「お前さ、何でここまでするんだよ?」

それは、何度目かの冥界からの帰り道だった。
つまらなそうに、他に話題が無いからと、何となく思いつきで問うような呟き。
まるで、今日の天気の話題と同じくらいの興味を持って呟かれた言葉だった。

「さあ、何でだろうな」

少なくとも士郎にはそう聞こえた。
だから、深く考えずに、彼自身も何となく答えた。

「お前、自殺願望でもあんのか?」

「バカ、そんなわけないだろ」

からかうような言葉に、軽い答えを返して初めて気がついた。

「じゃあよ、何でこんな死にそうな目に逢ってまで、修行なんかするんだよ」

口調からは想像もできないほど、いや、平素のこの男からは想像出来ないくらい真剣な表情を、デスマスクが浮かべている事に。

「正義の味方を目指しているからだよ」

その言葉に、デスマスクは何の反応も示さない。

「なんだよ、また青臭い理想主義だって笑うなら笑えよ」

初めて出会った柳洞寺の遣り取りを思い出す。
力なき正義だと笑い、青臭い子供の夢想だと嘲り、御飯事の正義の味方と揶揄された事を思い出す。

「なんで、そんな物目指すんだよ」

予想した嘲りは無く、ただ、不思議そうに目を丸くした表情だった。

「そんな事は、他の誰かに任せればいいじゃねーか。
世界の何処かで誰かが傷ついていても、それはお前には関係ないことだろ。
ここで、お前が死にそうになりながら、いや実際こうして臨死体験しながら、守る努力をしなくてもいいだろ」

「じゃあ、何でアンタは聖闘士なんかやってるんだよ」

「俺は・・・」

「あんたが言うとおり、他の誰かに任せれば、あんたはその手を血に汚す必要なんか無かったはずだ。
その超人的な能力を身に着ける為の修行もしなくて済んだはずだ」

「俺にはそれしかなかったからだよ」

そんな、いつも自分に言い聞かせてきた言い訳は飲み込んだ。

思わず胸に去来するのは、原初の思い。

正義のために闘いたかった。
女神の聖闘士として、その頂点に立つ黄金聖闘士として、力なき人々のために、あらゆる悪を打ち倒し、平和を守りたいと願った。
そのために修行に励んだ。
辛い修行も全て世界の平和に繋がると思えば、いくらでも耐えられた。
自分が強くなれば、それだけ世界が平和に近づく。

だから、より強く、より強く、誰よりも強くなりたいと思った。
智、仁、勇。
全てを兼ね備えた、理想を体言した存在として憧れた先輩の二人、サガとアイオロスと並ぶくらい強く。





そんな甘い理想は、硝子細工よりも脆く砕け散った。


あの日、聖域に今上の女神が降臨した夜に。




あの日を境に彼の『理想』は砕け散った。
一人は裏切り者として誅殺され、一人は聖域より姿を消した。

理想は現実の前に砕け散り、残されたのは血塗れの
正義(現実)と、デスマスクという通称だけ。




「それに、俺はじいさんの理想を叶えるんだ」

士郎の呟きに、デスマスクの心が現実に引き戻される。

じいさんとは、シュラから聞いた士郎の義父の事だろう。
自分やシュラのように、理想と現時の狭間で磨耗していった一人の男。

「ふん、青臭い理想論だな」

そう、それは、ただの一度も手を汚した事が無い者が唱える、綺麗な理想。
現実という波に飲まれれば、容易く崩れる砂の城。
デスマスクには今更手に入れることは出来ない物だった。

「・・・フン」

鼻を鳴らす士郎。
デスマスクの言葉に反論せず、しかし、決して受け入れないと、その瞳が告げていた。

「だが、いつかの言葉を一つだけ訂正するぜ。
お前は、未熟で青臭くてお子様だけどな、御飯事ではないな。
お前はお前なりに命を賭けている事だけは、・・・それだけは、認めてやる」

「デスマスク・・・」

意外な人間から、意外な言葉を受けた。
そして、何故か照れ臭そうに銀髪をガリガリと掻くデスマスクの向うに、切嗣の微笑を幻視した。

「だけどな、士郎。
結局俺とお前の正義は相容れない」

目の前の少年は、地獄を知っている。
自分やシュラとはまた違った地獄だが、多くの命を踏み潰した結果として、今の自分が生きているという罪を自覚している。

自分が生き残るために、他者を見捨てた士郎。
周囲を騙し、尊敬するアイオロスを、傷つけた自分達。

仕方なかった、それは君達の罪ではない。

そんな言葉では、誰も救われない。
カルネアデスの板、なんて持ち出すまでも無い。

法が罰するのではなく、他者が裁くのではない。
罪は、ただ己自信を苛む呪いなのだから。


そんな、悔恨を抱えている。


今はもう少年の理想を、デスマスクには認められない。
それを認めることは、今までの自己の行為の否定に繋がってしまうから。
しかし・・・

「俺を納得させたければ、この先何度絶望しても理想を守り通せよ。
もし、それが出来たなら、俺は・・・」

そう、この少年の未来には間違いなく苦悩が待ち受けている。
それは、自分やシュラの苦悩よりもさらに深く絶望的な道筋だろう。

けれど、その絶望の果ての果て、そこに辿り着いてもまだ彼が理想を振りかざせるのなら・・・

デスマスクの言葉に小さく、しかし、決意を込めて頷いた。

「シュラにも言われたけどな、いつの日か必ずお前たちに会いに行くよ」

「・・・ああ、待ってるぜ」

その呟きは、音にはならず、代わりに眩しそうに少年を見つめる瞳に載せられていた。


聖闘士Fate

磨羯宮篇


修行に明け暮れながらも、充実した数日間は一本の電話で幕を引かれ、
再び衛宮士郎はマスターとして聖杯戦争に誘われる。

「やあ、衛宮、ここ数日学校を休んで何をやってるのさ」

「慎二か・・・。
いや、体調を壊してな、来週あたりには登校できると思う」

「そうか、そいつは良かったな、衛宮」

クツクツと受話器の向うから、やたらとテンションの高い慎二のくぐもった笑い声が耳にさわる。

「そういうことで、話があるなら来週学校で聞くぞ。
じゃあな、慎二」

そう言って受話器を置こうとした時、信じられない言葉が耳を叩いた。

「凄い自信だな、衛宮。
聖杯戦争を今週中に片をつけるなんてさ」

「な、慎二!
お前、何で聖杯戦争の事を・・・」

「衛宮、学校で待ってるよ。
15分以内に来なかった場合、桜は果たしてどうなっちゃうんだろうな」

その言葉を最後に慎二との回線が絶たれる。

「おい!慎二!!」

いくら呼びかけても帰ってくるのは、無情な電子音だけだった。
叩きつけるように電話を切ると、取る物も取らずに学校へ走りだす。
家から学校までを15分というのは、全速力で走ってもかなり厳しい時間だ。
何かしらの準備をしたり、増してや制服に着替えたりしている時間など無い。

「セイバー!学校だ」

門を出る時に、大声で叫び、とりあえずシュラに行先を告げる。
十中八九、慎二がライダーのマスターだ。
話を聞いた限りでは、ライダーは物凄く強いらしい。
正直言えば、柳洞寺に居るカミュとデスマスクにも連絡を取り、万全の体制で臨みたい相手だったが、そうも言ってられない。

「どうしたシロウ、学校は今週一杯欠席するはずだったのではないのか」

聖衣を装着し、当然実体化し併走しながらのセイバーの言葉に、掻い摘んで事情を説明する。

旧友が聖杯戦争の事を知っていたこと。
恐らくは彼が最後のマスター、つまりライダーのマスターである確率が高い事。

「バカな、ならば尚更だ。
シャカが万全の状態で待ち構えている処女宮に、何の策も無く俺らだけで乗り込んでどうする!?」

「桜が・・・、家族が人質にとられているんだ!!」

必至に走っているためか、それとも桜が気がかりだからか、シャカが居るのは学校であって、処女宮では無い事にツッコミが無かった。

ちなみに、この日を境に冬木小では、学校をずる休みするとその生徒を殺そうと、金色のヤクザが追いかけてくるという七不思議が加わったのは本編とはまったく関係ない。



ここ最近の修行のおかげか、学校までの道程を僅か6分で踏破し、校門を潜った瞬間まるで異界に迷い込んだような違和感が士郎を包んだ。

「この小宇宙はシャカ・・・。
やはりライダーは奴か」

セイバーの呟きには何処か絶望的な色が感じられた。
しかし、それを意に介す余裕も士郎にはない。

「セイバー!シャカは何処だ?」

「恐らく、花壇か屋上だろう」

「屋上だな!わかった!!」

走り出そうとする士郎を、片手でシュラが抱えた。

「何するんだ!?」

「俺が抱えて走った方が速い」

なおも文句を言おうとする士郎だが、「奇襲の成功率を上げるには、今はとにかく拙速しかない」というシュラの言葉に、しぶしぶ従うしかなかった。

授業中のため、誰も居ない階段と廊下を疾走する士郎とシュラ。
そのあまりのスピードに、普通の人間には見ることも出来ない。

「リン・・・」

「どうしたの、アーチャー?」

授業中に突然テレパシーを送ってきたサーヴァントの行動に息を呑む。
それはつまり、聖杯戦争に何らかの動きがあったということ。

「士郎とシュラが今廊下を通った」

「え?」

「しかも、シュラは聖衣を装着していた。
嫌な予感がする、今から合流しよう」

「わかったわ、私がそっちに行くから、念のためにカミュ達に連絡しておいて」

「了解だ」



こうして、最後の7人目のサーヴァントが巻き起こす嵐が、学園を巻き込んでいった。









「なんだ、衛宮。
随分と早かったじゃないか」

「慎二!!」

はたしてシュラの言葉どおり、屋上には慎二と、その慎二の後には桜が横たわっていた。

「ふん、そいつが衛宮のサーヴァントか。
僕のライダーに較べれば、見た目が全然地味だな」

「桜を返せ!!」

慎二の軽口に、いっさい反応せず一直線に桜に向かう士郎。

「何、勝手な事してんだよ!」

士郎には、横たわっている桜しか見えず、その間に立ちはだかる慎二は、邪魔な障害物でしかない。

「退けぇ!!」

邪魔な物は弾き飛ばすと言わんばかりに、慎二に拳を向ける。

ここ数日の修行で、常識を超えた速度を身に着けた士郎の拳は、慎二の目には映る事も無く、その端正な顔面を打ち抜くはずだった。

「フッ、君は少し行儀が悪いな。
この屋上に入ってくるなり襲い掛かってくるとは、まるで死肉に飛びつく餓鬼のようだぞ、フフフ・・・」

突然慎二の前に現れた男は、言葉通り亡者でも見るような目で士郎を嘲るような笑みを、その美しい顔に貼り付けていた。
見るように、といっても、その言葉は正確ではない。
士郎の拳を止めた男は、その両の瞳を堅く閉ざしていたからだ。

「貴様は、
乙女座(バルゴ)のシャカ。
やはり、ライダーのサーヴァントは貴様か・・・」

「ふむ、デスマスクだけではなく、シュラ、君までこんな茶番劇に参加していたのか。
私の周囲には、暇な輩が多いと見える」

「な、なんだこれは。
何か空気の圧力のような物が俺の拳を止めている」

油断無く、シャカに聖剣の切っ先を向けたまま、未だシャカの後ろに居る桜しか眼に入らないように、シャカの前に留まる我がマスターに声をかける。

「士郎、一度シャカから離れろ!!
桜を助ける前にお前が殺されるぞ」

「フフフ、君のサーヴァントが叫んでいるぞ」

「くっ・・・」

「そら!もうすぐ、君の拳の皮が破れるぞ!」

「シロウーー!!」

「皮の次は骨が飛び散る!
その骨も粉々になり、最後には拳そのものがなくなるぞ」

「シロウ!!
シャカ貴様、シロウを離せ!」

「いいぞ、ライダー!!やってしまえー!」

マスターの言葉に反するように、エクスカリバーを放たんとするシュラに、シロウをぶつける様に投げつける。

「おい、ライダー、何で衛宮を離しちゃうんだよ!?
僕は、お前にやれって命じてるんだぜ」

詰る様なマスターの言葉に、冷たい目を向ける。
いつも、
無意識に人を見下す男シャカが、意識的に見下した目を向けているのだから、
その
見下し力はまさに、虫けらを見る神の視線そのもののような冷たさだった。

「な、なんだよ・・・お前。
サーヴァントのくせに僕に逆らうのかよ!?」

「シュラがエクスカリバーを放てば、マスターの御身にも害が及ぶと判断したが、いらぬ気遣いだったかな?」

なおも何か喚こうとする慎二を無視し、後ろでなおも聖剣を抜刀する機会を狙っているセイバーに向き直り、言葉をかける。

「いいのかね?君のエクスカリバーを狭い屋上で放てば、
私の後ろに居る少女も切断される恐れがあるわけだが」

「っく!」

「シュラ、落ち着いてくれ・・・。
学校には、遠坂たちが来ているはずだ。
アーチャーと遠坂と合流するまで時間を稼ぐんだ」

不承不承頷くシュラを見ながら、シャカはあくまで優美に微笑んだ。

「フフフ・・・、面白い」

「何!?」

「アレを見るがいい」

「な、なにぃ〜!!」

「あ、あれは、まさか・・・」

シャカが指差した
学校の時計台に、突如ボッ!と火が灯る

「なあ、あれ、学校の備品だよな!?」

「あの火時計が全て消えるまでに、アイオロス達がこの場に辿り着けなければ・・・?」

士郎の呟きに、シュラが血相を変えて振り向いた。

「ま、まさか!!」

「シュラ、君は勘が良いな。
そう、君が考えているとおりだ」

あくまで静かなシャカの声を掻き消すように、士郎の絶叫が屋上に響いた。

「さ、桜の胸に・・・桜の胸に
黄金の矢が刺さっている!!?」

「おい!!人質に勝手に危害加えるなよ!?

「その黄金の矢が抜けるのは私だけだ。
あの火時計の火が全て消えるまでに。アイオロスがここに来れれば抜いてやろう」

「ぬう・・・、あの今は燃え盛っている、牡羊座から魚座までの全ての火が消える十二時間後までに、
アイオロス達がここに来なければ、桜は矢に貫かれ死ぬ・・・という事か」

「いや、1時間後だ」

「「は?」」

「火時計の火が全て消えるまでにかかる時間は、1時間だと言ったのだ」

「じゃ、じゃあ一つの星座に割り当てられた時間は、5分って事か?」

「シュラ、そうこう言ってる間に、もう牡羊座の火が消えた

12時間も待っていられるか、私は早く帰って16:00から
水戸黄門を見なければならないのだからな」

「桜の命は水戸黄門以下か!?」

「このシャカ、確かに黄金聖闘士12人の中でも最も神に近い男と呼ばれている・・・。
しかし、
に較べたらまるで持ち合わせていないものがひとつだけある。
それは、弱者に対する慈悲の心だ!

ハーデスよりも、ポセイドンよりも、あの人間を鞭で叩くアテナよりも慈悲の心が無いのか、お前は!?

「そもそも碌な神がいない世界観だな」


慎二のなるほど尤もな突っ込みは、全て誰の耳にも入る事はなかった。


魔術師の後書き



すいません、随分ご無沙汰してしまいました。
暫くは、更新ペースがこんなものになってしまうかもしれません。
仕事があってのネット生活ですので、どうかご容赦を。


さて、シリアスな前半とは打って変わって、シャカが本領を発揮してからの後半は畳み掛けるようなギャグ回になってしまいました。
そして、その中で一人だけややまともな慎二の突っ込み・・・
デスマスクや慎二のようなギャグキャラがシリアスを、シャカやカミュのようなシリアスキャラがギャグをやってるこの現状。
そして、桜がアテナのポジションになってるw
いや、髪の色と胸しか共通点無いんですけど。