《14話》
那美を笑顔で見送った忍の表情が、扉が閉まると同時に強張る。
「ノエル、那美お姉ちゃん、お友達とお出かけだって・・・」
えへへ、と振り向いた忍ちゃんの笑顔に、ノエルは息を呑んだ
それは、あまりにもは痛々しい、まるで泣いている様な笑顔だった。
那美が居て、恭也が居て、美由希が居てレンや晶やなのはが居る。
けれど、ほんの一年前までの自分は、きっとあんな顔をしていたのではないだろうか。
何も言わず、ノエルは忍ちゃんの頭を撫でる。
世界にはたくさんの人が居る。
けれど、自分は『人』ではない。
ならば、この世界で、自分は、たった一人なのではないか?
親しい友人も居らず、両親すらも居ない。
「来週には、お久しぶりに、さくら様がいらっしゃいますよ、お嬢様」
未だ幼いにもかかわらず、寂しいことを嘆くのではなく、寂しい事を受け入れて耐える姿は、人形であるノエルの心すら締め付ける。
「・・・・・・さくらが来るの、ノエル?」
はい、と頷きながら、愛しむように忍の頭を幾度も撫でる。
「本当?嬉しいな、さくらが来るんだ」
小さな忍にとって、親戚であり、世界でただ一人のであり『友人』である、さくらが訪ねてくることが余程嬉しいのか、痛々しいものだった笑顔が見る者を微笑ませる可愛らしい者に変わる。
そのやり取りをみて、何よりも忍ちゃんの笑顔を見て、柱の影に居る忍は息が止まる。
幼いころの自分にとって、いかにさくらが大切な存在だったのかを痛感する。
今は、恭也が居て、那美が居て、美由希が居て、レンや晶やなのはが居る。
だからと言って、さくらへの親愛は、些かでも鈍ってはいない。
けれど、それとは別の次元で、止まらない想いがある。
音もなく降り積もる雪のように、純白の想いは、忍の心を白く染め上げていく。
さくらの大切な人を奪う
その決意を目の前の少女に告げたら、どのような顔をするだろう。
「あれ、忍、起きたんだ」
『言えない、言える訳が無い』
「もう、お昼過ぎだよ、お寝坊さん
昨日、眠れなかったの?」
「・・・うん、どうして私達が過去に来たのか、その理由を考えていたら、寝付けなくて」
歴史を歪め、親戚を裏切り、自分自身すらも欺いている現状。
それでも月下の決意は変わらない。
『例えそれが裏切りでも、未来を変える罪深い行為だとしても、死した後、我が身が地獄に堕ちようとも
ずっと憧れていた男性、『相川真一郎』を振り向かせてみせる事を・・・・・・・・・・』
それでも、目の前の少女には、自分の身勝手な願いを伝えたくは無かった。
要らぬ心配をかけさせたくは無い
他ならに自分自身が、最愛のさくらを裏切る決意をしているのだ。
自分のために自分を騙す。
それは、結局我が身可愛さの行為なのではないか、そんな矛盾に目を瞑る。
自分たちが過去に居る事も矛盾なら、自分の心さえも矛盾している。
ならば、この小さな矛盾に目を瞑ることで、目の前の少女の心の負荷を軽く出来るならそれでいい、そう思うことにしたのだった。
しかし、その結論すら自己満足かも・・・
忍の疑問は螺旋を描き、決して解けないメビウスの輪を形成し始めていた。
「―――――え、ねえ、忍ッたら」
その声にはっとする忍を見て忍ちゃんは苦笑する。
「もう、私の話聞いてなかったでしょ?」
そんなに眠いなら、もう一回寝てくれば。なんて、頬を膨らませながらそっぽを向く忍ちゃんに苦笑する
『子供みたい・・・って、子供だもんね』
「ごめんね、もう大丈夫。それでね、なぜ過去に来たのか、私の仮説なんだけど・・・・・・」
いつのまにか、ノエルも忍ちゃんの横で話に耳を傾けている。
カチカチと時計の音と忍の推察、それに対する疑問とさらなる回答。
不確かな情報を、創造で補う、意欲的ながらも不毛な会議。
そもそも、絶対的な情報量の不足という壁にぶち当たった。
忍は両腕を上げ、首を左右に振って溜息をついた。
「お手上げ、ね。」
「お前、何をそんな愉快なポーズで、真面目な顔をしているんだ?」
呆れたような恭也の声に続き、
「お土産買って来ました」
何て言う、那美ののん気な声も続く。
「お帰りなさいませ、恭也様、那美様」
「お帰り、二人とももっとゆっくりだと思ってたわ」
「何を言っている?もう七時を回るころだぞ」
恭也が、ほら、と差し出した腕のクリップ時計は確かにデジタル盤に19:03という数字を浮かべていた。
どうやら、長く話し込んでいたようだ。
そんなに夢中になって話していた会話の内容が気になったのか、お土産やら、ジャケットやらをノエルに渡しながら二人もソファーに腰を下ろす。
「忍が、何でタイプスリップしたのかっていう推察を、話していたの」
いつの間にか、ちゃっかり那美の膝の上に納まりながらの忍ちゃんの言葉に恭也も那美も反応する。
「理由がわかったのか、忍」
「さすが、忍さんですね」
喜色満面の二人に、最も恭也は顔が僅かに綻んでいる程度だが、忍は後ろめたいことこの上ない。
少女に隠した真実を覆うために、即興で出した推論だ、過度の期待はかけられると困る。
取りあえず、最初から話すことにして、紅茶を口に運ぶ。
ノエルが入れ替えてくれたのか、温かい紅茶で唇と咽喉を潤すと、自分自身も整理するように話を繰り返した。
「順を追って考えていくとね、まず原因は何か?という事なの。
あの日、移動直前まで居た八束神社の境内に居た人間、それは私、那美、恭也、ノエル、晶、レン、フィアッセさん、久遠の7人と1匹。
この中で、何かしらの原因となりうる事が出来そうなのは、私と那美、それにノエルと久遠かな」
「何かしらの原因て?」
「そうね、例えば強力な力で、時間や空間に干渉しうるとか、そんな術や技や能力とかのことかな」
「そんな事出来るのですか?」
那美の言葉に、忍も首を竦めるしかない。
「出来ないのだとしたら、それは、例えば昔から人が消えるなどの際によく原因にされる、神隠しに代表される偶発的事象ということになるわね、つまり、その場に集まった人間が関与しているなどの、何かしらの人為的な力が働かないでタイムスリップしたのなら・・・・・・」
「その場合、元の時代に戻れるかどうかは、神のみぞ知る、という訳か」
恭也が忍の言葉を継いだ。
落ち着いた、と言うか老成した恭也の渋い声で呟かれた言葉は、まるで鉄球を括り付けたかのような重みを持ってその場を支配した。
「・・・・・・そっか、皆帰れないんだ」
どこか、嬉しそうなほっとしたような忍ちゃんの呟き
それが聴こえたのは、忍ちゃんを膝に乗せている、那美だけだった。
「落ち込んでいても仕方ないし、人為的な要因があったと仮定して話を進めるしかないわね」
「そうだな、いなみに一つ訂正なんだが、原因となりうる人、もう一人いるぞ、フィアッセだ」
「そうか、フィアッセさんはHSG・・・。有り得ない事じゃないわね」
「最もリスティさんに言わせると、フィアッセさんの能力は、知佳さんやフィリスさんに比べれば弱いものらしいので確率は低いと思いますが・・・・・・」
忍ちゃんに、視線を向けながら否定的な意見を口にする那美。
決して帰りたくないわけではない、むしろ自分が過去の改竄などと言う、恐ろしいことに手を触れる前に帰りたいと強く思っている。しかし、膝の上の少女の気持ちを思いやってしまう、那美らしい優しさの発露だった。
「那美の言うとおりね、でもどんな小さな可能性でも今は考慮してみましょう」
「あの時は、突然目の前が真っ白くなって・・・」
「そうね、指先から空気に溶けていくと言うか、どんどん自分自身の存在が希薄になっていくのを感じたわね」
「そうなのか・・・」
「え、恭也さんは違うんですか?」
「俺は、二人がどんどん遠くに行ってしまう感じがして、慌てて二人を掴んだんです」
「そっか、恭也は巻き込まれた確率が高いわね」
「どういうことですか?」
「那美様と忍様が先に消えそうになっていたのを、恭也様が助けようとお二人の身体を掴んだから、共に過去に飛ばされた、と言うことですよね?」
「そういうこと。なら、やっぱり、人為的な原因かもしれない。
恭也は兎も角、私も那美も普通とはちょっと違う力があるし・・・・・・」
希望が見えてきたわよ、という忍の言葉。那美は優しく忍ちゃんの髪を梳いた。
幼いころ、十六夜や薫が那美にしてくれたように、一梳き、一梳きに気持ちを込めて。
「もう少し調べてみる必要はあるけれど、何かしらの光明くらいは見えたみたいね」
立ち上がった忍のお腹からク〜という、可愛らしい音が。
「そういえば起きてから何も食べてなかったわ」
真っ赤になっている忍を先頭に食堂に向かう5人。
最後尾の那美に忍ちゃんはくるりと振り向くとニコリと微笑んだ。
「那美お姉ちゃんは優しいね」
その言葉と、歳不相応な儚いような微笑。
それは、今朝玄関で少女が見せた物と正しく同一の物で、那美は誰も居なくなったリビングで、何故だかわからないままに一滴の涙をこぼした。
魔術師の戯言
忍による、過去への移動の原因に対する考察その1です
どうでしょう、旧ホームページからの読者の方は、3年越しの疑問への断片的な答えの提示と相成りました。
物語りも、未来からの来訪者が過去の世界に触れていき、そこに何かしらの望みや願いを見出す序盤を超え、核心に触れる中盤に入ってきました。
ちなみに、12〜14話の3者3様の日曜日は仕掛けが一杯
ザッピング的な話の絡ませ方
12話の瞳の自己嫌悪を13話で原因究明したり、12話でチラッと出てきた除霊を13話でしていたり、13話の那美と忍ちゃんの会話の延長に14話での二人のやり取りがあったりと、書いてるほうは結構楽しかったです。
さあ、この話の展開は人気投票に影響するのか?
最後になりましたが、やっぱりWEB拍手もいいけど、それ以上に掲示板やメールの方が嬉しいしやる気も出るぞ!こんちくしょー!!