衛宮家と遠坂家を繋ぐ十字路。
そこで、凛とアーチャーの主従は、もう一組の主従と別れその背を見送る。

去っていく剣の主従の間には、何とも言えない重たい空気が澱んでいる。

「セイバーに、一体何があったのかしらね、アーチャー」

士郎の原因は恐らくアイツ、アサシンのサーヴァント、デスマスクの存在と奴の発言に起因するのだろう。
それは、わかる。
しかし、アーチャーはそもそも、柳洞寺い移動する時から何処か様子がおかしかった。

「リン、サーヴァントとマスターは霊的につながっている」

それが何か?と、己がマスターに視線で問う。

「衛宮士郎、彼は普通じゃない」

「当たり前じゃない、アイツだって一応魔術師の端くれなんだから」

何を今更、と言いたげな自分のマスターに、目を伏せたままアーチャーが応えた言葉が朝焼けの街に響いた。



「衛宮士郎の性質は、
魔術師(君達)にではなく、聖闘士(私達)に近しい気がするのだ」




聖闘士Fate

天秤宮篇


「セイバー、話がある」

凛たちと別れ、自宅に着くまで終始無言だった士郎の言葉に、セイバーは振り返ることすらしない。

「今のお前は酷く疲労している。
まずは、一度休むが良い、話はその後でも出来る」

「・・・逃げるのか?」

その言葉に、セイバーの背中がビクリと反応を見せる。
振り返ったセイバーはそれでも士郎の目を見ようともしない。

「もう一度問いたい、セイバー。
お前は、お前達は地上の全ての人々のために、愛と平和のために闘って来たんじゃなかったのか」

頷く事もせず、眼を閉じたまま士郎の言葉に身を任せる。
その姿に初めて会った時の、全てを切り裂く様な空気は微塵もない。

「士郎、お前の望みは何だ?」

ようやく口を開いたセイバーからは、問いに対する回答ではなく、別の問いが返ってきた。

「正義の味方になる事だ」

「『正義』とは何だろうな?」

それは、なんて根本的で、そして抽象的な問いだったのだろうか。
しかし、それに対して明確な解答を返す事は士郎にはできない。

「いつまでもこんな所で立ち話も出来まい。
士郎、場所を変えよう」

そう言ってセイバーは居間ではなく、道場に向かう。
今から再開されるのは果し合い。
刃も拳も交えない、交えるのは己の信念と生き様そのもの。
だからこそ、道場で既に正座して待つセイバーは、戦いに赴く武士のように静謐で、そして真剣な眼差しを向けていた。

「では、士郎、改めて問うが、デスマスクは悪なのだろうか?」

それに静かに頷きを返す。
当然だ、奴の何処に正義がある。

「内戦中の国があった。政府とゲリラのいつ果てる事のない泥沼の内戦だ。
その双方に武器を売り、私腹を肥やす死の商人が居た。
その商人をデスマスクは殺した。
それは、悪か?」

「それは・・・」

「デスマスクがその商人を殺した事で、内戦は早期終結した。
当然だ、武器が無ければ戦えん。
結果、恐らく新たに死ぬはずだった何万の人が救われた、それでもデスマスクは悪か?」

一人の死で、数万の命を救った。
果たしてその行為は正義か悪か。

ここではないどこかで、同じ質問にぶつかった気がする。
今ではない遥か未来で、もしかしたらエミヤシロウがぶつかる究極の選択。

「同じような事は、多かれ少なかれ俺も経験してきた。
ただ、俺よりも誰よりもデスマスクの能力が、こういったことに向いていた、ただそれだけだ」

「そ、それでも奴は子供を殺した!」

覚悟を決めたのか、シュラはもう怯まない。
士郎の言葉を真直ぐに受け止め、頷いた。

「そうだ、それは否定しない。
では、改めてお前に問う。
デスマスクが殺した死の商人を殺さなければ、一日に数千人が死ぬとしよう。
そいつを殺すため、最大限まで機会を窺い、もっとも被害が出ないギリギリまでタイミングを見計らった。
しかし、そこに不幸にもたまたま無関係な子供が現れた。
お前はどうする?」

その問いに眩暈がする。
その子を巻き込む事を避け、次の機会を狙うため、何千人もの犠牲者が出るかわからない。
ならば、何の罪も無いその子を犠牲にする事は許されるのか。

「何時からだろうな、奴が名を捨て、自らをデスマスクと称するようになったのは。
その頃からだな、アイツが力こそが正義だと嘯きはじめたのも」

世界を救うために、少しでも多くの人を救うために、己を更なる悪に貶める。
それは、反英雄と言う在り方そのもので。
衛宮士郎は知るよしもないが、それは彼の父たる男の、在りし日の姿と瓜二つのあり方だった。

「じゃ、じゃあ、アイツは正義で、間違っていないと言うのか!?」

士郎の血を吐くような激高に、シュラは冷酷に否定を重ねる。

「先程の死の商人にも子供が居て、家族が居た。
奴は、良い父親でそして良い夫だったのだろう。
突然の死に家族は嘆き哀しんだ。
この家族にとって、デスマスクの行動は正義であって、間違っていないと誰が言える?」

例え、彼が良い夫で、良い父親であっても、それで罪が許されるわけではない。
だが、残された家族にとって、父の夫の死は、受け入れがたい悲しみだろう。

思い悩む士郎にシュラは複雑な視線を向ける。
それは、柳洞寺に訪れる前から、ずっと士郎に向けていた感情の発露だった。

サーヴァントとマスターは繋がっている。
それ故に、相手の記憶を夢に見てしまうことがある。
シュラは見てしまったのだ。

衛宮士郎の
想い(理想)の起源を。

士郎の父、切嗣と言う男。
士郎は彼の在り方を知らないのだろう。
だが、シュラは一目見て気がついてしまった、彼と言う人間を。

『似ている』

デスマスクと呼ばれる友と重なったイメージ。
多くを助けるために、少数を切り捨てる。
しかし、その本心は、切り捨てられた少数にすら涙する、綺麗な理想主義者達。
少数を切り捨てるたびに、自分自身の理想すらも切り捨てて、それでも一人でも多くを救うために、敢えて殺し続ける哀れな道化。

衛宮士郎が進む道もきっと同じ。
誰よりも綺麗な理想を追い続ける彼は、きっと誰よりも理想に絶望して最後には捩れ狂う。

「全ての人が幸せに笑う、誰もが傷つかず誰も傷つけない。
そんな世界は、お飯事だと、セイバーあんたも笑うのか?」

理想を否定され、お前は偽物だと笑われても、まったく挫けない強い瞳がシュラを射抜く。

「そうだな・・・」

その瞳の眩しさに眼を細めながら、シュラは静かに頷いた。

「だけど、だけど、きっとこの理想は・・・」

「その理想は、間違いなんかじゃない」

「セイバー!?」

士郎の困惑の籠もった視線に、力強い笑みと頷きで応える。

「お前の理想は、薄ら甘い夢想だ。
未だ絶望を知らない、その手を血で濡らした事の無い人間が唱える戯言に過ぎない」

言葉を切り、目蓋の向うの少年を想い起こす。
その拙い理想と、女神への信頼を胸に、遥かに実力で勝るはずの自分やデスマスクを凌駕した長い黒髪の少年とその兄弟達。

「誰に嘲笑えても、その理想が重くても、例えその手が罪で穢れても、自分の理想を信じ貫け。
俺達のように、現実に妥協することなく、その理想を張り続けろ。
貫けば、それが例え借り物でも、綺麗すぎる理想でも、必ずそれが真実となる」

そう、俺や、デスマスクやお前の父のように。
現実の厳しさの前に妥協することなく、届かない指に絶望しながらも、救えない誰かに涙しながらも、
それでも何も切り捨てることなく、その理想を貫き通せ。

「ああ・・・」

セイバーの言葉と、言葉以上に何かを伝えようとする視線に圧倒されながらも、眼を見て頷きを返す。
それに、吐息のような述懐を零し、微笑んだセイバーの姿が、切嗣の最後に重なった気がして思わず目をこする。

「だがな、それは茨の道だ。
俺達は女神という神の下に闘っている、相手もまた人を超越した力で人の世に仇を為す悪神たちだ。
故に、己の行為を正義だと確信できる。
しかし、人の身で、己の信念だけで正義を貫くのはきっと何よりも難しい」

そう、かつて、デスマスクや自分が捩れてしまったように。
きっと、お前の父、切嗣が最期の救いとして聖杯に縋ったように。





「赤い英霊が己に絶望したように・・・か」

士郎の無意識の呟きは自身にすら知覚されず、胸の奥でチクリと痛んだ。

「なあ、士郎・・・。
お前さえ良ければ、俺が鍛えてやってもいい」

「それは、助かるよセイバー。
だけど、その超人的な力は、聖杯戦争の間だけ鍛えてもらっても身につくわけない」

そう言ってゆっくりと道場から出て行く士郎を、シュラは何も言わず見送った。

眠りに着く前、疲れた身体が急速を求めるまどろみの中一人ごちる。

そもそも、
アテナがイマイチ信頼できない
人を馬にして鞭打つような幼年期を過ごした人に、愛とか正義とか語られたくない、ホント。

そして、士郎は眠りに落ちていく。





魔術師の戯言


はい、今回は残念ながらギャグがほとんどありません。
なんか、デスマスクかっこいいです。
デス様もアテナの聖闘士、きっと幼少の頃は真直ぐだったのです。
でも、サガの乱を経て、人を守るべき聖闘士と、人を殺す(傷つける)ことで平和を守る矛盾。
その果てに、本編のように「力なき正義に何が出来る」と、歪んでしまったのではないかと想うのです。
ましてや、彼の技は[殺し]に特化した力ですし、尚更ですね。

あと、星矢たちは、単純に言えば神の名の下に許された暴力ですけど、
デス様やシュラは、神に反逆したサガのための力だったりするのも、歪んじゃった遠因かもね。

その意味で言えば、アーチャーに近いキャラ付けをしてます。
反英雄、デス様にぴったりですね。
いや、英雄に反乱を起こすって意味ではないですよw


今回の話は、どっちかと言うとカニをFate視点に立たせて、立場向上を目指す感じですね。

まあ、ネタじゃないのもたまには雑じってもいいカナと。