《二人〜薫と恭也〜》
翠屋に残された二人は、店から出て二人で歩いていた。
しかし、恭也と薫は、先ほどからお互い無言だった。
薫も恭也もお互い無口な性質だし、異性と積極的に会話が出来るタイプでもない…。
少し気まずい雰囲気の中で、恭也と薫は風芽丘に向かって歩いていた。
「ク〜ン」
すると、何処から現れたのか、突然久遠が薫に飛びついてきた。
「ク〜ンク〜ン」
薫に会えたのがよほど嬉しいのか、尻尾をばたつかせながら薫に擦り寄ってくる。
「久遠…久しぶりじゃな。元気だったか?」
久遠は薫の問いに答えるように、一層強く尻尾を振りながら薫にじゃれ付く。
「も〜、くーちゃん駄目じゃない…。邪魔しちゃ…」
と言いながら、なのはが物影から出てきて久遠に注意した。
「ク〜ンクン」
すまなさそうに鳴く久遠を連れて何処かに行こうとする妹を、恭也は抱き上げながら尋ねた。
「なのは…、邪魔って言うのは何の話しだ?」
「えっ?だってその女の人、お兄ちゃんの恋人でしょ?」
「なななな、何を言っている。この人は那美さんのお姉さんだ」
「うん、そうだと思った」
「は?」
「だって人見知りのくーちゃんがすごく良くなついてるから那美さんの親戚かな〜って…」
それまでじっと恭也となのはの話を聴いていた薫が、恭也となのはに話しかけた。
「この子は恭也君の妹さん?」
「はい、高町なのはといいます。いつも那美さんにはお世話になってます」
「こちらこそ久遠といつも仲良くしてくれてありがとう」
「くーちゃんはお友達ですから…」
「それでは失礼します。行こう!くーちゃん」
「可愛い妹さんだね…恭也君」
「はあ、生意気ですけどね…。俺があれくらいのころには、恋人なんて考えた事もないですけど…」
「しかし何処から見たら、私達が恋人に見えるんだろうね?」
と、恭也に訊ねた薫の頬が緋色に染まって見えたのは、沈みかかった夕日のせいだけなのだろうか?
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なのはのおかげで、和やかな雰囲気のまま風芽丘に到着した。
そのままあちこちを見て歩く。
「那美の言ってたとおり…随分変わったな…。」
「そうですか?」
「ああ、旧校舎も無くなってるし、図書室も広くて綺麗になった。蔵書の量も増えたしね…」
「どんな本を読むんですか?」
「ああ…、やっぱり時代小説や歴史系の本が多いよ」
「俺もそうですよ」
他愛ない話をしながら、剣道場に着いた。
「懐かしいな…、風校の剣道部は強いの?」
「結構強いですよ、特に男子は全国大会ベスト8の選手もいます…。」
そんな話をしていたら中から袴姿の赤星が出てきた。
「あれ、高町じゃないか…。丁度良かった、相手をしてくれないか?」
「お前一人なのか?」
「ああ、もう他の部員は帰ったよ…って、すまん。デート中だったか。
じゃあ、さすがに頼めないな。
それにしても高町も隅に置けないな。こんな綺麗な人と、どうやって知り合ったんだ?」
「…馬鹿者。この人はお前の先輩だぞ。」
「え?」
慌てて、薫に向かって自己紹介する赤星。
「始めまして、俺は赤星勇吾と言います。今一応主将もつとめています」
「始めまして、私は神咲薫。
昔、風校の剣道部で女子の主将を務めてました。
君だよね?全国ベスト8の実力者って言うのは。
もし良ければ私と一手打ち合わないか?」
「ぜひ、お願いします」
しばらくして、赤星対薫の試合が行われた。
「それでは審判は私、高町恭也が勤めさせてもらいます。無制限、一本勝負。始め!!」
序盤、薫のスピードに乗った鋭い斬激が赤星を翻弄した。
赤星が反撃の隙を見出せないほどに、速さと鋭さと強さのバランスがとれた攻撃であった。
しかし、赤星もただ打ちこまれているので無い。
その証拠にまだ一撃も、薫の攻撃は赤星に届いていない。
薫の打ち終わりに会わせて赤星が篭手打ちを狙う。
それをなんとか竹刀で受け止めたのは流石だが、勝負はそこで終了であった。
なぜなら、男で、しかもかなり鍛えこんでいる恭也でさえ、一撃の重さでは赤星に劣る。
ましていくら鍛えているとはいっても、女性の薫が赤星の剣を受け止めては、腕が痺れてしまい、しばらくは剣が握れないからである。
汗を拭いながらしばし談笑する二人。
「いや、強いね。全国選手は伊達じゃなかね」
「いや、神咲先輩こそ、女子の選手とは思えない攻撃の鋭さでしたよ」
「君なら、恭也君とも互角に戦える?」
「いや、とてもじゃないですけど無理です。高町兄弟の足元にも及びませんよ。なあ高町?」
勇吾の話が耳に入っていないのか、ピクリとも反応しない。
「高町ってば…」
「ああ、すまん。少しボーっとしてしまってな。何の話だ?」
しばらくして、赤星と別れ、さざなみ寮に向かう薫と恭也。
「恭也君。あと一つだけ寄りたい所があるんだけどいいかな?」
「はい、構いませんが…」
そう言うって、無言のまま薫が案内したのは、那美が巫女のバイトをしているいつもの神社だった。
「こんな所に…何か用なんですか?」
恭也の質問には答えずにおもむろに薫は、刀を抜いた。
「これは…、」
思わず惹きこまれるほどに美しい刀身だった。
いつか見させてもらった、那美の『雪月』も美しかったが、この刀は美しさの中に何かが息づいているような、圧倒的な存在感を持っていた。
「君も憶えていると思う。久遠の封印が解ける前にウチが久遠を殺そうとした時に、君がそれを阻止しようとした事があったことを…」
恭也はただコクリと頷くと薫の言葉の続きを待った。
「あの時にウチは言ったはずだ。『この刀は切ろうと思えば人も切れる』と…」
恭也は、薫が言わんとしている事が何となくわかった。
「あなたの剣が道場で振るうための物でないことくらい解っていました。
先ほどの赤星との打ち合いの時、気迫は有っても殺気が全くこもっていなかったから…。ただ貴女は…」
突然言いよどむ恭也。
そして、話題を変えるかのように突然刀を見たいと言い出した。
「薫さんの刀…。
綺麗なだけじゃなくて…なんて言えば良いんですかね?
暖かいんです、何処か安らぎを覚えるんです…。
変ですね、俺。
刀に向かって暖かいとか安らぐとか…。
銘は…何て言うんですか?」
恭也の言葉に、薫は大きく目を見開いた。
かつて耕介も同じ感想を十六夜を見て言っていた…。
「この刀は十六夜…『神咲一灯流 霊剣十六夜』と言う」
「霊…剣?ですか。少し振ってみても良いですか?」
「ああ、良いよ」
薫から許可を貰うと、恭也は2度、3度とビュッ、ビュッと、振るってみる…。
始めは重そうだった十六夜を、だんだん上手く扱うようになる。
「きょ、恭也君。君…その剣が振るえるのか?」
薫の剣幕に驚きながらも恭屋は頷いた。
「確かに、小太刀以外の刀はあまり振るったことも無いですし…、始めはこの刀がものすごく重く感じたんですけど、何度か振るううちに慣れてきましたし…」
薫が驚いたのは無理のない事だった。
十六夜は今は失われた製法を用いて作られた特殊な刀。
だから普通の人間には、とても扱う事が出来る物ではない。
薫のような霊能力者は、己の霊力を十六夜と同調する事で重さを感じることなく(と言っても、ある程度の筋力は必要だが…)振るうことが出来るのだ…。
その十六夜を恭也は数回振っただけで扱う事が出来たと言うのだから…。
『恭屋君は、ものすごい霊力を秘めているのかもしれない…』
薫がそう思うのも無理のない事だった…。
「あっ!!」
不意に恭也が声をあげた。
「どうした?」
「もう、こんな時間です、急いでさざなみ寮に戻りましょう…。皆さん待ちくたびれてますよ」
恭也の、飾り気のないシンプルな腕時計を薫が確認した時、時間はもう9時を優に過ぎていた。