身の女の子のほっぺを抓って引っ張る『真くん』

「唯子の癖に生意気な!
第一遅刻の数は兎も角、待たせる時間は、お前の方が遥かに長いだろうが!」

「ひたひ、ひたひよ〜、ひんひちろう(痛い、痛いよ〜、真一郎)」

傍から見ててもこの3人がどれだけ仲がいいのかわかる。
ついつい微笑ましくなってしまう、これじゃあどう見ても小学生の兄弟喧嘩だ。
クスクスと笑い出した那美に、漸くこめかみの頭痛から回復したのか、小鳥が苦笑していた。


「ごめんね、神咲さん」

「ううん、見てて仲良いのが良くわかったよ。
この人たちが昨日言ってたお友達でしょ?」

「うんそうなの、男の子が相川真一郎で、女の子が鷹城唯子、どっちも私の幼馴染なんだ」

「あ、鷹城さんって・・・」

「うん?唯子のこと、知ってるの〜?」

「え?ううん、えっとね・・・。
そう、護身道、護身道で有名だから・・・」

「へぇ〜!この間にしろ、神咲さんにしろ唯子って有名人なんだね」

感心する小鳥と照れる唯子を見ながら、ほっと胸をなでおろす那美だが

「神咲さんてさ・・・護身道やってるの?それとも何か別の格闘技?」

訝しげな真一郎の言葉にびっくりしてしまった

「えええ!?やってないよ、何にも。な。な。何で?」

「ん?いや、このでっかいのって、そんなに有名なのかな、と思っただけだよ。
だって神咲さんて転校生でしょ?この地区の人なら兎も角・・・・・・」


「ひどぉぉぉい!!真一郎、唯子こう見えても結構有名人なんだから!」

「真くん、神咲さん虐めちゃ駄目だよ・・・」

唯子は兎も角、心配そうに自分と神咲さんを見る小鳥の視線が痛い。
小鳥が誰かと仲良くなり、ましてやそれを、真一郎や唯子に紹介するなど、今までなかったことだ
まだ、聞きたい事はあったが、確証があるわけでもなし、何となく気になった程度のことで、神咲さんと関係が悪くなっても仕方がない、そう思いなおした。


「ごめんな、悪気はなかったんだ、改めて俺は相川真一郎。よろしくね」

「唯子はね、鷹城唯子って言いま〜す。
小鳥と真一郎とはね、幼馴染なんだよ」


「私は神咲那美です、転校したばっかりで街の事とか良くわからないですけど、よろしくお願いします」

「そう言えばさあ、神咲さんて小鳥と同じクラスだよね?」

「そうだよねー、かわいい子が転校してきたって噂になってたもん」

「マジで?俺知らないぞ」

「真くん、ちゃんと学校に朝から来ないからだよー」

「俺のことはどーでも良いけど、転校生ならさ、御剣も呼べばよかったのに。
あ、でもバイトが忙しいのかな?」

「違うの真くん、それがね・・・」

「いづみちゃん、今日は大切な用事があるからって、唯子断られちゃったんだー」

「真一郎こそ、せっかくの日曜日なのに私達と一緒なんて珍しいねー、桜ちゃんに振られちゃった?」

「バカ唯子・・・・・・そんなんじゃねーよ」





そんな感じでワイワイと街を歩く。

買い食いしたり、店を冷かしたり、本屋に寄ったり・・・・・・

楽しい時間、真一郎や唯子とも徐々に打ち解けていく。

『何だか鷹城先生とこうして遊ぶのも変な感じ』

そんな普通の学生としての生活、憧れていた当時の海鳴の姿
何でもない街角、何でもない生活
思わず笑みがこぼれる。

『これが薫ちゃんが過ごした『海鳴』か・・・』


「・・・・・・あ!」


信号の下、迷っている霊(ひと)が居る。
自分が死んだことが理解できないのか、道行く人に一生懸命話かけていた。


「どうしたの?」


突然難しい顔で立ち止まった那美を3人が不思議そうに見ていた。


「え?いや、何でもないよ、珍しいところが多くて・・・」

「そんなに珍しい物なんてない街だと思うけどな・・・?」

「ううん、ここはやっぱりステキな町だよ、憧れていた通りの・・・」

不思議そうな3人に、やや意識して笑顔を作り霊の傍を通り過ぎる。


『あとで助けに来ます。だから今は許してください・・・もう少しだけで良いから・・・』




やがて、空が夕焼けに染まり始めた。


「今日は楽しかったです・・・ありがとう」

そう言って頭を下げる那美に

「いいよ、俺達も楽しかったからさ」

「そうだよー、唯子、那美ちゃんとお友達になれて嬉しいよ」


そう言って笑う二人
その二人と那美が仲良くするのを見て、満足そうに微笑む小鳥


「野々村さん、本当にありがとう。
今日は楽しかったし、お友達も増えたし、野々村さんのおかげだよ」

「・・・・・・小鳥で」

「え?」

「もし良ければ、小鳥って呼んで欲しいな」

それは、小さな小さな声
緊張してるのか、手をキュッと胸の前で握っている。

「うん、小鳥ちゃん。良ければ私のことも那美って呼んでくれる?」

「那美・・・ちゃん、これからも、よろしくね」


唯子と真一郎が思わず顔を見合わせる。
小鳥は極度の人見知りだ。

それなりに親しくしている御剣いづみですら、「御剣さん」と、少し距離を置いた呼び方をする。

その小鳥が自分から那美と親しくなろうとしている。
それが純粋に嬉しかった。


「今日のお礼にね、小鳥ちゃん。私が仲良くしている人も紹介するね。
小鳥ちゃんたちと仲良くなってくれたら嬉しいな」

「ねーねー、それってもしかして3年生?」

「唯子、知ってるの?」

「顔は知らないけど、3年の12月なんて季節外れ、に美男美女が転校してきた、って噂だったもん」

「そっか、あの二人目立つからなー」
「あれ?千堂先輩、どうしたんです?」

小鳥の声に、真一郎の驚きの声が重なる。

「あ、ホントだー。お〜い、瞳さ〜ん!!」


颯爽とした彼女らしくなく、トボトボと歩いてくる瞳

「あれ、千堂先輩病気ですか?顔色悪い・・・と言うよりも真っ青ですよ」

「ありがとう野々村さん、でも別に病気じゃないから大丈夫よ」

「瞳さん、全然大丈夫には見えませんよ、何かあったんですか?」

「ううん、別に・・・・・・
ちょっと自己嫌悪に陥ってるだけだから」

「自己嫌悪・・・ですか?どうしてまた」

「・・・・・・あの瞳さん、私席外しましょうか?」

会話の雰囲気的に、どうやら瞳の内面に関わる問題のようだ。
ならば部外者の自分は居ない方が良いと判断した那美。

「いいえ、気にしなくて良いわありがとう」

言葉を返した後瞳は不思議そうな顔をした。

「えっと・・・貴女、見かけない顔だけど?私の事知ってるのかしら?」

初対面の人間がいきなり『瞳さん』と声をかけた。千堂先輩ではなく、瞳さんと。それも、親しげにだ。
呼ばれた瞳本人ですら、その親しみの篭った呼び方に違和感を感じないほどに。


真一郎の心に何かが引っかかった。
最初に唯子に会った時に那美が見せた反応と同じ、言葉に出来ない違和感。


「那美ちゃんてやっぱり護身道好きなの?唯子のことも知ってたんですよ、瞳さん」

「唯子、そんなことより今は千堂先輩が・・・」

「ああ、野々村さん、本当に何でもないの、ただちょっといづみさんと喧嘩してしまって・・・」

「「「え?」」」

3人が顔を見合わせる。

「千堂先輩と御剣さんが喧嘩・・・ですか?」

「それはきっと必ず御剣が悪いな」

うんうん、と頷く真一郎

「いいえ、悪いのは本当に私なんです。
御剣さんが彼と歩いていようと彼女の判断なんですから、私がとやかく言うことじゃないはずなのに・・・」

「彼ですか?」

首を傾げる真一郎たちに瞳は誤魔化す様な笑みを浮かべると「心配しないで」と言い残し、帰って行った。




冬の太陽は短い
瞳と別れ那美とも別れ並んで歩く3人
いつのまにか、空は完全な漆黒に染まっていた。



「しかし意外だな」

「何が?」

「御剣が男と歩いてるって事がだよ」

「別に不思議じゃないでしょ、御剣さん綺麗だもん」

「あの制服以外じゃスカートすら持っていない男女が、男と大事な用事・・・ね」

「真くん、失礼だよー」

「唯子はね、それよりも瞳さんの様子が気になるよ」

「・・・確かに。千堂先輩らしくなかったな」


キュッと小鳥が唇を噛締める


「・・・・・・真くん、変なこと聞いても良い?」

「ん?何だ突然?別にいいけど、あんまり変なことなら、うにゅーの刑だからな」

真一郎の冗談にニコリともせず、小鳥は今日ずっと気になっていた事を切り出した。



「・・・・・・・・・さくらちゃんと・・・なにか、あったの?」



唯子も気になっていた核心


「別に・・・何もないさ・・・。
ただ、たまにはお前らと遊んであげようと思っただけだよ、迷惑だったか?」


勤めて明るく返事をする。


「そっか、なら・・・いいんだ・・・」

「唯子もたまには真一郎で遊びたいしね〜」





2人と別れ、何となく空を仰ぎ見る。

「幼馴染って言うのはこういう時不便だよな」

真一郎の言い訳も、その後の小鳥と唯子の返答も全部嘘。
長い付き合いで、そんなものは簡単に見抜かれてしまう。


本当は何となく、さくらと顔を合わすのが怖かった。


あの夕焼けの図書館で見た誰か・・・
さくらに良く似た誰かのことが頭から離れない。

寝ても覚めても・・・と言うわけではない。
ただ、さくらと居ると、彼女が幸せそうに笑うと、どうしても脳裏にあの少女の儚い笑顔が頭に浮かぶ。

『俺はそんな自分を必死で否定し、さくらはそんな俺に気がつきながら何も言わない』

ただ、寂しそうに目を伏せるさくらの顔は見たくない。

「さくらにはいつも笑顔で居て欲しいと思ってるんだけどな・・・」



吹き荒ぶ木枯らしは、まるで真一郎の心の空洞を穿つように、夜の闇の中を駆け抜けて言った。


戯言



11話で感想がたくさんいただけたので、思わず浮かれて12話をさっさと完成
時間が有ったのもそうだけど、現金なものだな、自分

でも、やっぱり反応が有るのとないのだとやる気が全然違うんですよ!

今回も一層反応があるといいなー


作品にも触れますね

いままでほとんど出番がなかった那美が中心です
せっかく過去から3人も来てるんで、ザッピングぽい話を書いてみたいな、と思いまして。

というか、過去と未来の狭間で・・・を書くに当たっての自分なりの課題に


1、ヒロインをなかなか絞らせない

最後の方までは無理にしてもクライマックスまでヒロインを絞らせないで呼んでくれている人にいろいろ期待させたいなーと思ってまして。
こっちは、それなりに成功してる。。。つもりです

2、いろいろなキャラを動かして話を作る

つまり、出てこない場面でも話が動いてるんだなーと思ってもらいたいのです。
今までもちょっとずつ試みてきた(つもり)のですが、今回の話でそれを強調したいな、と。

例えば、唯子たちの会話や瞳のおかげで那美が海鳴を歩いている間、恭也といづみも同じ時間の中で動いてるんだぞーって感じです。
次回、次々回でもちょっと触れるんですが、その片鱗でも感受てもらえたらな、と思います


それではしつこいですが出来れば感想よろしくねん♪