《目指した背中》
やがて、落ち着きを取り戻した恭也に、士郎はゆっくりと話し始めた。
「恭也…。お前は悩んでいるのだろう?」
突然の父の言葉に驚きながらも、恭也は首を縦に振った。
「俺は何故剣を握るのか…最近ずっとその理由を探している。」
「何故、剣を握るのか?か…。それは剣士ならば誰もが悩む事でもある。
その答えは人によって違うものだ。
その答えが原因で、ある者は剣を捨て、またある者は血に狂う。
お前はどんな答えを出すのだろうな?」
「…父さん…」
「この答えだけは俺は手助けすることはできない。かつて俺や静馬もまた悩んだものだ…。
そしてお前のもう一つの悩みとは…『御神流』について…だろう?」
その問いに恭也は、即座に答える事すらできないでいた。
美由希にもそしてまた己にも
『御神の剣は、剣道とは違う。
剣道の様に剣を振るう事で何かに辿り着く事は決してない。
御神の剣を極めた先にあるのは・・・・・・・・・・・・・・・・・『無』。
この剣を用いて、誰かを助ける事で感謝される事はあっても、けしって誇る事はできない』
と、言い聞かせてきた。
それで納得していた…はずだった。
「父さん…、剣で…御神の剣で人を護る事ができるんでしょうか?」
「?護れるさ…、きっと…」
「でも…、御神の剣は血塗られています…」
恭也の言葉に士郎はピクッと反応した。
「何が言いたい…?」
士郎の表情を見て、一瞬言葉を飲みこむそぶりを見せた恭也だったが、結局聞かずには居られなかった。
「御神の剣は、剣術は…。剣を用いて相手を倒す術策だ…。
そして剣を用いて相手を倒すと言う事は、すなわち相手を殺す事に他ならない。
そんな技術を磨きそして完成したのが俺達の御神流…。
そんな剣を用いる俺が、人を護るだなんて言うのは…」
「なあ、恭也…」
恭也の言葉を遮って士郎は恭也に声をかけた。
「俺はフィアッセを護るために命を落とした…」
突然の父親の言葉に、恭也は意味もわからないままじっと聞き入った。
「俺は、SPの仕事でも故意に敵の命を奪う事はしなかった…。
俺は御神の剣は人を護るための物だと思ってる…。敵もまた命を持つ人だからな…。
しかし、そんな俺を御神の連中は批判したよ…。
敵も味方もできるだけ多くの人の命を救いたい、それは、理想論であり偽善だと…。
しかし俺は死ぬまでそれを貫いた、親友の一人娘で息子と娘の親友を護りぬけた…。
だから俺は後悔してないよ…」
父の言葉のとおり、その表情には一遍の後悔も含まれていなかった。
『父さんあなたは…』
そんな父の目をじっと見ながら恭也は何故か拳を握り締めていた。
「父さんあなたは…間違っていると思います。」
低く押し殺した声で恭也は父に向かって言い放った。
「父さんを殺したテロリストは、かつて父さんに切り伏せられた人間だったそうですね?
つまりあなたが御神の剣士として最初に容赦せずに切り殺しておけば…あなたは死なないで済んだ!!!」
「恭也…俺は…」
「そう…あなたはそれでいいかもしれない。自分の好きにしたんだから。
でも残された人間の事を考えた事がありますか?
フィアッセはずっと自分があなたを殺したんだと、罪の意識にさいなまれるかもしれない…、
美由希はあなたのために剣を取る事になったのかもしれない…、
なのはも母さんも…、残された人間の事を考えた事はあるんですか!!!!?」
激しく、父に向かって問い詰める息子の姿とは対照的に、父は落ち着いた態度で
「それが、お前の出した答えなら、お前はその道を歩めば良い…」
父の言葉に恭也は哀しそうな顔をする。
そんな息子に士郎は淡々と言葉を投げる。
「剣は人を殺める道具だ。その理を否定する事は俺にもできない…。
そして御神の剣は殺人の技術なのかもしれない…。
でも、それを用いる人間によっては良くしていける…。
俺は、例え綺麗ごとであってもそうありたいと思っている…」
「父さん…」
「恭也…。もうお前は俺の背中をただ追いかけてるだけの子供じゃないだろう?
自分の思う道を歩めばいい。
しかしな…今のお前は、ただ剣士の性に流されているだけだ…。
強者との闘いを求めるのは剣士の性だが…闘う事で、そして自分の強さを確認する事で、答えを探そうとしているお前は…、お前は…酷く辛そうに見える」
「しかし…もはや俺が剣を握る理由は見つからないのに…
美由希に御神の俺にわかる全てを伝えた、
膝を砕いた俺はもはや御神の剣士として完成しない、
それなのに剣を捨てられないんだ…だから…だから…」
「だから自分の強さを確認するために強者を求めた…か。
恭也、強さのために強者と闘い、そしてまた更なる強さを求める生き方を人は『修羅』と呼ぶ。
そしてその修羅道を極めた者は、もはや人ではない、
剣のために生き、剣に憑かれた鬼…
『剣鬼』と人は呼ぶだろう…」
恭也は無言で、唯ひたすらに父の言葉を聞いていた。
「恭也…、お前は修羅になるには優しすぎる…。それに…」
士郎はスッと恭也の右膝を指す。
「その膝はお前に、力のみを追い求める事の哀しさを教えてくれたのではなかったのか…」
その言葉で恭也の脳裏に流れる記憶。
膝を壊した時の記憶が、浮かんでは消えていく。
那美に出会ったこと、
薫に出会ったこと、
諦めない事への決意、
そのほか、色々な経験。
そして…そして…なによりも彼が目指した…
「恭也、お前の瞳には、俺の背中は修羅道を極めた一匹の剣鬼に映っていたのか?」
そう、恭也が目指した背中は、決して血に飢えた、闘いにのみ心を燃やすような剣鬼のなんかではなかった。
優しくて、温かくて、陽気で、でも強くて涙もろい…そんな人間としての『高町士郎』だった。
今、恭也は再び士郎の背中が見えた気がした。
恭也は歓喜の涙を流した。
ずっと見失っていた、もう見つける事はできないと思った、父、高町士郎の背中が再び見つかったのだから…
「恭也…お前はいつからそんなに泣き虫になったんだ…」
士郎の言葉に慌てて涙を拭う恭也を見る目は暖かかった。
「しかし、恭也…忘れるなよ、その涙こそがお前の人間である証だという事を…」
「恭也、最後に一つだけ注意してやる、俺の背中は目標になんかならない…
俺の背中はお前にとってゴールじゃなくてスタートなんだぞ」
「はい!!父さん…。
俺はまだ答えを完全に見つけてはいないけど、少しだけ今日見えた気がします。ありがとう」
「それと最後にもう一つ…」
「何ですか?」
「女性を口説く時くらいは、情熱的にしろよ…」
「ナッ…何を言ってるんだ?」
「とぼけなくても良いだろ、薫さんて言ったけ?お前も隅におけないな…」
「…シュークリームを一口食べた瞬間に、かーさんを口説き始めたあんたに言われる筋合いはない…」
「はははっ!全くだ。
母さんやなのは、美由希や美沙斗、フィアッセにもよろしく言ってくれ」
「突然、夢であったとか言ったら、またかーさんやフィアッセに
『恭也…そんなに寂しい思いをしてたなら一言、言ってくれれば良かったのに…。
ゴメンね、かーさんお店が忙しくて、あんまり恭也と遊んであげられないから。よよよよ〔泣き真似〕』
とか言ってからかわれるのが落ちだと思うが…」
一瞬そんなみんなの様子が士郎の目に浮かんだ。
「そっか、みんな変わらずに元気でやってるんだな…」
「その代わりと言ってはなんだが…」
「?」
「薫さんと…もし上手くいったら、墓参りに行ってやる。」
恭也にしては精一杯の冗談に士郎は微笑を浮かべていた。
「ちゃんと、桃子の特製シュークリームをもってこいよ…」
「…了解」
うっ…
眩しい…
「恭ちゃん…起きないと駄目だよ〜、もうお昼になるよ…」
目を覚ますと美由希が部屋の窓を開けていた。
「珍しいね、恭ちゃんがこんな時間まで寝てるなんてさ…」
返事をせずにボーっとしている兄の顔を覗きこむ様に、美由希は顔を近づけた。
「夢で…」
突然恭也が喋り出して、見由希はビックリして近づけた顔を遠ざけた。
「夢で父さんに会った…」
兄の言葉がいまいち飲み込めない美由希は、それでも嬉しそうに呟いた。
「そっか…、だからかな、今日の恭ちゃんなんかすっきりした顔してる…」
晴れ晴れとした、恭也の心を写すように、空には雲一つない青空が広がっていた。
_____________________________________
後書き
今回も士郎アンド恭也親子オンリーで構成されております。
最後にほんの少しだけ美由希が出てきたので、2話連続男のみの話しは避けられました