《蒼と紅の交響曲(ソナタ)》
夕暮れの校庭
対峙する二つのシルエット
一陣の風が、長く美しい黒髪を撫でていく
鮮やか過ぎる夕暮れのせいだろうか?
その黒髪が……紅く染まって見える
「残念ですね」
冷然と目の前の人物を視界に収めて、秋葉は一言漏らした。
「私、貴女のこと嫌いでしたのよ」
視線と同じくらい鋭い、突き刺すような言葉にも、目の前の黒衣の人物は、まったく反応を見せなかった。
「でも、憎くは思っていなかったのですけれど。
所詮は貴女も、教会のイヌでしか無かったんですね」
蒼い瞳に何も映さずに、シエルは無言で黒鍵を抜いた。
「人に在らざりし者と魔を狩る者とは、所詮相容れることは無いということかしら?」
一層強い風が、ザワザワと木々を揺らした。
秋葉のその言葉を肯定するかのように、シエルは抜いた黒鍵を構えた。
いつの間にか夕日は空から姿を消し、虚空に浮かぶ三日月を背景にして、二人はぶつかった。
乱れ飛ぶ黒鍵の乱舞。
並みの敵ならば、それ一本で滅殺できる威力を誇る黒鍵、それが十本、二十本、三十本とまるで雨のように秋葉に向かって飛んでくる。
それを避けるたびに、違う方向から黒鍵の嵐が秋葉を襲った。
「『弓』の通称は伊達じゃないみたいね」
本来ミドルレンジの戦いは圧倒的に秋葉に分がある。
というか、この戦い自体、圧倒的に秋葉が有利なものなのだ。
それほどに潜在能力に格段の差がある。
もともと、敵を自分の視界に収めるだけで、必殺の攻撃を可能とする秋葉の『略奪』に対し、
ロアが死んだ今、もはや世界の修正による不死の身体をも失ったシエル。
いくら、埋葬機関の中で最も遠距離攻撃に優れた『弓』こと、第七司祭シエルでも、相手の目に一瞬も映らずに攻撃をするのは難しい。
まして、ここは一切視界を遮断する物の無い、浅上の広い校庭なのだ。
しかし、現状ではむしろ秋葉はシエルに翻弄されている。
超スピードで飛び交う黒鍵の群れから、目を離すことができない秋葉。
戦闘訓練すらまともに受けていない秋葉には、実戦を数多く潜り抜けてきたシエルとの経験差は、いかんともし難い。
空を覆う黒鍵を、右に左に躱す秋葉。
紅い髪を右に左に振乱すその姿は、剣舞を舞う乙女の様にも幻視された。
華麗に避け続けるも、如何せん飛来する数が多すぎる。
徐々に、しかし確実に、秋葉の身体にかする銀色の刀身の数は増していった。
秋葉の動きを先回りして黒鍵を投じているとしか思えない。
屋上からいつのまにか、一つの影が二人の闘いを俯瞰していた。
「・・・・・・なんて不様」
『この、障害物の無い四方から、黒鍵を投じられる場所で戦うのは不利ね』
秋葉は、たまらず無人の校舎に転がり込んだ
それこそがシエルの戦闘プランどおりの行動だとも気がつかずに。
「秋葉さんは、圧倒的に戦闘経験が足らな過ぎる」
シエルと秋葉、本来なら生物として圧倒的に秋葉が勝る。
シエルがロアの知識を用いて魔術を使えば話は別だが、シエルにとって、それを用いることは死にも勝る屈辱である。
故に一部を除いてはまず用いることは無い。
だからシエルは、今自分ができる最大限の攻撃を、容赦なく繰り広げることにしていた。
戦闘の時刻を、最も視界が利きずらい夜を選んだ。
問答無用の先制攻撃で秋葉に『障害物の無い場所は不利』、そう思わせることで視界の悪い校舎に追い込んだ。
そして・・・・・・
雲間から僅かにこぼれる、三日月の弱々しい光を受けてシエルの足元で鈍い光沢を放つもの。
転生批判を書き込まれた一角獣の角を基にした聖典。
第七司祭シエル、最強にして最後の武器
『第七聖典』が月光の下に所在無げに佇んでいた。
校舎に一歩足を踏み入れた瞬間に、シエルは言いようの無い違和感を感じた。
「暑い…いえ、熱すぎます」
廊下はまるで劫火に焼かれるかのように熱かった。
窓一枚隔てた外とは違う異界。
紅い繭に包まれたかのような結界。
シエルの蒼い瞳は確かに紅い髪が校舎を覆っているのを捉えた。
周囲に注意を払いながら秋葉の気配を探す。
「能力は優れていても、未だそれだけのようですね」
気配を隠そうともせずに秋葉は2階の教室に佇んでいた。
「私は貴女と違って本来争い事を好みませんから」
闇に反響するシエルの声に冷然と、そして悠然と返答する秋葉。
シエルの周りの大気が焦がされていく。
呼吸するたびにシエルの肺腑が焼かれていく。
秋葉を中心に、周りの空気が略奪されているのだ。
突如左の小指に痛みを覚える。
小指に絡みつく一房の髪。
即座に黒鍵で髪を断つ。
「そこですね」
0コンマ以下の刹那の時間、シエルの注意が秋葉から離れた瞬間を見逃さずに、秋葉が動いた。
「っちぃ!」
踊り場から降りるというよりも、堕ちるといった方が正しいほどの速度で、二階からその身を離すシエル。
僅かに魅(み)られたか、左腕からすでに感覚が失われていたが、かまっている余裕は無かった。
「私は・・・」
浅上の長い廊下を、まさに放たれた弓のような速度で疾駆するシエル。
「くっ!!」
右足首が奪われたようだ。
「誘い込んだつもりが・・・」
奪われた右足首のためにバランスを崩し、倒れこむように傍の部屋に転がり込む。
左腕と右足首はすでに役に立たない。
以前のシエルならば、例えどんな傷でも、忌まわしい身体が自ずと修復していった。
「自ら紅い蜘蛛の巣に囚われたらしい」
しかし、今のシエルはもはや不死ではない。
自ら不死を望むことは決してない。
常に死を望み、戦い続けたシエル。
しかし今は、今だけは死ぬわけにはいかない。
何故なら彼女が秋葉に倒されるという事は……
『遠野君』
それだけは避けなければいけない悲劇。
『私は秋葉さんを殺さなければいけないの』
カツーーンカツーン
相変わらず、気配も消さず、隙だらけの歩き方で秋葉が傲然と近づいてくる。
その瞳に魅られた者は魂までも奪われる。
高貴にして高慢
冷静にして冷酷
この世のすべてを奪いつくす気高き紅の姫君。
その威圧感はほんの少し前に、校庭でシエルに圧倒されていた時とは比べ物にならない。
僅かな経験で、別人のような成長を遂げている。
秋葉の周りに漂う陽炎のような熱気まで、今のシエルには見えた気がした。
『真祖にすら劣らないその潜在能力、覚醒させてしまったのは私のミス・・・か』
壁を隔てた廊下側で、ぴたりと秋葉の歩みが止まった。
ドキンドキンドキン
秋葉に居場所がばれないように、必死で気配を殺した。
ドキンドキンドキン
自分の心音が大きすぎて、秋葉に居場所が気がつかれるんではないだろうか?
そんな心配を知ってか知らずか、心臓はさらにヒートアップを繰り返す。
秋葉は動かない。
壁一枚隔てた向こう側でじっとしている。
一秒二秒・・・
ドキンドキンドキンドキンドキンドキンドキンドキンドキンドキン
秋葉はまだ動かない
ドキンドキンドキンドキンドキンドキンドキンドキンドキンドキンドキン
一分二分・・・・・・
呼吸すらも止めてシエルは、最後の策に備えた
ドキンドキンドキンドキンドキンドキンドキンドキンドキンドキンドキンドキン
一時間、二時間・・・・・・・・・
時間の感覚がおかしい、実際は数秒にも満たないのかもしれない時間が、シエルには無限の時間に感じられた。
ドキンドキンドキンドキンドキンドキンドキンドキンドキンドキンドキンドキンドキン
ドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキ
カツン
カツンカツンカツン
秋葉の気配が遠ざかっていく。
シエルが最後の力を振り絞る。
完全に自らの気配を絶ち、秋葉の背後に立った。
痛んだ右足を酷使して、壁を駆け、天井を駈った。
第七聖典を音も無く構え、天を翔けた勢いそのままに、身体ごとぶつかり秋葉を貫く。
『さよなら秋葉さん、私は貴女が・・・・・・好きでした。
不器用で、でも真直ぐ志貴君を見つめる貴女の瞳が。
だからこそ、志貴君に貴女を殺させるわけには行かない』
蒼い瞳が苛烈で、そして悲しい色を帯びる。
その瞳には、紅の姫君の無防備な背中が移っていた。
−−−−3日前、バチカン
「シエル、シエル知ってるかい?」
突然メレム・ソロモンがシエルの私室を訪ねてきた。
眉を曇らせて、露骨に迷惑そうな顔をメレムに向ける。
「あれれれ、そんな顔をしていて良いのかな?
取って置きの情報を教えないよ」
他の司祭の前では見せない、屈託の無い子供のようなメレムの本性。
まるで少年が、成功した悪戯を誇るかのような眼差しで、シエルの瞳を覗き込んできた。
「何だというのです、メレム。
私は現在、ひどく苛立っているのです。
殺されたくなければ消えてください」
本気だった。
シエルの体から、ゆらりと殺気の靄が漂っている。
「それは、愛しの第0司祭が原因かい?」
シエルの殺気を全く意に介さずに、無邪気に・・・そう、虫を殺す少年の無邪気さでメレムはシエルの心を貫いた。
蒼い瞳が苛烈なまでに殺気を放ち、メレムの顔を穿った。
異形の者ですら、怯え恐慌を来たすよな殺意の視線を、メレムは平然と見返していた。
「そんなに大事な人間ならなおさらだよ、今ならまだ間に合うと思うけど」
「何がいいたいんです?」
「わざわざ僕の口から言わなくても、自覚してるだろ?
それよりも、いい加減睨まないで欲しいな。
いつまでも君の殺気を叩きつけられているのは、さすがの僕でも辛いんだけど」
言葉とは裏腹に、汗一つ掻かずに涼しい顔をしているメレム。
メレムを締め付けるように、あたりに漂っていた殺意が消えて、重い空気も霧散した。
「ああ〜、楽になった」
「メレム」
大きくも無く、鋭くも無いが、その冷たく乾いた声からは、真摯な響きを感じた。
「第0司祭が日本に行ったよ」
「・・・・・・・・・・・・」
「君は良いの?」
「・・・・・・・・・何がです?」
「ここにいて・・・・・・良いのかい?」
無言で立ち尽くすシエルを、あくまで揶揄するようにメレムは独り言を続けた。
「愛し合う二人が殺しあう。
ドラマだねぇ、もっとも自然といえば自然だよね?
魔を狩る一族の最後の生き残りの少年と、その一族を滅ぼした、その血に魔を秘める一族の頭首である少女、しかも義理の兄妹って言うんだからさ、悲劇を通り越して、なんだか喜劇じみてさえいる」
「何が言いたいんです、私に何をさせたいんです!!?」
苛立たしそうに叫ぶシエルと対照的に、呟くよりも微かに「・・・君はどうしたいの?」と、唇が動いた。
「君にとって、最も望まないことはなんだい?」
メレムの言葉に未だに何にも反駁できないシエル。
「貴方の狙いは何なんです、メレム?」
「ロアは死んだ、もはや不死ではない、望んでいた「死」を得た。
そんな君が何を望み生きていくのか?すごく興味があったんだよ」
メレムはシエルに背を向けて歩きだした。
「・・・つまりね、僕は結構君の事が気に入っているんだ」
そう言葉を残して、もう振返らず、部屋から去っていくメレム。
「私は貴方が嫌いです。
・・・・・・でも、お礼だけは言っておきます、癪ですが借りにしておいてください」
そして、彼女は日本に向かった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・志貴に秋葉を殺させないために。
『私は志貴君がどれだけ秋葉さんを大切にしていたか、守ろうとしたかを知っている』
四季との戦いの前の、志貴とのやり取りを思い出す。
秋葉を見捨てた自分を睨みつける死を識る瞳。
いつもの温厚さは欠片も無い。
それだけ彼女が大切なんだと、シエルの胸がチクリと痛んだ。
『遠野志貴はさ、自分以上に遠野秋葉のコトが大切なんだって』
そんな志貴に、秋葉を手にかけさせることだけはさせたくない。
志貴に恨まれても、秋葉に祟られても、神に罰せられようとも、
・・・・・・・・・例えシエル、自らの手で秋葉を殺すことになろうとも・・・
そして今、秋葉の無防備な背中に第七聖典が突き刺さる。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はずだった。
「貴女より私のほうが、この学校について詳しかったみたいね」
あと、数ミリのところで第七聖典は止まっている。
いや、シエルの体自体が完全に止まっていた。
普通の人の目には、シエルの体が空中に浮いているように見えるだろう。
しかしシエルの目にははっきりと映っていた、自分の身体を捕らえる紅い蜘蛛の巣が。
「この廊下の突き当りには大きな姿見があるんです」
鏡越しに秋葉と目が合った。
「残念ですね、シエルさん。
今までの方とは比較にならないくらい強かったのはさすがですけど」
ギリギリと腕を締め付けられて第七聖典が腕からこぼれた。
床と接吻を交わした聖典から鈍い音が響く。
「何でこんなことをなさったのか?
理由を説明していただけますか?先輩」
悠然とシエルに一歩近づく秋葉。
『・・・やはり素人』
「話しすらしていただけないんですね」
『もう勝った気でいるのか』
突然、シエルの身体が爆ぜた。
自らの左手を引きちぎり、懐のナイフを握ったまま身体ごと秋葉に激突する。
捕らえられた肉体のあちこちがキィィィィンという音とともに、略奪されていく。
しかしシエルの肉体、すべてを消しつくすことは出来ない。
ナイフは秋葉の左胸−心臓−の位置に滑る様に吸い込まれていった。
『なんて不様な・・・』
空に浮かぶ三日月はまるで何かを嘲笑うかのように見えた。
魔術師の戯言
はっはっはっはっはっはっはっは、なんかもうシエル主役だよね、これ。
ずぅぅぅぅぅぅぅぅぅっと、そんな事は無いって言い聞かせてきたけど、もう自分をだますのは限界だよママン。
寝てる間に、カレー魔人に暗示でもかけられたんかな?俺・・・・。
んで、今回の話はシエルVS秋葉のガチンコ勝負です
二人の闘いの結末どうなるのか?
シエルの思惑はどこにあるのか?
秋葉が主役だと思っている人が何人居るのか?
請うご期待!!!!
かんそうよろしく〜〜