MissMoonlight


《月夜の桜》

 

 

偲の家から帰る途中、街灯の下で佇む女性。

暗くて、顔ははっきり見えない。

しかし、何故かその視線は自分に射るように向けられている気がした。

一瞬、声をかけようかどうか迷った。

その女性が自分を見ていると言うのがただの勘違いで、ナンパなどと思われるのが嫌だったからだ。

 

しかし、恭也は結局声をかけた。

その、射るような視線に見覚えがあったから。

『見覚え?顔も見えないのに…か?』

自分の考えに首を傾げる

 

「何かご用ですか?」

考えのまとまらない内に、すでに声をかけていた。

 

声をかけてから恭也は思わず、はっとした。

街灯の薄暗い光りに照らされた、目の前の女性は……美しかった。

キラキラとした錦糸のような髪が背中のあたりまで伸びていた。

息を呑むほどに整ったその顔には不似合いなほどの鋭い視線。

普通の人間だったら、その視線に曝されているだけですでに拷問に近い物があるだろう。

「恭也君…」

針のような視線が、急に哀しげな物に変わる。

 

『似ている!!』

 

恭也の脊髄に雷光のような光りが貫く様に通りぬけた。

目の前の女性は…夢に出てくる、少女によく似ている。

「貴女は…俺を知って…?

俺は…、貴女を知っているはず…」

熱病に侵されたかのように、独り言を呟く恭也に女性は何も答えずに闇の中に静かに消えた…。

 

一人残された恭也の上で、蕾を開き始めた桜の花が街灯に照らされていた。

 

 

―――――花見当日―――

 

 

 偲が、高町家の玄関に緊張した面持ちで佇んでいた。

「おお、偲…さん」

恭也が、昨日の別れ際の偲の一言を気にしてか、初めて恭也が偲の事を下の名前で呼んだ。

たった、それだけの事だが偲は物凄く嬉しそうに微笑んだ…。

その笑顔は、恭也ですら惹きこまれてしまいそうになる物であった…。

「家族に紹介するから…上がって」

『家族に紹介』…その言葉を、ほんの少し意識してしまう偲であった。

それは、恭也が初めて自分を下の名前で呼んでくれた事から来る浮かれた気持であったのかもしれない。

 

台所で晶、レン、リビングでなのはと一緒に居た久遠に偲を紹介する。

 

「この方が海中でも有名な海路先輩ですか…」

「お師匠も隅に置けませんな〜〜」

「お兄ちゃん、すっご〜〜い」

と、偲を見て思い思いの感想を洩らす。

3人は、明かに偲と恭也の関係を勘違いしていた。

 

それと言うのも昨晩の桃子の一言に原因がある。

「明日ね〜、恭也のお嫁さん候補がね、お花見の場所を提供してくれるから…」

「……かーさん。いい加減な事を言うのはどうかと…」

そう、控えめに反論する恭也など誰も見向きもしない。

「ほんまですか?桃子ちゃん!!?」

「どんな人なんです?」

「お兄ちゃん、結婚するの?」

と、桃子を煽るような事を言う3人。

そして…

「ほえ〜〜〜」

と、あんまりの言葉に放心状態に陥っている美由希が居た。

 

「三人とも何か勘違いしていないか?

偲とは、お前らが期待しているような関係では…って聞いてないな。

仕方が無い、ほっておいていくか、偲」

そう言って、恭也は庭に偲を案内していった。

「え?高町君…庭に道場があるんだ…」

「ああ」

 

カカカカーーーーーン!!!

ガン!!ガッ!!

眼を見開いて驚く偲の耳に、道場から打ち合いの音が響く。

「誰か、道場に居るの?」

「覗いて見ますか?」

「ええ…」

そう言って、偲を連れて恭也は道場に向かう。

 

「あれ、恭也さんと…海路先輩こんにちわ」

中から、那美が出てきた。

「あら、神咲さん。こんにちわ…」

那美への挨拶もそこそこに、急いで道場の中に入る。

そこでは……

 

 

赤星と誰かが打ち合っている姿が目に映った。

「信じられない・・赤星君が圧されてるの?」

偲の言う通り、赤星相手に圧倒的な速度で打ちこみを入れる小柄な影。

目にも止まらない速度で、左右から物凄い剣を振るっていた。

赤星が、やや強引に刺突を繰り出すも、紙一重でひらりとかわす。

そして、赤星の引き手と同じかそれ以上の速度で赤星の懐に潜り横薙ぎに一閃。篭手を叩いた。

「勝負ありです」

那美が、宣言するまでも無く赤星の完全なる敗北だった。

「赤星君?」

「あれ、海路か。どうした、そんな鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして」

負けた赤星は、見ていた偲の十分の一も衝撃を受けていない。

「どうしたんだ?じゃないわよ。赤星君が負けるところを見るなんて去年の全日本の準決勝以来よ」

信じられ無い物を見たとでも言いたげに、偲が赤星に話しかける。

 

「勇吾さん、ありがとうございました」

そこに、汗を吹きながら美由希が勇吾のもとにやってきた。

「ああ、美由希ちゃん。また強くなちゃったね…。

もう俺じゃあ、勝負にもならないな」

「そんな事無いですよ…」

「あなた…が赤星君に勝ったの?」

「ふえ?あ…ハイ…一応」

「調度良い、美由希ちゃん紹介するよ。

彼女は海路偲。剣道部の元主将の…」

赤星が、紹介を終える前に偲は美由希に機関銃の様に話しかけていた。

「あなた何物?赤星君が適わないほどの剣椀を持ってるなんて…?」

「いや、海路。美由希ちゃんが何者かどうか今説明しているところだったのだが…」

赤星が苦笑しながら、偲に話しかける。

「彼女は高町美由希ちゃん。今は海鳴の二年生だ」

「海鳴の…?赤星君彼女とはどういう知り合いなの?

何でこれほどの逸材を知っていて、剣道部にスカウトしてくれなかったのよ…。

彼女がいれば女子の全国優勝も夢じゃなかったかもしれないのに…」

今度は、赤星に向かった喋り続けている。

「・・・ん。高町…って…。まさか?」

偲はようやく、恭也との共通点を見出していた。

「はい、私そこにいる高町恭也の妹です」

美由希が、先回りして自分から話す。

「一応俺も美由希ちゃんも恭也も勧誘したんだがな…」

赤星が、チラリと恭也に向けて視線を送りながら偲に言い訳をする。

「もしかして、高町君も強いの…?」

偲の質問に、美由希は控えめに答えた。

「恭ちゃんは私よりも強いです。

何て言っても私の師匠ですから…」

 

しかし、美由希のこの発言は多分に誤りが含まれている。

免許皆伝を果たした今、美由希の実力は恭也ともはや大差は無い。

と言うか、純粋な剣の実力ならすでに超えているだろう。

今はまだ経験等の差で、互角な闘いが出きる恭也も、やがて自分が美由希に負ける事は良く知っている。

そして、もはやその日がそう遠く無い事も…。

 

 

 

そして、花見に向かいながら恭也は偲に自分たちの剣について軽く話した。

もちろん全てを話すわけにはいかない。

あくまで、表向きの話ではあるが…。

 

そして。偲が提供してくれた満開の桜が咲き誇る湖の湖畔に到着した。

「うわ〜〜!!綺麗ね〜」

桃子の嬉しそうな声が木魂する。

「桃子さん感激!!ありがとう偲ちゃん」

そう言って、偲に抱きつく桃子。

 

パキ―――――――――――――ン……

 

恭也の頭に今と同じ光景を以前見たようなデ・ジャビュに捕らわれた。

『デ・ジャビュ?違う…見たのは1年前なんじゃあ…』

 

ズキンズキンズキン…

 

記憶の再構築を阻む様に襲ってくる頭痛がかえって、恭也の確信を高めた。

『そうだ…。最近、ここ1年前から半年前のことを思い出そうとすると必ず襲ってくる頭痛。

夢の中で見るおぼろげな過去の記憶。

時々フッと頭をよぎる不思議な思い出…

それに必ずと言って良いほど絡んでくる忍と言う少女』

 

「どうかしたの…?」

思考の流れに身を任せる恭也の前に心配そうな偲の顔がある。

「いや…何でも無いんだ。偲…」

そう言って、笑顔を作る恭也。

「…そう?」

何とも言えない寂しそうな表情を見せる偲。

 

「勇にい?」

晶の訝しげな視線に気が付き、いつもの微笑を湛えた笑顔に戻る勇吾。

「勇にい…どうか…」

晶が何かを言いきる前に

「桃子さん!!俺しかお酒の相手を出来る奴がいませんからね!!!

潰れるまで付合いますから安心してください!!」

そんな事を言いながら、桃子の傍まで行ってしまった。

まるで晶の質問から逃げる様に…

 

「勇にい…まさか…な」

晶の視線が今だ恭也を心配そうに見つめている偲の顔を斜めに横切った。

 

一方の桃子は、

「そうなのよ〜!!今年はフィアッセもいないからね…

勇吾君しかお酒の相手をしてくれる子が居ないのよ〜」

と、早くも勇吾の杯に並々と酒を注いでいた。

「もう、かーさん今年はホドホドにね…。

去年はフィアッセと二人で潰れてて恭ちゃんだけじゃなくて勇吾さんをまきこんで二人を担いで帰るの大変だったんだから…」

「大丈夫よ〜!今年は勇吾君が潰れても数が少ないから恭也が一人で運んでくれるから!!」

 

その言葉に恭也はまたも軽い違和感を覚える。

桃子の言うとうり恭也は去年、酔っ払いを二人支えて帰宅した覚えがある。

そして、抱えきれない桃子を飲んではいてもしっかりと理性を失っていない赤星に任せたのだった。

 

『おかしい…』

恭也は二人を支えていた。

そして赤星は桃子を支えていた。

去年の花見で酒を飲んでいたのは桃子とフィアッセ、それに勇吾だけだと桃子はさっき言った。

それでは、恭也が支えて居たもう一人は誰だと言うのか?

 

誰かを見落としている…

 

そんな思いがここでも恭也の内側から涌き出てくる。

今はもうその姿もおぼろげに思い出せるようになりつつある。

それは…あの夢に出て来る『忍』と言う少女では無いのか…

 

「恭也君?」

またも、だんまりとして思考の海に身を投じた恭也に偲が声をかける。

「すまない、少しこのへんを散歩してくる」

そう言って、恭也は桜吹雪の中に身を任せていった。

 

 

 

 

色々な事を考えながら歩く。

 

今はもう自分と夢に出てくる少女に何らかの関係があった事は確信していた。

 

しかし、どのような関係なのか?

どうして忘れているのか?

それがどおしても思い出せない。

 

「大切だったはずなのに…」

 

思わず洩らした独り言に思わぬ返答が帰ってくる。

 

「そうね、大切にして居る。貴方はそう言っていたわね…」

いつぞやの夜の美女が恭也の目の前に立っていた。

『やはり…似ている…』

何度見ても…見れば見るほど…夢の中の少女に良く似た瞳をしていた。

「貴女は…誰です?」

 

「『あの子は…なかなか人を好きにならないけど…一度好きになると一途だから…』
『裏切らないであげてね…』そう言ったのに…」

恭也の質問には答えずに、相変らず憂いを含んだ瞳を恭也に真直ぐに向けて彼女は、語りかけた。

「あの子は…私と違って純潔だから…。

暗示などの操作は私よりも数段上手いけれど…

それでも…あなたたちの絆なら…そう思ったのは私の独り善がりだった見たいね…」

言葉とは違い、恭也を見る眼に非難の色は見えない。

ただ、『諦め』…そんな感じの感情に染められた瞳をしていた。

 

「さよなら…恭也君…」

言外にもう二度と会う事は無いけれど…

そんな意味合いが込められて居るように恭也には感じられた。

 

舞い散る桜が彼女の姿を隠していく。

桜の花と同じ色をした髪は、一瞬ごとに彼女の姿を回りの景色と同化させていく。

 

 

何故か恭也の頭に別の記憶が浮かび上がった。

 

「恭也…」

 

それは、誰の言葉だろうか…

 

「今までありがとうね…」

 

哀しげなメロディが切々と奏でられている記憶。

 

「恭也……」

 

映像など記憶に残っていない。

 

「明日になればあなたは全てを忘れてしまうけど、私は…私は絶対忘れないから…」

 

それは脳などよりももっと体の深いところ…

 

「私と生涯、供に在る事を誓ってくれたのに、あなたの記憶を消す事になるなんて、皮肉ね…。」

 

体を流れる血液の記憶と言うか、身体を構成する何億もの細胞の記憶と言うか…

 

ただ、切々と奏でられるメロディには…

今の女性と同じく…

『二度と会えない…』

そんな意味が込められている気がした…。

 

 

 

もう、ほとんどわからないほどに桜と同化した女性が不意に一度だけ振り向いた気がした。

その女性の記憶が『桜』に埋もれていく。

ただ、振り向いたその表情だけがひどく印象的で…

 

 

パキーーーン

 

恭也の中で、何かが弾けた。

舞い散る桜の中で一度だけ振り向いた背中に一言だけ投げかけた。

「さくらさん…」

 

そうたった一言だけ…