民家の明かりもほとんど消え、街はまるで深海のように静か。
廃墟のような生気の無さは、街その物が、今冬木に起こっておる異常事態を察しているためか。

空に輝く月すらも何処か朧気で、まるで、乏しい明かりの中を歩く4人の男女の行く末の不確かさを、予兆しているようにも見えた。
そんな自分の根拠の無い弱気を苦笑し、気を紛らわせるように時計を見る。

「午前3時過ぎ、草木も眠る丑三つ時か・・・」

どうにも、タイミング良く滅入る時間になるものだ。

「リン、アルデバランか!?」

「はぁ!?」

今にも背中に背負ったパンドラボックスから、クロスを装着しかねない緊迫感を伴った我がサーヴァントを見る。
凛を庇うように一歩前に出て、周囲を警戒するアーチャーに思わず笑いがこぼれる。

「違うわよ、アーチャー」

「何!?だが、今牛が3つとか、言わなかったか」

「時間よ、時間の話」

ほら、と、腕時計を見せる。

「昔の日本の時刻の表現でね、午前3時を丑三つって言ったわけ。
で、午前3時なんて深夜もいいとこでしょ?
だから、丑三つ時っていうのは、幽霊なりなんなりが出そうな不吉な時刻のイメージってわけ」

「そうなのか、俺はてっきりアルデバランが3人に別れて攻めてきたのかと思ったよ」

彼は、アメーバじゃないだろう、という突っ込みは凛の心にしまった。

「あら・・・」

凛に不思議そうな顔を向けるアイオロスに、何でもないと首を振る。

ただ、思っただけだ。
笑ったり驚いたり、そんな無防備な彼の表情は、14歳という年相応に見えないことも無い、と。


聖闘士Fate

〜獅子宮篇〜


「ところで、本当にアルデバランが3人で攻撃してきたら勝てるかしら?」

気持ちに余裕が出来たからか、そんな凛の軽口に、苦笑しながらアーチャーは頭を振った。

「いや、無理だろう」

「大丈夫よ、今回は新しい敵の導入だし、お約束の通り本来の力を発揮できない状態のはずよ」

「さすがに、毎回そんな役回りってこともないだろう」

その言葉に、切なそうに眼を逸らす凛。
まさか、言える訳が無かった。
十二宮篇の後は、本当に毎回そんな役回りだったなんて!!

「とりあえず、聴覚(ソレント)嗅覚(ニオベ)もあったし、きっと今回は味覚だと思うのよね」

そんな凛に微苦笑を返し、溜息をついた。

「まあ、いつもの強気な君に戻ってくれて何よりだ」

どうやら、彼なりに少し弱気になっている凛を励ましてくれたらしい。

「・・・ありがと」

「ん?なに、どうかしたか?」

智、仁、勇、を兼ね備えた聖闘士の鏡。
シュラは昨日そんな風にアーチャーを評してたけれど、それもどうやら出任せでもないらしい。

「でも、あなた、昨日の戦いでほぼ無傷で撃退してたじゃない」

自分のサーヴァントへの信頼を新たにし、己のパートナーに素直ではない賞賛を送る。

「昨日のあれは、多分本気じゃないはずだ。
そもそも、アレが本気でも黄金聖闘士相手に3対1なんて、いくらなんでも自殺行為だしな」

間違っても、3人居たらアテナ・エクスクラメーションが来るから、というわけではない。
念のために。

「3対1?3対2ではなくて?」

「リン、君も気づいているだろう。
シロウは、朝起きた時から調子がおかしい、加えてシュラも、仮眠から目覚めてから、覇気が全く感じられない」

後ろから、まるで夢遊病者のような不確かな足取りで歩く士郎と、その士郎の後ろから思いつめたような表情のシュラが居た。
例えて言うなら、イケナイお薬を打たれた保証人借金取りのヤクザみたいだ。

「君が珍しく弱気になったのも、恐らくあれが原因だろう」

アイオロスの言うとおり、様子がおかしい二人とあそこ(・・・)に行くのは、さすがに命知らずだと思っていたからだ。
通常であれば、別に二人が様子がおかしくてもそう問題はない。
早い話、初めから当てにしなければいいのだ。
自分は一流の魔術師であり、相棒の実力も今はもう信頼している。
誰が相手でも、そう簡単には負けるわけがないのだ。

それが、普通の一対一ならば。

今向かっておる柳洞寺では、そうは行かない。
そこには確実に二人のサーヴァントが待ち構えている。

魔術師(キャスター)暗殺者(アサシン)。


相手が果たして、セイバーやアーチャーと同じく、聖闘士と呼ばれる物なのか、それとも通常の聖杯戦争と同じく過去の英雄なのか。
それはわからない。
ただ、相手がどちらであれ、2対1では、いくらアーチャーといえども勝算はグッと落ちる。

「シロウ、セイバー、こっちに来て」

だからこそ、この二人にシャキっとしてもらわなければ。

「いい?其処を曲がったらいよいよ柳洞寺の石段よ。
ここまで来たら二人とも呆けてる場合じゃないわ」

凛の言葉に、二人の表情が戦士の顔に変わる。
それに、満足そうに頷きながら、凛が状況を整理していく。

「いい、朝の作戦会議でも話したように、恐らくこの石段にはアサシンが、そして柳洞寺にはキャスターが居るはずよ。
今日はあくまで正体の見極めが目的なんだから、士郎、馬鹿みたいに突っ込んじゃダメだからね」

「ああ、わかってる。
今回の目的は、2体の真名の把握だからな」

「60点ね、正解は『今回のサーヴァントが全員セイバーたちの関係者(聖闘士)なのか』を見極めること。
だから、正直に言えばアサシンを把握するだけで十分。
わざわざ2対2の状況を作る必要はないわ、ベストはキャスターには遭遇しないことよ」

士郎に返事を返した勢いそのままに、今度はセイバーに向き直る。

「さて、セイバー。
あなた、もし、今回のアサシンも聖闘士なら、真名に心当たりがあるって言ってたわね?」

「ああ、キャスターはわからないが、アサシンなら、恐らくは該当者はあの二人のどちらかに違いない」

「その二人の特徴は?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・セイバー?」

無言を貫くセイバーに、訝しげな視線を向ける二人のマスター。
視線を二人から下げ、うっすらと、顔には汗を浮かべている。

「もし、アサシンが俺の予想通りならば、その角を曲がった先には想像を絶する物が待ち構えているはずだ」

「・・・それは?」

「いいか、絶対にうろたえるなよ。
何があってもだ!!」

まさに剣のように磨ぎ澄まされたあのセイバーが、ここまで言い淀む物、知らずに緊張しているのか、掌にうっすらと汗を掻いている自分に気がついた。
遠坂も自分と同じく緊張しているのだろう、額にジトリとした汗をかいているようだ。

バラだ」

「「は!?」」

「だから、薔薇だ!
階段一面が真っ赤な薔薇に覆われていて、その中心には薔薇を咥えて花園に佇む聖闘士が居るはずだ」

そ、それは、確かに想像を絶する!!
けど・・・

アホね、そいつ」

遠坂の言うとおりだ。

「なるほど、アフロディーテか」

「そうだ、魚座のアフロディーテ。
88の聖闘士の中でも、最も美しいと言われ、その美は恐れ多くもアテナにすらも並ぶと言われている」

「その情報、強さに何の関係もないじゃない」

「リン、勝負は顔で決まるのだよ」

「・・・・・・・・・」

「それって、タブーじゃなかった?

「そ、それならもう一人の心当りの方がマシって事だな?」

士郎の取り繕う言葉に、シュラは無念そうに首を振る。

「残念ながら、まだアフロディーテのほうがマシだ。
何故なら、奴に殺された者たちは死後も浮かばれず、決して成仏も出来ず、永劫苦しみ続ける事になる。
奴自身はこの哀れな人たちに臆することなく、むしろ自分の強さの勲章同然と嘯いているような男だ。
その中には巻き込まれただけの人も居たな」

「・・・・・・」
「・・・・・・」

思わず顔を見合わせる凛と士郎。

重過ぎるだろ!?」

バラと凄い差が有るじゃないの!!」

「奴の名はデスマスク、もし、アサシンが奴なら階段には、先程の被害者達は無数の死に顔となって浮かんでいるかもしれん」

「もしかして、デスマスクって・・・」

「そういうことだ、その浮かび上がる死に顔(デスマスク)から付けられた通称でな。
本名は、俺たちですら知らない」

生ぬるい風が柳洞寺から吹いてくる。
いや、風は変わらない、ただ凛と士郎が不吉な物を連想しているからそう感じるだけなのだろう。
少なくとも、バラの香りはしなかった






「そんな殺人が趣味みたいな奴には正直会いたくないわね」

「当たり前だろ、だから、暗殺者として召還されてるんだから」

「う、うるさいわね!!わかってるわよ」

そう、わかっていたのだ。
しかし、今の話は恐ろしすぎた。
永遠に救いの無い魂の陵辱。
それを、恐ろしいと感じてしまったが故の狼狽。

魔術師として生きてきた少女。
だから、死ぬ覚悟も殺す覚悟もとっくの昔に出来ている。

だから、震えている指先の原因は遠坂凛という、少女の感情なのだろう。
そして、必死に内面の恐怖を乗り越えようと震える指先を握り締めて居るのは、彼女の勇気と矜持。

「リン、安心しろ」

だから、ほんの少しだけ後押ししてあげればいい。
それだけで、この目の前の少女は、力強く羽ばたける翼を持っているのだから。

「私が君を守るから」

「アーチャー・・・」

アテナ(女神)を守れなかった私だが、必ず君を守るから、チャンスをくれないか」

「・・・うん」

ほら、思った通りだ。

「チャンスをあげるから、今度こそ必ず守り通しなさい」

アイオロスは満足げに彼女に頷きを返した。
ほんの少し後押ししただかで、サジタリアスの翼を貸しただけで、彼女の笑顔は力強く輝いていた。

「それにな、リン安心しろ、あいつはけっこうひょうきんな子でな」

もう少しだけ彼女を安心させたかった。

「デスマスクは、のりP語で話すぞ」




ひゅーーーーーー、と風が吹いた。
柳洞寺からではなく、二人の間に気まずい風が。




バカァァァァ!!!!!!!!!!雰囲気台無しじゃないの!








「なあ、セイバー」

「なんだ、シロウ?」

仲が良い弓の主従の喧騒から離れ、向かい合う剣の主従。

「あんたたちは、地上の正義のために闘っているのではなかったのか」

「・・・そうだ」

「ならば、何故そんな奴がお前と同じ聖闘士を名乗っている!?」

かつて、それと同じ問いをぶつけた男が居た。
かつて、それと同じ問いにぶつかった男達が居た。

「それにシュラ、何故アンタはそいつを野放しにしていたんだ!?」

これは、斬り合いだった。
剣を用いずとも、士郎はシュラに果し合いを申し入れていた。
互いの主義を、過去を、理想を交え、答えに辿り着こうとするような。

「野放しも何も・・・」

仲間だったのだ。
それを正義と信じていた。
確かに、デスマスクは罪を犯したが、それも「正義」と信じて行ったのだ。
今は悪でも、やがて時が経てば、きっと正義となると思っていたのだ。

「それを正義と信じていたんだ」

真直ぐで射抜くような瞳が突き刺さる。
瞳を逸らしたかった、シロウの瞳はエクスカリバー以上にシュラの心を切り裂いていく。

かつての自分なら、彼の主張を一笑に付したかもしれない。

力なき正義に何が出来ると。

目の前の少年は何も無い。
自分のように血を流したことも、血で穢れたことも、現実に打ちのめされたこともない。
力も何も無く、ただ子供のように理想論を振りかざしているだけだ。

「シロウ、俺は・・・」

「うるせーぞ、小僧」

シュラの言葉を遮って夜の闇に響く、第3者の声。
その声に石段まで駆けつけ、階下から門を見上げる。


朧な月を背負い、浮かび上がる鋭角的なシルエット。
月の光に透けた銀髪が風に棚引き、黄金の鎧は禍々しい程に鮮やかな輝き。


「よう、シュラひさしぶりだな」

「・・・デスマスク」

「貴様がデスマスクか!!」

シュラに見せた気さくな笑顔が、一転して冷酷な無表情に変わる。

「何かようか、小僧」

それもまた一瞬、シュラに向けたのと同じような、陽気な顔で話しかけてきた。

「お前がしてきたことが事実というのなら、俺は貴様を許せない!」

「何のことだ?」

ニヤニヤとした、表情のまま肩をすくめた。

「たくさんの人を殺めたこと」

「ほうほう」

「その人たちを未来永劫を苦しめ続けていたこと」

「へ〜〜」

「そして、無関係な人まで巻き込んだことだ」

「なるほど、な」

小馬鹿にしたような相槌をうち、シロウの言葉にYESともNOとも答えない。
そんな怨嗟は、そんな弾劾は、とうに全て踏み潰してきたとでも言うように、毛ほどの同様も見せない。

「ま、落ち着けよ、小僧。
周りを見てみろよ」

周囲を見てみる。
石段は、士郎の知っているいつもと変わらない。

「あ、顔がない・・・」

「そういうこった。
かつては兎も角、今は誰も殺ってねーよ」

その言葉に、少しだけ安堵する。
罪は許されないが、今は、この男も改心したということだろう。

「じゃあ、前非を悔いてるのか、そうだよな、正義のために闘う聖闘士だもんな」

士郎の呟きに、デスマスクはほんの僅かに、不快そうに眉を上げた。

「悔いてねーよ」

「は?」

「前非なんて悔いてねー。
俺は、俺の正義を信じて行動したんだ。
今でも、力なきものの謳う正義なんて、胸糞悪い戯言だと思ってるぜ」

「き、貴様!!」

「特に、お前のように、力も無く、血に染まったことも無い、青臭い理想主義者が、
俺やシュラをしたり顔で説教するのは、我慢ならねーな」

空気が震える。
圧倒的な存在を前に、身動きすら取れなくなる。
思えば、サーヴァントに殺意を向けられたのは今回が初めてだった。
俺を舐めて、敵とすら認識してなかったランサー。
バーサーカーだって、セイバーやアーチャーの戦いを後ろで見てただけで、俺自身は何もしていなかった。

これが、88の聖闘士の中でも頂点に立つと言う究極の十二人の一人か。

「そこまでだ、デスマスク!」

俺とデスマスクの間に立ちはだかったアーチャーと、それに僅かに遅れて駆けつけてきた凛が、士郎の横に並ぶ。

「・・・アイオロス。アンタもこっちに来てたのか」

「ああ、ひさしぶりだなデスマスク」

デスマスクの視線から逃れられたというのに、未だ心臓は動かない。
僅かな物音が原因で殺されると感じるほど、目の前の圧倒的な存在に飲まれてしまっていた。

「ここは拳を収めろ、デスマスク」

アイオロスの言葉に舌打をしながらも、構えを解いた。
その瞬間、心臓はサボってた分を取り戻すかのような、猛烈な勢いで動き出し、止まっていたような世界の時間もまた動き始めた。

「アンタの言葉じゃ、従わざるを得ないか」

「ちょっと、全然のりP語じゃないし、聞いてたのと違って凄く強そうじゃない!!」

アイオロスの裾を引っ張り小声で囁く凛に気がついたデスマスクは、ニヤリとニヒルな笑みを作る。

「お、そっちの可愛いねーちゃんは、アンタのマスターか?」

光速の動きで遠坂の横に立ちナンパをはじめていた。

「一目惚れだ、アンタみたいな美人に合えるなら、今回の召還も無駄じゃなかったかもな」

もう、口説き始めてやがる、まさに光速のナンパ術

「離しなさい!いきなりなんなのよ」

「お、新鮮な反応!
こんな美人なのに、全然擦れてないんだな、お嬢ちゃん。
そんなところが、また可愛いぜ」

「あんたねぇ!!」

混乱と羞恥から、ガントの連打をお見舞いする。
本来は「呪い」の塊にしか過ぎないガントだが、遠坂の桁違いの魔力は、それに物理的な攻撃力を与える。
機関銃の掃射めいた呪いの銃撃は、3分以上続き、ようやくあたりが静かになる。

「よ、気は済んだか?」

全くの無傷で凛の前に現れるデスマスク、あまつさえ、ガントを封じるように、あくまで優しく凛の右腕を包み込むように握っていた。

「あんた、無傷なの?」

「あん?ああ、なかなかの攻撃だったけどよ、あの程度のスピードじゃ俺にはあたらねーよ。
少なくとも音速は超えてもらわねーと、万が一だって無いぜ」

呆然とする遠坂の右手を、そのまま自分の左胸にあてる。

「それによ、そんな物で今更打たなくてもな、既に俺の心臓はアンタに打ち抜かれちまってる。
魅力という名の銃弾にな」

聞こえてるのか居ないのか、呆けたままの遠坂に向けて、キザな台詞を臆面も無く吐けるあたり、さすがはイタリア男といったところか。

そんな、ある意味、異常な空気を切り裂いたのは、絶対零度の声

「騒々しいな、デスマスク」

それは、山門の置くから響いた。




ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン






「「お、お前は!!」」

「何で眉毛が二股なの!!?」

「私は水瓶座(アクエリアス)のカミュ、 クラスはキャスターだ」

「なるほど、水と氷の魔術師と呼ばれるお前がキャスターか」



その言葉を肯定するように、冬木の夜に、粉雪が舞い始めていた。


魔術師の後書き

はい、二週間ぶりの更新です。
優秀優秀。
ということで、アサシンとキャスター登場。
それぞれデス様とカミュですが、皆様の予定は当りましたか?
終盤、士郎とシュラ、それにデスマスクがシリアスになってました。
ギャグ一辺倒と見せかけて、ちょビットだけシリアスも混ぜていきたいと思います。
今後のしばらくはギャグ6割、シリアスが3割、他1割でしょうか。

実家に置きっぱなしの聖闘士星矢ですが、資料が無くて困ってます、
足しげく本屋に通う内に大分揃ってきちゃいましたw