第二部
第15話
誰も居ない早朝の教室。
人の温もりを感じさせない通常とは異質な空間
それは、訳もなく寂しさは掻き立てる。
チラリと眺める彼の席。
当然、そこに席の主の姿はない。
また、軽い溜息をつく、本当に今日何度目の溜息だろうかと、我が事ながら苦笑する。
いつもなら、未だ護身道部の朝練に励むこの時間、瞳が誰も居ない教室に居るのにも、この溜息に訳があった。
冬の朝は寒く暗い、しかし、そんな寒気にも負けず、気合が篭った掛け声が響く朝練中の護身道場。
特に次期キャプテンと目される唯子は、大会で瞳を破る事を目標に、これまた一年生エースであるななか相手に激しい組み手を演じている。
他の者も、それぞれがそれぞれの目標に向けて、真剣に練習に励む中で、「はぁ〜」と、気が削がれる様な溜息が響く。
「ちょっと、瞳、あんたどうしたのよ?」
すでに引退しているが、律儀に朝練に参加している副将の尾崎が呆れ顔で瞳の前に立っていた。
「何でもないの、気にしないで」
朝から何度聞いても、本人は苦笑しながらそう答えるが、何でもないとは思えない。
第一、本番さながらにピンと張り詰めた練習場の雰囲気、そんな中で、部長である千堂瞳だけが、何処か練習に身が入らない様子では他の者に示しがつかない。
「鷹城さん、ちょっとこいつの相手してやって」
瞳に有無を言わせず、唯子と組み手をさせる、何と言っても今度の大会の本命同士だ。
その唯子との組み手ならば、瞳も気合を入れないわけには行かないだろうという尾崎の計らいである。
唯子と瞳、それは秒殺の女王対無冠の天才の戦い。
護身道ファンならば固唾を呑む好カードである。
自然と他の部員も組み手を止め、二人を囲むように試合を見学し始めた。
互いに礼をして組み手がはじまる。
重なり合う棍と棍が打ち合う音。
キュッキュッと擦れ合う袴と床の音。
目の前には真剣な眼をした唯子。
その唯子の鋭い瞳が、昨日のいづみに何故か重なる。
次の瞬間には目の前に天井、次いで驚愕した部員の顔が映る、対戦相手である唯子すらも目を見開いていた。
それもそのはず、秒殺の女王が逆に秒殺されたのだ。
唯子が組み手で瞳に勝つことはままある。
体格と運動神経ならば、唯子は瞳の上を行っているのだ、それを経験と集中力で切って返すのが瞳の対唯子のスタイル。
実際、ここ最近の組み手の訓練での対戦成績では、10回に3〜4回は唯子が勝っている。
が、どちらが勝つにしても接戦、時間内に決着がつかないことがほとんどだった。
「瞳、あんたは今日はもう帰りな」
呆然とする瞳に尾崎が溜息をつきながらそう言った。
確かに今日の自分は普通じゃない。
集中力も欠いているし、何よりも練習に身が入っていない。
怪我でもする前に帰るべきだ、と言う尾崎の言葉は悔しいが正論だった。
心配する一、二年生に風邪気味だと適当に言い訳しておいた。
あとは、尾崎が上手くやってくれるだろうと、更衣室に移動する。
「はぁ〜」
また溜息。
今日だけで何度目かわからない、昨日の恭也といづみの前から逃げ去ってから止まらないのだ、いや正確には・・・
「瞳さん、そんなに気にすること無いですよ」
深く自分の思考に入り込んでいた瞳は、唯子の声で現実に戻ってきた。
「いづみちゃんのことなら話し合えばすぐ仲直りできますよ。
いづみちゃん、良く瞳さんのことすごいって褒めてましたもん」
そうか、そう言えば昨日唯子達には、少々取り乱していた姿を校門の前で見られていた事を思い出す。
「そうね、ちゃんと謝ればわかってくれるかもしれないわね」
ニコリと笑い、頷く瞳に、唯子も「そうですよ〜」なんて、嬉しそうに返している。
唯子は勘違いしていた、瞳の本当の溜息の原因はいづみではない、溜息も昨日からではなく一昨日の恭也との別れにこそ端を発しているのだ。
しかし、瞳はこの人がいい後輩をこれ以上心配させたくはなかった。
ざわつく教室
いつの間にか、教室はクラスメイトで賑わっていた。
挨拶してくるクラスメイトに、心在らずの状態で返事を返しながら瞳の瞳は動かない。
相変わらず固定されたままの席の主は未だ現れていない。
彼のせいで、自分はこんなにも落ち着かないと言うのにね。
苦笑しながら瞳を閉じる。
会いたいのか、それとも会いたくないのか
揺れる心、でも本当は答えなんか出ている
だって、彼が居ないことを確認してから、ずっと瞳は教室のドアに向けられたままだ
何でこんなにも彼の事を気にしているのか?
変わった人だから?
不思議な人だから?
怪しい人だから?
強いから?
目立つから?
―――――どうしてこんなにも気になるのか、わからない・・・けど
やがて、その想い人が扉を開けて入ってくる。
瞬間、目が合う。昨日の、あの傷ついたような哀しい瞳を思い出してしまう。
思わず、すっとその眼を逸らす。
瞳が合った時、彼はどんな眼をしていたかなんてわからない。
同じように眼を逸らしたのだろうか
初めから合ってなど居なかったのだろうか
―――――それとも、逸らされてまた、あの哀しい瞳をしたのだろうか
こうして、恭也とまともに顔を合わせることが出来ないまま、心ここに在らずでいつのまにか昼休みになっていた。
「どうした、千堂、呆っとしているなんて珍しかね」
薫が不思議そうに瞳を見ていた。
「何でもないの、それより今日は『仕事』で休みじゃなかったの?」
「それがな、今朝現場に向かったら既に居なかったんだ」
何気ない言葉に、薫は真剣な表情で返してきた。
「良くわからないけど、自然に成仏したとは考えられないの?」
「それはない、自分が死んだことにすら気がついていなかったからね。ウチがいくら、言って聞かせても信じようとしなかったほどだ、このままではいつか悪霊になってしまうと思ったからこそ・・・」
斬って祓おうと思った、薫はその言葉を飲み込んだ。
いつだって、好きで成仏できない人を斬って来たんじゃない。
本当はそんな事したくない、しかし、そうしなければ更なる不幸を呼び寄せることになる。
周りの人も、その霊当人にすらも。
だからこそ、心まで剣に変えて幾人も幾人も斬ってきたのだ。
瞳もはっきりとは知らないが、薫との付き合いから、また、耕介との会話から多少のことは察している。だから、薫に向かい、意識的にニコリと微笑んだ。
「一人で悩まないでよ、薫。
私じゃたいして役には立てないかもしれないけど、話すだけでもすっきりするかもよ」
「ありがとう、千堂」
瞳の心遣いに笑顔をかえす薫、だが、不可解なことがある。
どうしてもそれが頭から拭い去れない
チラリと憂いを含んだ瞳で、ある席に視線を送る瞳にも気がつかず、薫は思考に没頭していた。
『誰があの霊を除霊したのか、あそこには争ったような形跡は無かった。
つまり、祓ったのではなく鎮魂で除霊したということ。うちでは、鎮魂できなかったにも拘らず、だ。
うちが把握している退魔師は、耕介さんと先生、耕介さんにはまだ鎮魂は教えていないし、御架月はそもそも鎮魂には向かない。先生ならうちよりも鎮魂は上手だけど、この仕事はそもそも先生に回された物だけに先生がしたとも思えない。』
瞳と供に屋上に移動して昼食を食べる。
ただでさえ寒すぎて食事には向かない屋上、その上、『仕事』があったため、今日は耕介のお弁当ではなくパンを齧る、酷く味気ない昼食だった。
しかし、冬の屋上だけに他に人は居ない、十六夜と話すには都合がいい場所だ。
「何だか良くわからないけど、薫が知らない人が除霊したって事?」
余程寒いのか、瞳はホットミルクティーを薫に手渡し、自分の手の中のレモンティーで手を温めている。
「いや、退魔師はそれほど多くないんじゃ、ましてうちよりも上手の鎮魂を行える退魔師なら、うちが知らないわけが・・・」
苦笑気味だった薫が、何かに思い当たったのか弾ける様に頭を上げた。
「十六夜!!」
「そういえば、数日前に、突然良くわからない気と霊力を神社の辺りで感知しましたね。
言われてみれば、現場に残された微量な霊力は神社に残された物と良く似ていたような・・・」
「十六夜が言っていたように、悪意は無いのかもしれないが、気になるな」
「それって、あの薫と勉強した時の話?」
「ああ、そうじゃな」
「そう言えばさ、そのすぐ後に高町君たちって転校して来たよね」
薫もそれに思いあったったのか、真剣な表情のまま頷く。
不可思議な事態が、ミステリアスな二人の転校生が現れた時と前後して起こっている。
これを偶然と片して良い物だろうか。
「ただ、今回の除霊に関してはお二人とは関係ないですね」
「高町君は只者ではないが、霊的な物はほとんど感じなかったからな」
「月村さんは?」
「彼女は・・・」
『違う者かもしれない』、それは言葉にはせずに薫は飲み込んだ。
今年の一年生に居るある少女、人に在らざりし者たちとひどく似通っていた。
しかし、彼女があの一族と関わりがあるのか無いのかはわからない、一年の少女に比べて、忍から感じる『違和感』はひどく少ない。
あの一族なのかもしれないし、他人の空似かもしれない。
ただ、どちらにしても、お互いに不可侵の協約を結んでいる以上、この国の退魔師の長として、自らがルールを破ってまで踏み込むわけに行かないのも事実だ。
「彼女が何者なのかはわかりません、しかし、今回の件とは彼女は無関係ですね」
言葉に詰まる薫に代わり、十六夜が柔らかい微笑と供に瞳に向き直る。
「薫には以前言いましたが、私はやはりこの霊力の持ち主を知っていると思います。
ですから、面識が無い高町様や月村様は、今回の除霊とは直接的な関係は無いと思います」
敢えて『直接的』と言う辺り、十六夜もあの二人に、何か感じるところが有るのかも知れない。
「しかし、十六夜が関わりを持つ退魔師なんて、それこそひどく限定されているし、それならば気がつきそうなものだけどね」
「そうですね、神咲の方々でも本当に一部の方だけですものね」
二人は、十六夜を知っていそうな人を、指折り数え出した。
「和音様でも雪音様でもないですし・・・」
「和真や、他の分家が来ているという話も聞いていないし・・・」
ずっと難しい顔であれこれ考え出す二人に、瞳はやや呆れ顔だった。
「薫の妹や弟ってことは?」
悪戯っぽい瞳の言葉に、薫は苦笑してみせる。
「和真はこっちに来たという話は聞いてないし、那美や北斗はまだ子供だよ」
そうだよね、と、頷きながら瞳は何処か引っかかるものを感じた。
それは、自分が何か大事な事を見過ごしているような
つい最近、どこかで何かを見聞きしなかったか?
深く深く思考する
曖昧で不定形だった記憶が次第に形になっていく。
そう、自分はつい最近、その名前を聞かなかったか・・・
あれは、確か・・・・・・
「あ!!」
記憶が形になる直前、意地悪なチャイムの音が思考を掻き乱す。
一度、形になりそうだった記憶は、再びバラバラになってしまった。
「どうした、千堂?」
急に考え込み、何かを思いついた風な友人に眼を向ける。
「ううん、何でもない・・・みたい」
「・・・そうか?」
瞳の様子に首をかしげながらも、午後の授業のために屋上を後にする二人。
誰も居なくなった屋上では、まるで光明を遮る様に雲が出て、晴天から一転、不機嫌な空模様となっていた。
魔術師の戯言
はい、役2ヶ月ぶりの更新
最近、とらハは反響がなくてねぇ(クスン
まあ、だから書かないって事は全然無いんだけど、どれ進めようかな〜と、思ったときにやっぱり、反響多い方に流れるのは人の悲しい性ですな
ところで、今回の話は、おかしい
今回、瞳だけでなく他のヒロインも出す気だったのに、予想以上に瞳で引っ張ってしまった
私は、話の始まりと終わり、それにいくつかの断片的なエピソードをつなぎ合わせる様に話を書きます。
ようするに、それ以外の部分は全てアドリブ。
だから、今回のように自分でも予想外の方向に話が進むことがまま有ります。
何だか、恭也たちの正体にすごい近づいている、薫&瞳コンビ
そうなんですよね、12話で瞳は那美と出会ってます
そこで、唯子が那美の事を『那美ちゃん』と、名指しで呼んでいるんですよね。
13話の除霊から正体に近づく、というエピソードは考えていたんですが、こういう風な展開になるとはなぁ
恭也に対する興味と疑惑を感じる瞳
忍の正体に近づいている薫
さてさて、眼が離せない展開になってきましたね
今回から言わば過去と未来の狭間で・・・第二部のスタートです
少しずつばれていく正体、近づいてくる過去組みと未来組み、そして、錯綜するヒロイン達
ドキドキの展開ですぜ、そこのニーさん
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すいませんねぇ、さみしんぼーで!