神々の黄昏


《少女IN海鳴》


サンサンと、暑い日差しが照りつける。
窓の外を流れる緑も、深く濃い緑色の葉を一杯に広げ、太陽の恵みを全身に浴びていた。

それなりに空白も目立つ電車の車内。
夏休みといっても七月の中旬、さらに昼前の時間ときては、早々混む物ではないようだ。


「あ〜!海だ、ねぇパパ海だよ」


トンネルを抜けた瞬間、車外に広がる、青く澄んだ海を見て思わず歓声を上げる少女。
少女の瞳はまるで黒曜石のように美しい漆黒の瞳だった、加えて言うなら、一本シュッと線を引いたように整った眉と相まって、少女の強い意志を感じさせた。
少女はその漆黒の瞳をキラキラと輝かせて海に見入っていた。
さらに、横に座り、静かに本に目を落とす父親の袖を引っ張る。

「そうだな、海が見えたということは海鳴にはもう着くな」

本から窓に目を移し、陽光に眩しそうに目を細めた。
娘は父親の言葉に注意を払うこともなく、「海だ〜海だ♪」と、はしゃぎながら窓の外の風景を眺めていた。
そんな娘の姿に苦笑を見せながら、父親は本を閉じて、娘の頭に手を置いた。

「オイオイお前は今いくつなんだ?紫苑」

「えへへ、パパ。そんな事言ってもさ、海鳴に来るのは久しぶりなんだもん」

ペロっと、舌を出して父親に甘えるように笑いかけた。
その表情や仕草は年齢以上に子供じみていた。


少女の名は高町紫苑
現在、鹿児島にある蒼園高等学園に通う高校一年
鹿児島の灼熱の太陽の下で育ったとは思えない、雪のように白い肌。
対照的に、夜空を閉じ込めたような漆黒の黒髪
同じく黒真珠のように美しい瞳
身長は年頃の少女と比べても平均よりやや小柄。
未だ幼さを残すとはいえ、スラリとした手足。
長い睫毛。
朱が注したように艶やかな唇。

見た目はまさに大和撫子のお手本のようであった。

ただ、強い意志を秘めた、力強い生命力が輝く瞳が、彼女をただの柔和なだけの大和撫子とは一線を隔していた。
そして、その瞳は娘の紫苑を優しく見守る、父恭也と良く似ていた。



「あ、パパ。あっちに見えるのはさざなみ寮でしょ?」

自分達の座席とは反対側の国守台を見て、そちら側の座席に向かって走って移動しようとする。
そんな紫苑の腕を、恭也とは向かいの座席から伸ばされた腕がガシッと掴む。

「紫苑、電車の中でそんなにはしゃいだらダメだと散々言ったはずだが?」

厳しい表情で紫苑を見据える。

「そもそも、何度同じ注意をしたと思っているの!
紫苑はもう高一なんだから、そんな小学生みたいなことしないで、もう少し落ち着いた行動を取りなさい」

「まあまあ、薫。
久々に家族で出かけるから、ついつい紫苑もはしゃいでしまっているのさ」

まだまだ、雷を落としそうな薫に恭也が仲裁に入った。

「恭也君、君がいつも、いつも、いっつも、紫苑をそうやって甘やかすから・・・・・・」

薫の怒りの矛先が、紫苑から自分に移ったのを見て恭也は紫苑に目で合図をした。

「ママ、ごめんなさい〜」

心の中で父に感謝しながら紫苑は少し離れた座席に非難した。

「あッ!紫苑、コラ〜!!」




少し離れた座席から紫苑は両親を見ていた。

「だいたい恭也君は紫苑に甘すぎる」

「・・・・・・そうだろうか?」

「・・・・・・まあ、昔から久遠やなのはちゃんに接している態度を見ていたから、そんな予感はしていたのだけどね」

薫は溜息をつき、本気で悩んでいる夫に苦笑した。

高町家では、基本的に自分も子供のころ、そうされた様に子供にも厳しい薫と、父に連れられて流浪の幼少期を過ごした反動か、はたまた、恭也自身の性格は兎も角として、基本的に紫苑に対して大甘な恭也という構図が出来ていた。
だから、今日のこの薫の「恭也君は甘すぎる」からはじまる、お説教も、もはや十六夜には見慣れたものだった。
そして、その結果もいつもどおり
結局最後は薫が苦笑して「次からもう少し厳しくね」と、一度も効果が有った事がない言葉で締めくくられるのだ。

そして十六夜や紫苑の予想通り、今回も結局、いつものように二人は静かに時を過ごしていた。
二人とも口数も少なく何をするでもない、ただ時々目があうと優しく微笑みあうだけ。
時々口を開いても、それはひどく他愛のないことだ。
にも拘らず、そんな薫と恭也はすごく幸せそうで、二人の表情からだけでも満ち足りているのが伝わるのだった。



「私もママみたいに、パパのような強くて優しくてかっこいい、ステキな人を見つけたいな〜」

そう、紫苑の父高町恭也は、裏の世界では『闘神』という二つ名で轟く、凄腕の剣士だった。
紫苑が、那美お姉ちゃんや和真おじちゃんたちから聞いた話によると、もう今の紫苑よりも年下だった時から相当強かったらしい。
『らしい』というのは、紫苑は父の本気の剣を見たことがないからだ。
実際、紫苑に稽古をつけてくれる時も、恭也自身は剣を握らない。
大抵のお願いは聞いてくれる恭也だったが、剣に関してだけは一度も見せてくれないのだった。


一方の母の薫も退魔師の世界では、日本でもトップクラスに入る腕前である。
それは、紫苑も知っている。
一緒に修行をしている時、母親の薫の圧倒的な霊力は、紫苑にはとても真似できるものではなかった。
一心不乱に木刀を振り、霊力を研ぎ澄ます母は、娘である紫苑の目から見ても神聖さすら感じるほどに美しかった。
退魔の世界での通称の『剣姫』というのも良くわかる話であった。
最も修行中や、日ごろのお説教時の薫は、紫苑に言わせれば『剣鬼』なのだが。
しかも、以前、十六夜から聞いた話では、母はかつて実家である神咲の家の一灯流の当代であったらしい。
神咲の当代になること、それは一族をまとめる器量、一族を納得させる技量、一族の象徴としての存在感、そして爆発的なまでの霊力。
それら全てを兼ね揃えなければいけないということ。
それを、今の自分の年齢の時には、とっくに当代となって実現していた、というのだから本当に頭が下がる。

そして、良くも悪くもクソ真面目な母が、当代の責務も、神咲の歴史もかなぐり捨ててまで父を選んだ、という話を聞いたとき、紫苑は耳を疑ったものだった。




やがて電車は海鳴駅に着いた。
一歩電車から降りると、ムアッとした熱気が襲ってくる。
反対側のホームでは陽炎が揺らめき、視覚的にも熱気が伝わる。


「・・・・・・あっついよ〜」


高町家の家は灼熱の鹿児島にあるとはいえ、神咲の森の外れにあるため、夏でも涼しくすごしやすい。
そのため、紫苑は暑さに弱いのであった。


「紫苑、だらしない。シャッキとしなさい」


薫はこの閉口するような暑さの中でも、毅然として熱さなど感じていないように振舞う。
一方の恭也にいたっては、この夏最高気温とも言われる今日ですら、黒い長袖のシャツに黒っぽいジーンズを着用していた。


「うう、パパ。暑苦しいよ」

「・・・・・・同感」


珍しく薫も紫苑の言葉に同意して恭也をジト目で見ていた。
にもかかわらず恭也は汗一つかかずに「そうかな?」と首をかしげていた。



美しい海が広がる海鳴だけあって、多くの海水浴客で駅は混雑していた。


「恭ちゃん!!」


駅前のロータリーで車から降りてきた美由希が手を振る。


「薫さんもお久しぶりです」

「美由希ちゃんも元気そうで何よりだね」

「それに、紫苑ちゃんも・・・大きくなったね〜、何年ぶりかな?5年位かな?」


邪気のない、いつもの優しい笑顔で、美由希は成長を実感するように、紫苑の頭に手を置いた。
この笑顔と頭に載せられた手の温もり、紫苑は柔らかく微笑んで「おひさしぶりです」と、声をかけた。
美由希は、女性にしては背が高く、スタイルもすごくいい。
紫苑はこの、恭也の妹とは思えない優しく人当りの良い叔母が大好きだった。


「じゃあ、私の旦那はもとより、かーさんもなのはも、首を長くして待ってるから速く行こうか」

「・・・待て美由希」

「ん?恭ちゃん?どうしたの?」

「お前が運転するのか?」


恭也の顔色が心なしか悪い。
一方の美由希は何を当たり前のことを?と、キョトンとしていた。


「俺は、久々の海鳴の町を歩いて行こうかな」

「何を言ってるの恭ちゃん、この暑い中、いつもどおりそんな真っ黒な格好して。
いくら恭ちゃんでも熱射病で倒れちゃうよ」

「いや、御神の剣士としては暑さの対策もしておいた方が・・・」

「・・・暑さの対策って・・・どこで戦う気よ?」

「いや、アフリカのサバンナとかエジプトのピラミッドとか・・・」


いつも落ち着いて物静かな振る舞いの父が、こんなに混乱する姿を紫苑は見たことがなかった。
そういえば、「恭ちゃん」なんて呼ばれている。
大好きな父の自分の知らない一面、紫苑には興味深くて仕方なかった。


ブロロロロロ――――


「はい!しゅっぱーつ」


恭也の言い訳を最後まで聞かずに美由希は車を発車させた。


「下ろしてくれーーーー」


恭也の断末魔を乗せて車は海鳴の町を走り出した。


駅出発から2時間後

高町家の、今時趣のある日本家屋が見えてきた。


「はい!と〜〜ちゃく〜」


車を近所にある自宅に置きに行く美由希を除いた一行。
つまり、恭也、薫、紫苑は、無言で高町家の門をくぐった。


「あら、恭也おかえり。それに薫ちゃんもこんにちは」


玄関先で栗色の髪をした、優しそうな女性が微笑んでいる。


「紫苑ちゃんも大きくなったわね〜、久しぶり、元気・・・?」


−−何処かで会った覚えはあるんだけどな?

どこか、美由希に似た柔らかい雰囲気をした人だった。

『ん〜?お姉ちゃんとかかな?でもそんな人の話聞いたこと無いしな、もしかして、妹のなのはお姉ちゃんかな?』

「桃子さん、お久し振りです」

「母さんただいま


『な〜んだ、母さんね。パパの母さんてことは、私にとってはお祖母ちゃんか。
そりゃ、知ってて当然じゃない、やだなぁ〜もう、私ったら』


納得したように、頷く紫苑


「って、『お祖母ちゃん』!!!!?」


今、私がパパの妹だと思った人ですよ?


ジーーーーーーっと見てみる。
・・・・・・・・・・やっぱり、パパの兄弟にしか見えない。

うちのパパは高校卒業するかしないかでママと結婚したから、お友達のパパよりも若いよ、確かに。
それにしたってさぁ
・・・普通、ありえないよ・・・


『よ、妖怪?』

「紫苑ちゃ〜〜ん?」

「・・・ひゃい!!」

「ど〜〜〜したのかな〜〜〜?桃子さんの顔に何かついてるのかな?」


『顔は笑ってるけど目は笑ってないよ、お祖母ちゃん』
冷や汗を滝のように流しながら、何とか笑って見せようとするが、顔が痙攣したようにしか見えない。

そんな紫苑を恭也は不思議そうに、薫は薄々感づいたのか苦笑しながら見ていた。


「どうしたんだ紫苑?ああ、疲れたのか、まぁ美由希の運転じゃなぁ」

「駅からでしょ?まああの子にしてはちょっと速い方かな?」

「驚異的な方向感覚だな」



−−ええ、パパ憑かれましたとも。
玄関をくぐったあとですけど・・・


「まあ、いつまでも玄関じゃなんだしさ、あがりなさいよ」


こうして、高町紫苑にとって楽しいものになるはずだった夏休みは幕を開けた。
このあとに待ち受ける数々の試練について、知っているものは誰一人としている『人間』はいなかった・・・


艦長の戯言

はい、今年(2004)、初とらハSSです
さらに言うなら、神々の黄昏、恐らく2年越しの完全書き下ろし新作です。

まさか、もう続きを書けるとも、また書こうとも思ってなかったのですが、応援してくれる皆さんのおかげでこうして新作を掲載できました。

ず〜〜〜〜〜〜〜っと、高町紫苑ってどんな子なんだろう?と思ってくれてた人。
お待たせしました、こんな子です。
名前や性格は昔から決まっていたので、いろいろ考えて送ってくれた人も居ましたが、結局こういう子に落ち着きました。

まず、両親の呼び方ですが、恐らく大方の予想を裏切ったのではないかと

みんな、あの二人の子だし「父上」「母上」とかを予想してたんじゃないですか?
「パパ」「ママ」です。
これからもわかるように高1にしては少々子供っぽいところがある子ですね。

容姿とかもけっこう詳しく説明したし誰かにしてくれないあなぁ


次回は美由希の子供が出ます。
そう、耕介の子供に影響を与えた「静香」です。
または、美由希と旦那の馴れ初め編になるかも。

美由希の旦那、誰ですか?ってのも聞かれました。
赤星じゃないです
オリキャラです・・・すいません

それでは今回はこの辺で・・・

今年もよろしくお願いします