MissMoonlight

≪月の残光≫

 

12日後 深夜の高町家

 

「ただいま…」

「あれ〜、恭ちゃん早かったね…。今度の『仕事』って、2週間じゃなかったの?」

「その予定だったんだが、思った以上に早く片が付いてな…。」

「でも、当然と言えば当然じゃない?

恭ちゃんとリスティさんが香港警防隊に協力するんでしょ?

むしろ10日以上守った組織の方に驚いちゃうよ」

「いや、相手も結構凄腕の敵だったんだが…。

今回は味方の人間に驚くべく達人が多すぎて…」

「詳しく聞きたいな…」

「まずリスティさん。そのリスティさんの妹のセルフィさん。

この二人と本気で闘ったら、負けないまでも勝てる気がしないな…。

そしてもっと強いと思われる人が…」

「え?あの二人よりも?やっぱりHGSの人?」

「いや…、違う。

正直、御神の剣士として未完成な俺では勝てないかもしれないな…。

本気で実力を出し切ったお前なら互角以上の闘いができるだろうが…」

「恭ちゃんが?その人何物なの?」

「警防隊の隊長 陣内 啓吾さん。

しかも恐ろしい事に、実は初代のさざなみ寮の管理人さん」

「えっ?世の中狭いね…」

「全くだ…」

「で?こんなに慌てて帰ってきた理由は?」

「店が人手不足な気がして…」

「……そんな理由?」

少し呆れ気味の美由希に

「なんだよその顔は…」

と、軽く拳骨で小突くと恭也は明日に備えて眠ってしまった。


 

 

「おはよう、海路さん」

「あれ、恭也さん?今日まで旅行じゃなかったんですか?」

「お店が心配で早く帰って着てしまいました」

「助かります〜。でも私ってそんなに頼りないですか?」

「そう言う意味じゃなくて…一人でフロアーの仕事するのは大変だと思って…」

「優しいですよね…恭也さんて…」

「……………」

恭也がなにか言おうと、しかし何を言ったらいいのか困惑していた所に、

救いのベルがなった。


カラ〜ン


客の来訪を告げるベルである。

「あ…じゃあ、

俺厨房からできたてのシュークリームを取ってくるから注文聞いておいて…」

 

厨房からトレイ一杯のシュークリームを抱えて恭也が戻ってくると、

丁度先ほどの客と会話する偲の姿が有った。

「あ、いらっしゃいませ。

本日も翠屋特性シュークリームとスペシャルハーブティーですか?」

「う〜ん今日は…」

年齢は大人びて見えるが恐らくは、ほぼ同年代であろう。

腰まで届かんばかりの長い髪。

冷たさを感じさせるほどに整った美しい顔。

まるで月光の様に透き通るような透明感を感じさせる白い肌。

男なら、必ず見とれてしまうであろうほどに美しい客であった。

しかし、恭也はただ美しいから見とれていたわけではない。


『何か、何処かで、会ったような、』


その客と視線が合う

客もまた驚愕の表情をしていた。


『やっぱり俺はこの子を知っている…?』


そう思い、恭也は声をかけようと思った…。

 

「あの、すいません…」

 

しかし、間が悪いことに他の客から注文が入ってしまった。

 

接客をしながら、チラリチラリとさっきの綺麗な客の方を見る。

客はじっと英字新聞を読んでいる。

しかし、それがフェイクであることは一目瞭然だった。

なぜならその新聞はさかさまだったのだから…。

「5番テーブルの注文上がったわよ〜」

厨房から、桃子の声がした。

「海路さん…。5番は俺が行っても良いかな?」

「えっ…!?別に…良いけど…」

すでに5番テーブルの客に釘付けになっている恭也は、

偲の哀しそうな顔に気が付かなかった。


5番テーブルの客はもちろんさっきの綺麗な少女。

『初めて見たな…、お客様に対して、あんな風な表情をする恭也君…。

ううん…。お客様だけじゃなくて学校でも見たこと無いよ…。

あんな表情で女性を見る恭也君なんて…』

 

 恭也は、トレイにマドラーやミルク、砂糖などを用意して運ぼうとしていた。

「まって、恭也君…」

偲は、5番の客は砂糖は無し、その代わりミルクは3つ。

と言う客の嗜好を恭也に伝えようと呼びとめた。しかし……

「何…?」

と振り向いた恭也のトレイには砂糖は無しでミルクが3つきちんと乗せられていた。

「…ううん…、何でも無い。ごめんね…急に呼びとめて」

と言う偲に不思議そうにしながらも恭也は客に注文を届けに行った。

 

「お待たせいたしました…お客様」

そう言って客にトレイを渡す恭也。

それに対して客の方は

「ありがとう」

とだけ、呟いて一瞬だけ恭也の方に視線を流す。

一瞬だけ重なった女性の視線は…酷く哀しい色をしていた。

 

ズキン…………ズキン………ズキン……

突然恭也の脇腹の古傷が痛み出す。

ズキン…ズキンズキン

しかも段々間隔が短くなってきている。

ズキズキズキズキズキズキズキ

何時の間にか脇腹だけでなく、頭も激しい痛みを訴えていた。

『この瞳を俺は知っている…?』

激しい痛みの中で、何故か恭也はそう思った。

しかし、頭と脇腹の痛みはもはや恭也に立っている事さえも許さなかった。

クラン……

恭也は自分の周りの風景が音も無く暗闇に飲みこまれていくのを感じていた……。

 


 

恭也がゆっくりと目を覚ます…

溢れるほどの光の中で自分を見下ろす女性…

美しい顔は幸せそうな笑顔で彩られ、一瞬恭也には光の中に佇む天使にすら見えた…。

「あ…おはよう恭也…」

そう言って微笑む女性に

「俺は…眠っていたのか…?忍…」

そう言って膝枕してもらっていた膝から頭を上げる…

「うん…、お昼を食べ終わったらそのまま…」

「昨日は少し寝たのが遅かったからな…」

「また美由希ちゃんの稽古で…?」

「ああ…、もう少しだな…。あいつが俺を越えるまでに…」

「そっか…凄いね、美由希ちゃん…」

「あいつは天才でも、なんでも無い。しかし、あいつは本物だ…。

どんなに辛い事も難しい事も必ず物にしてきた。

愚直なまでに時間を掛けながら、繰り返し繰り返し反復して習得していった…」

「恭也嬉しそうだね…、なのにほんの少しだけ哀しそう…」

「剣士としては…少し哀しい…かな。

誰よりも強く有りたいと思う気持ちは俺にも当然あるからな…。

しかし、師匠として…そして兄としては…嬉しく無い事も無い…」

「もう…、素直に嬉しいって言えばいいのに…。

私が妬いちゃうくらい、美由希ちゃんの成長を嬉しそうに話すのに…」

そう言って、頬を少し膨らませてプイッと横を向いてしまった忍に

恭也はゆっくりと懐から取り出した物を手渡す…。

「プレゼントなんかに釣られないからねっ!!」

口ではそう言いながらもいそいそと包みを外す忍であった。

なんだかんだ言っても、恭也からプレゼントを貰ったのが嬉しいのだろう

声が弾んでいる…。

包みから出てきたのは小さな小箱…

小箱を開けると中から出てきたのは……

紅いスタールビーを中心に据えたシルバーリング

「恭也…これは…?」

「…指輪だと思うが…」

そう言いながら恭也は、忍の白魚の様に細く白くしなやかな指に自分の手で指輪をはめる。

「ピッタリだったな…」

その恭也の言葉のとおりに指輪は忍の指にピッタリだった…。

 

「恭也…」

そう言って唇を合せた忍の薬指には真紅に輝く婚約指輪が存在を主張していた。

そう…、まるで忍が生まれたその日から、忍の指に恭也からはめられられる為に存在していたかの様に…

 

恭也の耳にざわめきが聞こえる、

ゆっくりと眼を開けると、自分の顔を見下ろす様に偲が心配そうな顔を見せていた…。

「よかった!!!恭也君が目を覚ましてくれて…」

余程心配していたのだろう…

その声は震え、瞳には涙が溢れている…。

その横から、桃子がガバッと抱きついて来ながら…

「もう!!あんた無理しすぎよ…。

昨日『仕事』から帰ってきたばっかりなのに…。

お店も大切だし心配してくれるのは嬉しいけど、それで恭也が無理して倒れたら、
母さん悲しくてどうしたら良いかわからなくなっちゃうじゃない…」

そういって、心配そうに恭也をしかる…。

 

そんな二人の様子を見ながら先程の5番テーブルの客が

「大丈夫みたいですね…、失礼します。ご馳走様でした…」

そう言って、恭也の横から離れていこうとする

その薬指には、真紅のルビーが寂しそうな光を放っていた…。

「しのぶ…」

恭也は客に何故かそう呼びかけた。

「やだ…恭也君たら…。急に私のこと呼び捨てにしてくれて…」

そう言って、少し恥ずかしそうに頬を染めながら会計のためにレジに向かう偲の姿の横で、
会計しようと財布を出した客が、一瞬ビクッと反応した様に見えたのは恭也の気のせいなのだろうか…。

 

 

 結局もう平気だと言い張る恭也を店長権限で強制退店させられたために恭也は著しく暇であった…。

盆栽の手入れ、愛刀八景の手入れ、部屋の掃除などの暇つぶしもすべて終えてしまいやることもない…。

仕方なく縁側にて昼寝をする事にする。

春から夏に掛けての独特の爽やかな風が恭也の頬を撫でる…。

恭也の脳裏に浮かぶのは例の夢の女性の事…

「いったい貴女は俺のなんなのだろうか?」

口に出して呟いて見る…。

名前も知らない、会った事も無い、もちろん親しく言葉を交わした事も無い女性のはずなのに…

「なんで、夢の中で俺は貴女を忍と呼び、まるで恋人の様に振舞っているのだろうか…」

ズキン………ズキン……ズキン…

「またか…」

苦痛に顔を歪ませながら恭也は古傷を服の上からそっと撫でる…

 

少しづつ痛みが引いて行き、それに比例して恭也は眠りの中に埋没していく。

 


 

 

「無理よ!!!恭也…。

いくらレプリカとは言え、オートマター相手に只の人間である恭也が闘うなんて…!!」

「大丈夫だ…御神の剣は必ず勝つ…」

 

そういいながらレプリカと対峙する。

『何かが…以前とは違う…』

恭也の剣士としての直感がそう告げていた。

 

ヒュッ…

イレインが一直線に恭也に向かって移動する。

「速い…」

以前、オリジナルイレインが月村邸を襲った時に、恭也は傷つきながらも二体のレプリカを破壊している。

しかし、その時とは比較にもならないほどのスピードだった。

8メートルは有ったであろう距離を一瞬で詰め寄ると、レプリカは右袈裟に恭也にブレードで切りつける。

それを、恭也は軽く後にバックステップで避ける。

 

「以前よりは速いと言っても…御神の剣士の前では大差は無い…」

ブレードを矢継ぎ早に繰り広げてくるレプリカ。

右袈裟に切り下ろした右のブレードを返す刀でそのまま左横薙ぎに払い

その遠心力を生かして右の回し蹴りを恭也の側頭部に叩きつける。

そんなレプリカの攻撃の嵐の中を舞うように受け、流し、避ける。

「信じられない…、私が目で追うのがやっとだなんて…」

夜の一族の忍でさえ、目で追うのがやっとの動きを恭也は汗一つかかずに

行って見せた。

全体重を込めた回し蹴りを左手で受け、それを勢いに逆らわずに受け流す。

そしてバランスが崩れたレプリカに向かって斬撃をくりだす。

「御神流 奥義之六 薙旋」

 

最も得意な奥義を放った恭也、しかしその一瞬後に地面に崩れ落ちたのは恭也の方であった。

「恭也〜〜〜〜〜!!!」

身体を雷に打たれたかのような痺れが襲う…。

レプリカの右腕に存在しているのは…

 

「あれは…『静かなる蛇』!!」

かつて、オリジナルにのみ付いていたイレインの最強の武器が確かに今、目の前に存在していた。

本来ならば人間の恭也なら直撃を食らえば死は免れない威力がある。

奥義を繰り出す瞬間に一瞬速くその存在に気が付いた恭也が、神速で直撃を避け、かすっただけで済んだために
今恭也は生きているのである…。

しかし逆を言えば、かすっただけでも恭也を重症にさせるほどの威力があると言う事である…。

もはや、痺れで動けない恭也を無視してレプリカはターゲットであるゆっくりと忍に近づいていく。

一方の忍は一歩も動かない。

恐怖で動けないのではない、自分の大切な人を傷付けたレプリカに対する怒りで動かないのだ…。

しかし、その怒りはまた冷静な判断力も忍から奪ってしまっていた。

恭也が勝てなかった相手に忍が勝てるはずは無い。

体力、筋力、持久力、その他あらゆる身体的な能力で忍は恭也を遥かに凌駕するだろう。

しかし所詮は鍛えられていない、闘いに関しては只の素人である。

言わば磨かれていない宝石の原石のような物だ…。

そんな事すら判断できないほどに忍は怒りで我を忘れていた。

レプリカを映す忍の瞳は薬指のルビーよりも一層鮮やかな紅。

レプリカは最高速度で一気に忍との距離を詰める。

そして無機質な光を放ち唸りを上げて迫るブレード…

そんな一連の動きを忍はまるでスローモーションの様に瞳に映していた。

しかし、素人の悲しさか一向に身体は反応しない…。

そして自分にブレードが刺さると思った瞬間に、黒い疾風が自分を包み込んだのを感じた…。

 

その正体は、恭也であった。

神速で一瞬でイレインのブレードから忍を守るように己の身を盾として投げ出し、カウンターでレプリカの右腕に小太刀を突き刺す。

レプリカの右腕を破壊する事で『静かなる蛇』を封じる。

しかしその代償は高くついた…。

深深と恭也の脇腹に突き刺さるブレード…

恭也の漆黒のシャツをさらにどす黒く染め上げながら血液は体外に流れ続ける。

それでも恭也は微動だにせぬままにレプリカに向かい剣を構え続けている。

しかし恭也は既に限界であったのだろう…

戦況不利と判断したレプリカが退却した瞬間に恭也もまた静かに大地に倒れ込んで行った…。

 

 

 次に恭也が目を覚ました時に、ベッドの傍らで忍は眠っていた。

忍の手は強く恭也の手を握り、顔は涙のあとで濡れていた。

その涙のあとが目立つ忍の顔を優しく撫でると忍が目を覚ました

「あ…、恭也…。目を覚ましたんだ…よかった…」

そう言って抱きついて来る…。

そして

「なんであんな無茶するの!!」

思いっきり怒鳴った。

その声が脇腹の傷に響いて思わず顔を歪める。

「あ…、脇腹の傷…痛いの?」

忍が今度は心配そうに声をかけてきた。

「痛くないよ…」

そういって、恭也は忍を安心させる様に微笑んで見せた。

しかし、流れる脂汗の量がその痛みを如実に物語っている。

「ごめんね…恭也…私のために…」

そう言って哀しそうな顔をする忍を優しく撫でながら

「御神の剣は守る者の為の剣だから…。

俺は忍を守るためにいくらでも傷つこう…

いくらでも強くもなろう…

あなたが横で微笑んでくれる限り…」

「私なんかの為に傷つかないでよ…」

「大丈夫…俺は必ず忍を護って見せる…」

しかし、忍は相変わらず哀しそうな顔をしているので…。

「貴女のために生き…そして護りぬく事をこの傷に誓うよ…。

この傷は勲章だから…、イレインが最初にここを襲って来た時に

俺は忍の大切な家族であり、俺にとっても大切な人間であるノエルさんを護れなかったから…

俺は今日初めて大切な女性(ひと)を護る事が出来たんだ…

だからこれは俺にとっては勲章なんだ…」

 

 

「……………夢か…」

恭也が縁側で昼寝を始めてからすでに6時間は過ぎているのだろうか。

空は暗くなり、月が浮かんでいた。

 

月、傷、夢、勲章……………… 

何か大切な事を忘れている…

そして思い出し始めている…

恭也はまるで思い出す事を阻む様に襲ってくる頭痛の中で記憶の核心に近づいていってる事を感じていた…。