第4話 

《紅の姫君》

 

 浅上女子の寮の規則はとても厳格な物であった。

故に、何人もこんな時間に秋葉を尋ねてくるはずは無かった。

こんな時間―――時刻はすでに午前2時を過ぎ、寮全体がヒュプノスの抱擁に包まれていた
 

カタン―――

カチャ・・・

しかし、現にこうして動き回る気配が・・・三つほど存在した。

「無粋な方々ね・・・」

そう呟き、秋葉は部屋を出た。

無論すでに眠りについている羽ピンと蒼香を起こさない様に細心の注意を払いながら。

羽ピンは一度眠りについたら最後、つねりでもしない限りまず朝まで起きないであろうから安心であったが、蒼香は鋭いので要注意であった。

秋葉は静かに扉の前で無粋な訪問者の到着を待った。

彼らが何者かなど知らない…

むしろ秋葉が狙いなのかという核心を抱かせるような根拠すらも無かった。

しかし、秋葉にはやはり自分に関係がある人間であると思えたのだった。

心当たりが一つある…。

この数年間で、幾度か秋葉を襲撃してきたあの集団。

そして、やはり秋葉の予想は当たっていた。

黒いカソック服をその身に纏った集団が息を殺し、足音を消し、気配すらも完全に絶って階段を上ってきた。

「こんな時間に何の用かしら…?」

秋葉が、静かだが威圧感に充ちた冷ややかな声で三人に声をかける。

突然声をかけられて、埋葬機関の中でも選りすぐりのエリートである各司祭は驚愕した。

当然であろう、これから襲撃しようとした人間が扉の前で自分たちを待ち構えていたのだから。

「とりあえず外に出ません?こんなところで立ち話していて、誰か起きてきては私はともかく貴方方は面倒なのでは無いの?」

3人は即答せずに、思考を巡らせた。

わざわざ、襲撃者を待ち構えて誘い出すのだから、罠でも張ってあるのでは無いかと警戒したのだ。

さらに、秋葉の奇妙に落ち着き払った態度にも、不気味な物を感じた。

しかし、秋葉の言う通り他の生徒に見つけられるのは得策では無い。

大人しく寮を出て、歩いて10分かそこいらにある校庭に場所を移した。

そして、頼りない星と街の灯の中で、改めて今回のターゲットである秋葉を見た。

『ただの少女ではないか…?』

そんな疑問が、彼らの心に湧き上がった。

今回の指令の前にナルバレックから渡された資料によると、名前は遠野秋葉で吸血種であるらしい。

その力は、吸血鬼にも勝るとも劣らない物で過去何度か差し向けた討伐隊は一人も帰ってきていない…。

しかし、目の前の少女がそんな怪物にはどうしても見えなかった。

確かに全ての物を跪かせるような威圧感は尋常ではないが…

そんな疑問は少女の口から出た言葉であっさり消し飛んだ。

「こんな夜中に何の用かしら?女子寮に忍び込むなんて困った神父様だこと…」

そう言って、見下すような瞳はうっすらと緋色に染まっている。

ただの少女であるはずがない…

百戦錬磨の司祭達が、彼女の緋色の瞳に睨まれただけで心臓が止まるほどの圧迫感を受けた様だった。

「貴方達、埋葬機関の中でも最上位に位置する司祭の人たちなんでしょうね?」

誰も言葉を吐くほども出来ないほどに、ますます少女からの威圧感が心臓までも金縛りにしてしまっていた。

「以前、ここにお仲間がいらした時には10人を超える団体様だったもの…。

なのに、今回はたった三人…。

となれば余程の実力者なんでしょうね…」

瞳は、緋色から真紅に変わり、髪も日本人形を思わせる美しい黒髪から、神秘的な炎のような真紅に変わる。

3人の司祭は、必死で恐怖を払いのけ、持てる最高の武器で秋葉を攻撃しようとその距離を詰めた。

常人を遥かに超える速度で、三人が正面、左、右と3方向から襲いかかる。

その時、秋葉の髪が意思を持った蛇の様に3人に向かって伸びてくる。

左右に散った司祭はそれを何とか避けて、絡め取られるのを避けたが、正面から向かっていった司祭は紅い髪に絡め取られた。

そして、少女に睨まれると音もなく灰になり…やがて完全に消えた。

「な…な…」

恐怖で足がすくんで動かない一人の司祭に秋葉が一歩ずつ距離を詰める。

その歩き方は、警戒からは程遠い者であった。

まるで、春の野腹にピクニックに行くかのような軽い足取りで少女は歩み寄ってくる。

少なくとも、もう一人の司祭は足が竦み、ピクリとも動けずに秋葉の歩みに視線を奪われていた。

「貴様!!貴様貴様!!!!!」

埋葬機関の中で『槍』の異名を持つ司祭が異名通りの鋭い動きで秋葉の懐に飛び込もうとする。

秋葉は、かすかな笑みが片頬を持ち上げた。

次の瞬間にはまた一人司祭が完全に……消失した。

『潜在能力が違いすぎる……』

ただ一人残された司祭は、慄然として立ち尽くしていた。

彼も、秋葉の視線の一瞥だけでこの世から完全に消失した二人も、埋葬期間の一員として今まで死徒や異端などと戦ってきた百戦錬磨の猛者である。

その彼らをして、まるで相手にならない。

生物としてのポテンシャルそのものが絶望的なまでに差があった。

蹲る司祭のもとに秋葉がゆっくりと歩み寄る。

その動きを見ても少女は、なんら戦闘訓練を受けていないことがわかる。

その歩みからは、圧倒的な存在感と気品すら感じるが、敵の反撃には全く対応できそうにない、素人そのものの歩みだった。

「『敵』か……」

司祭が自虐的につぶやいた一言からは、そもそも自分達は彼女にとって、『敵』とすら認識されていないであろうことに対する苦衷が滲み出ていた。

自分が今までしてきた修行の数千倍の量を数千年し続けても追いつけない。

人間とは違いすぎる圧倒的に優れた生命体。

「アルクェイド・ブリュウンスタッドが……」

司祭は、自分が知っているもう一人の絶対の存在を秋葉に重ねた。

それは、この大地の恵を一身に受ける真組の中の真組と呼ばれる姫君

「アルクェイド・ブリュウンスタッドが白い吸血姫だとしたら、この少女は『紅の姫君』だ」

司祭が場違いな思考に身を投げ打っている間に、紅の姫君は真直ぐに、轟然と感じるほどに真直ぐに司祭の側までゆっくりと歩み寄り、足下に蹲る司祭を紅の瞳で見下した。

「さようなら……」



新月の闇夜の中で、3人が消滅した校庭で長い髪をなびかせて佇む秋葉は風に吹かれて立ち尽くしていた。


トクン…トクン…トクン…


かつては感じることが出来た、弱々しい、強く意識を集中しなければ感じ取れないほどに弱々しい秋葉とは別の命の鼓動。

「兄さん」

かつて志貴と『共有』していた命と言う名の絆。

その弱々しい鼓動だけが秋葉と志貴を繋ぐ糸だったのに、今はそれすらも感じられない。

秋葉は静かに涙を流した。

いつのまにか、風にたなびく長い髪は紅から黒に戻っていた。

「兄さん……貴方はもう……」

先ほどまでの轟然さのかけらも見えない、その場で崩れてしまいそうな繊細な少女は一人静かに涙を流した。


後書

このHP初の後書です。
やっと秋葉が出てきました。
更新滞っててすいません。
特に昔から待っていてくれた人はお待たせしました。
その人たちにとっては2年ぶりの更新ですからね、本当にお待たせしました。