修羅の邂逅


《御神の剣》

 

対峙した瞬間に、真雪は戦慄を覚えた。

「ただものじゃないとは思ってたけど…」

まだ一度も剣を交えていない。

ただ睨み合っているだけ。
それにも関わらず真雪の汗は尋常ではなかった。

圧倒的なほどの殺気を、恭也の視線から感じた。

日頃寮に遊びに来ている『高町恭也』と、同一人物とは思えないほどであった。

寮の人間が知っている高町恭也という人物は、何処か老成した雰囲気を持っていて、落ち着いた、やや無口ながらも好青年と言った人物であった。

かつて、『風芽丘の黒い風』と呼ばれていたころ、毎日喧嘩を繰り返した。

堅気でない人間と戦った回数だって、二度や三度ではきかない。

ましてやこれは剣の勝負である。

実家の道場で剣を握ってから、ただの一度だって負けた事は無い。

しかし、どうしても恭也に勝てる気がしない。

にも関わらず体の奥底から沸き立つような喜び…。

「私は、剣を捨てたんだがな…」

そう独白した顔とは裏腹に、真雪の瞳は輝いていた。

 

最初に動いたのは恭也だった。

ヒュッ、ヒュッ、ヒュッ、

間合いの外から飛針を投げる。

真雪はわずかに身をかわし、あっさりとよける。

「まだ遠いな…」

 

薫と十六夜は心配そうに見守っていた。

「薫…。真雪様と恭也様、どちらが有利ですか?」

「恭也君は間合いの外からでも、攻撃手段が有る…。

しかし、そんな攻撃では真雪さんにダメージを与えるのは難しい…。

そして恭也君も恐らく、それは百も承知だろう。

結局勝負は接近戦。

単純に間合いの距離だけを考えれば、真雪さんに軍配が上がる。

しかし、真雪さんの刀は長刀、故に懐に入りこまれたら無防備に近い。

要はどちらが自分の間合いでの闘いに持っていけるか、で決まるな」

「薫はどちらが勝つと思いますか…」

「恐らくは恭也君だと、思うが…正直言うとわからないんだ。恭也君の力量が…」

 

飛針を飛ばすと同時に一気に距離を縮める恭也。

真雪の間合いの一歩外まで来て止まった。

一方の真雪は居合の構えで待ち構える。

双方どちらも動けないまま一分が経過した。

「はぁーー!!」

裂ぱくの気合を、真雪に向けて叩きこんだ後の恭也の行動に、真雪も薫も度肝を抜かれた。



ザッザッザッザッザ、



無造作に真雪の居合の間合いに足を踏み入れてきたのだ。

「なめるなっ!!」

真雪が気合一閃、居合切りを放つ。

決まった…。真雪は思った、

しかし、確かに切ったはずの恭也が、何故か真雪の背後に回って、左右の小太刀で一気に真雪に切りかかってきた。

超接近戦、そこは完全に恭也の間合いであり、いくら真雪と言えど小回りの効く小太刀が相手では、防戦一方に回らざるを得ない。

 

ガンッ!ガガガッ!ヒュッ…

 

一方的に攻撃を受けながらも、真雪は明らかに混乱していた。

『何故、あたしの居合は外されたんだ…』

 

 

一方、横で見ていただけの薫にも、何が起こったかわからなかった。

「まるで、突然消えたかのように真雪さんの後ろに現れた…

まさかHGS?

しかし、恭也君はフィンも展開していなかったし、ピアスもしていない…。どういう事だ?」

 

『っち!やっぱりあれは本当の事なのか?』


混乱している真雪に、恭也は容赦なく攻撃を繰り返す。

ガンッ!ガッ!ガッ!ガゴッ!

恭也の重くて鋭い剣を受け続けてきた真雪は、腕に痺れを覚えてきた。

「なんて、攻撃だ…。
重くて早い、しかも鋭い…。
このあたしが防戦一方だなんて…。
ったく、これで高校生って言うんだから詐欺みたいだな…。」

そう考えながら、真雪は逆転の機会を待ちつつ恭也の攻撃を、受けるのではなく捌く事に集中し始めた。

 

一方の恭也もまた真雪の力量に驚いていた。

『信じられない、これだけの俺の攻撃を防ぎ続けるだけでも考えられないのに、捌き始めるなんて…。

これが本当に剣を捨てた人間の力量なのか…。

こんな人が表の世界で、なんの争いにも巻き込まれずに暮らしているなんて…』

考え事をしながらも、猛攻を繰り出す恭也、

「考え事しながらとはね…、あたしもなめられたもんだ…」

ほんの少しだけ大ぶりになった恭也の隙を、見逃さずに反撃の一撃を決める真雪。

 

「凄い…。大振りと言っても普通の人間には打ちこむ隙さえ見出せない速度なのに…」

しかし、薫がさらに驚愕したのは恭也の表情であった。

自分の攻撃をかわされ、今は反撃を受けているのに、瞳は輝きに満ちていた。

まるで新しい玩具を買い与えられた子供のような瞳だった。

「恭也様の心は…修羅に獲りつかれているような…哀しい魂をしています。」

 

攻守が交代したかのように、一方的に打ちこむ真雪。

ヒュ!ガキッ!!シュッ…ズバッ!

右かと思いきや、左。左に来たと思えば上。変幻自在にして変則的な真雪の剣。

かつて薫も翻弄されて、ただの一度でも勝てなかった真雪の攻撃スタイルであった。

「先の先を取るウチの剣とは違い、真雪さんの剣は後の先を取る。

一度あの攻撃に入ったらもう止められない…。

多彩な連続攻撃とトリッキーなフェイントに翻弄されてお終いだ…」

 

「凄まじい攻撃だ…。これは道場の剣道じゃない…、剣術、それも御神と同じ古流の剣だ。」

 まさに舞うように華麗でそれでいて、無駄のない真雪の連続攻撃に、翻弄されているかに見える恭也であったが、真雪はまたも戦慄を覚えずにはいられなかった。

「どう言う事だ…。私の動きに完全に付いて来ている、にも関わらず反撃しようともしないとは…」

もう3分以上、攻められ続けているにも関わらず恭也は息一つ切らしていない、

対照的に真雪は大量に汗を掻き、息も上がってきていた。

 「「ま…まさか!?」」

 真雪も薫も、恭也の作戦にかかったと気付いた時には遅すぎた。

疲労のせいで僅かに動きの切れが鈍った所を、恭也は狙い済ましたようであった。

真雪の僅かに大振りになり、切れの鈍った木刀を、左の小太刀で受け止める。

そして、残った右の小太刀を刹那の瞬間に会わせる。

「御神流 『貫』!!」

右の小太刀から左の小太刀越しに衝撃が伝わり、左の小太刀には傷一つ付かないまま真雪の木刀だけが砕け散った。

それは、異様な光景と言えるだろう。

砕け散った木刀。

相手を見下ろしているのは、未だ20にも満たない少年。

しかし、それら全てを忘れさせるほどに奇妙なのは恭也の表情であった。

無表情。

日頃から表情豊かな男ではないが、その顔はまるで仮面の様で…

冷酷さなどの冷たさでなく、感情が欠落したような機械のような《無》を感じさせる冷たさだった。

「…………」

呆然とする真雪に、手を差し伸べながら

「武器の破損による戦闘不能につき俺の勝利ですね?真雪さん」

と、わずかに笑った。

「ああ、あたしの負けだな…」

と、恭也の手を取りながら立ちあがり真雪は言った。

「さすがに伝説の御神の剣だ。たいしたもんだよ…、このあたしが手も足も出ないんだからさ」

「知っているんですか?御神の剣について」

「まあな…、うちの流派の伝承に載ってたから…」

「真雪さんのところも、古流の剣術ですよね…?」

「さあね…、忘れちまったよ、そんな事。」

「伝承には何て書いてあったんですか?」

「ん…?確か…御神の剣を極めし者 刻を支配するものなり だったかな」

「…そうですか…」

「さて、付き合ってくれてありがとうな。こんな時間になったし家まで車で送ろうか?」

「いえ…、それにはおよびません。ありがとうございます、耕介さん達に挨拶して帰ります」

「あははは、無理無理…。中の連中は、ほとんど私が酔い潰したから朝まで起きやしないよ」

「…、それでは明日の昼にでもご挨拶に伺います。今日は失礼します」

「おお、じゃあな!恭也。」

「おやすみなさいませ…、恭也様」

「おやすみ恭也君。今日は案内してくれてありがとう」

「いいえ、俺こそ楽しかったですから…おやすみなさい薫さん」

 

段々小さくなる恭也の後姿を見守りながら、薫は真雪が何を考えて突然恭也と闘ったのかを、探るように真雪の横顔を眺めた。

滅多に見せないほどに真剣な真雪の横顔からは、薫には何も読み取る事は出来なかった。

『ウチはまだまだこの人には敵わない…、人間として…』

そう思いながら、ふたたび恭也の背中を視線で追いかける。

そんな薫の長い髪を夜風がそっと撫でて行った…。