教えて!
けたたましい音が、ロード・エルメロイU世と呼ばれている彼の部屋で鳴り響いている。
その轟音は、既に5分間は間断なく鳴り響き続け、周囲の部屋の主たちを閉口させるに十分の騒音だった。
堪り兼ねて、苦情と共に隣人が駆け込んでくる事は必至の、大騒音公害である。
もっとも、この騒音、部屋の主が誰よりも迷惑を被っているので、苦情に駆け込まれたところで、即座に解決には至らないかもしれないが。
「はぁ・・・」
苦々しい表情と共に、通算38,704回目のアドミラブル大戦略Wのシングルプレイを中断させ、騒音の発生源に近づいていく。
「まったく、本当に間違いなく最低の日本人だ」
その発生源は、ステレオでもテレビでもなく、無論目覚ましでもない、何を隠そう、彼の部屋と外界を繋ぐ重厚な樫の木の扉であった。
「何のようだ」
扉を開ける前よりも一層不快そうな表情と共に、扉の前に立つ少女に声をかける。
「いやですわ、プロフェッサー。
本日より、正式にこの時計塔で学ぶ事になりますので、私の弟子と共にご挨拶に伺うと、事前にご連絡したではありませんか」
やや幼いが、整った顔立ちの、黒髪の美しい少女が満面の笑みで立っていた。
片足を僅かに宙に浮かせ、まるで5分間ほどローキックを連打していたような体勢でなければ、誰もが見惚れるくらいの笑みであった。
「すまないな、どうでもいい事は、記憶に留めておかない事にしているのでね」
「それでは仕方ありませんね。
お年のせいでしょうかね、そんなに忘れっぽくなってしまったのは」
「ははは、しかし、さすがは名門遠坂の魔術師。
足で扉を叩くとは、ノック一つを取っても、凡百の魔術師とは違うな」
遠慮がちなトントンではなく、叩きつけるようなドンドンでも無い。
扉の向うから響く音は、ドゴンドゴンと、大型ストレッジハンマーで扉を叩き壊さんばかりの音だったのだが。
「申し訳ありません。
何度ノックしても、反応が無かったので、恐らくはお年のせいで、少々耳が遠くなっているのやもと考えまして」
動作だけなら、完璧な礼儀作法で少女を迎える男と、表面的には優雅その物の仕草で挨拶を終えた少女。
その二人の作る、居心地の悪い空間でオロオロしている少年こそが、恐らくは彼女の弟子なのだろう。
「紹介いたしますわ、彼が私の弟子で衛宮士郎と申します。
もう、お会いする事はありませんので、お見知り置き頂かなくてけっこうです」
「お・・・おい、遠坂」
少年を紹介し、義理は果たしたと、とっとと部屋から出て行こうとする少女に困惑しているようだ。
基本的に善良なのだろう、少女に止まる様に呼びかけ、「よろしくお願いします」と、ウェイバーにペコリと頭を下げて挨拶する。
そして、少女を追いかけようと振り向いた瞬間、少年が何でもないことのように呟いた言葉が、ウェイバーを貫いた。
「プロフェッサー、ゲーム、随分お好きなんですね」
「ちょっと待て!!」
もう既に、少女は部屋を出てしまい、慌てて追いかける少年の背中に、思わず叫んでしまった。
「なんですか?」
驚いたような表情で、振り向いた少年に、ズイっと詰め寄る。
「何故、私がゲームが好きなのだと思った」
「いや、そこにあるゲーム機、もう2〜3世代前のゲーム機なのに、未だに遊んでるみたいだから、ゲームお好きなのかな、と」
何でもないように、ゲーム機について語る少年を前に、ドクンドクンと高鳴る胸を押さえつける。
「・・・君は、ゲーム、好きなのかな?」
「好き、と言うほどではないですが、友人の家でたまにやるくらいですけど」
それが何か?と言う様な、何でもないような表情の衛宮士郎を前に、質問した方はその半分も正常を保てては居なかった。
珍しく、ここ時計塔で、ゲームに対して肯定的な意見を聞いたのだから、彼としては嬉しくって仕方ない。
『いや、だが、落ち着け、ウェイバーよ』
自分に呼びかけ、深呼吸を一つ。
「それで、君、君の名前は・・・衛宮君といったかな?」
はい、と返事を返しながらも、落ち着き無く扉を見ている。
恐らく師である、遠坂凛が部屋から出て行ってしまったので、後を追いたいのだろう。
「衛宮君、君はアレかな。ほら、あの街には詳しいのかな。ウエノとかアサクサとか、そのあたりに近い街の話なんだが……」
最後の質問をした。
魔術師は、科学とは反対方向に突き進む人種だ。
故にこの質問に期待通りの回答が帰ってくることはないだろう。
「そうですね、機械弄りが趣味なんで、たまに部品を購入に行くくらいですけど・・・」
まるで雷に打たれたように、彼の言葉が身体を貫いた。
「すまないが衛宮君、あのゲーム機、少々調子が悪くてね。
ちょっと、見てもらえないかな」
少しだけ扉の向うを見て逡巡して、結局わかりましたと笑顔で引き受けてくれた彼に、少しばかり罪の意識を感じる。
いくらなんでも、ゲーム機なんて精密機械、素人が見てその場で直せるわけが無い事くらいわかっていた。
ただ、彼を引き止める理由を考え付くまで、時間が欲しかったのだ。
「こんな事なら、遠坂凛の指導役を素直に引き受けておけば良かった」
色々と考えを巡らせるが、妙案は出ない。
思わず零れた言葉は、心底本音だった。
まさか、師匠である凛の指導を断っておいて、その弟子である彼だけを引き受ける、なんていくらなんでも彼女が納得するわけがない。
せめて彼が標準並みの魔術の腕があれば、「彼には隠れた才能がある」とでも適当な理由もでっち上げられたが、
この短い会話の中から察するだけでも、魔術師としての彼は、どうして遠坂凛ほどの魔術師がわざわざ彼を付き人に指名したのか、理解に苦しむほどの腕前だ。
「直りましたけど、プロフェッサー」
「・・・あー、どうすればいい・・・」
「あのー・・・?」
「ああ、すまない。
まあ、精密機械だからな、素人でどうこうなるものでもない」
「いえ、その、とりあえず修理しておきましたけれど」
「うむ、後で、メーカーに修理に出すとしよう・・・って、なに!?直った!?」
電源関係の故障だったはずだ、素人がちょっと弄っただけで直るレベルではないはず。
そう思い、確認するが確かに直っている。
ビックリして、彼を賞賛の瞳で見ていると、少し照れたのか頬を掻きながら苦笑を浮かべている。
「構造把握だけは得意なんです。
よく学校の備品とか、家電なんかも直してたから、これくらいなら」
その言葉に苦笑の理由を察する。
確かに、魔術師として考えれば、わざわざ設計図を起こして全体の構造を把握するのは無駄が多い。
が、ウェイバーには、これほど必要な人材もそうは居ないだろう。
「決めた、衛宮君。
君の指導はこの私が直接しよう」
「え?」
「ふざけないでよーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!」
士郎の驚きの声と、誰かの怒声が重なる。
「ロードからの推薦状もある私の指導は断りながら、何で士郎の指導は自分から買って出てるわけ!?」
誰かとは、当然衛宮士郎の師匠の遠坂凛であり、ウェイバー自身も予想したとおり、簡単に納得して士郎を預けてくれそうも無い。
「断ってて、どういうことだよ、遠坂」
「コイツはね、時計塔の中でも屈指の実力がある講師でね、当然私もこいつの指導を受けようと思って、ロードからも口利きを頼んでおいたわけ。
なのに、コイツは私に指導する気は無いから、何処にでも推薦状を書いてやるから、他を当たれなんていいやがったのよ」
「そんな人が、何で時計塔に招かれた遠坂の弟子でしかない、俺の面倒なんか見てくれるんだよ?」
「そこよ、問題なのは!
士郎があんまり遅いから、道にでも迷ってるんじゃないかって、探しに来て見れば、まさかこんな耳を疑う事態になってるんだもん。
私も納得できる説明をしてもらわないと、とても認められないわ」
「ウッ!!」
当然だが、怒り心頭で詰め寄ってくる遠坂凛と、不審そうな表情でウェイバーを見ている衛宮士郎を前に、言葉も出ない。
「そ、それはだな・・・」
冷や汗が額を流れ落ちる。
目の前の遠坂凛の視線が突き刺さる。
この頭の回転の速い少女の事だ。
少しでも矛盾がある言い訳を口にすれば、その瞬間に不信は頂点に達し、二度と衛宮士郎を自分の前に連れてくる事はないだろう。
「それは?」
感情の動きすらも見逃さないよう、瞳の奥を覗き込んでくる眼光は鋭く、さすがは聖杯戦争の勝者だと瞠目に値する。
しかし、今のウェイバーにはそんな余裕なんか無く、忙しく頭をフル回転させるしかない。
「え、衛宮士郎には凄い才能がある」
『あ〜、私は一体何を言ってるんだ』
口をついて出てきた言い訳に、頭を抱えてしまう。
先程、もっとも下策として、有り得ない言い訳だと思った言葉だ。
当然、遠坂凛の瞳が糸よりも細く、視線は冷たいものに代わる。
「君にはわからないだろうがね。
いや、私以外の誰にも見抜けはしないだろう」
もう自棄だ。
遠坂凛から、「話しにならない」と切り捨てられる前に、矢継ぎ早に言葉を重ねる。
そして、得てして言い訳とはそういうものかもしれないが、否定や沈黙に怯えるように、頭は空っぽなのに口だけは何故か止まらない。
「この少年はきっと特定の分野においては、突き抜けた才能を示すに違いない」
『彼の何処に才能が有るのよ』そう問われないように、先に言い訳を用意する。
特定ジャンルに突き抜けているとでも言わないと、今現状の状態のあまりの酷さの説明がつかない。
彼女の視線から眼を逸らす。
汗が止まらない、心の中は悲鳴のオンパレードだ。
「何で、そんな事あなたにわかるのよ?」
そう尋ねた彼女の眼には、何故か先程までの怒りの色がない。
まるで、衛宮士郎には、本当に突き抜けた物凄い才能が有る事を、彼女自身が認めているように。
「鼻にかけるわけではないがね、私は
『他人の埋もれた才能を見抜いて育てることにかけては時計塔随一』とね」
胸を張って、彼女の瞳を見つめる。
何故だかはわからないが、ここで押さない限り、自分には勝ち目がないと理解していた。
絡み合う視線、だが、先程までとは様相が違ってきている。
観察されているのは、ウェイバーではなく、凛の方だ。
一度閉じられた彼女の瞳、長い睫毛が揺れる。
次に瞳を開いた時、彼女は短く吐息と共に、寂しげに言葉を漏らした。
「私には、気づけなかったのになぁ・・・」
理由は分からないが、直感する。
彼女は、目の前の少年に才能と言う名の可能性を、その結末を、察しているとか感じているなんて不確実なものではなく、知っているのだと言う事を。
「わかったわ、確かに士郎の埋もれた才能を発揮させるのに、貴方より優れた指導者は居ないかもね」
そうして、私のシングルプレイ回数は通算38,704回目でストップした。
ついに念願だった一緒にゲームをしてくれる仲間を手に入れた。
ゲームの説明書を衛宮士郎に渡し、アイツが購入してから初めて2コンを接続し、通算一回目の二人用プレイをはじめた。
CPUの動きには無い、人間同士だから味わえるプレイの醍醐味に身を委ねながら、横目でチラリと士郎を見る。
『一体コイツの隠された才能ってなんだろう?』
少し考えてみる。
どう見ても、そんな物有りそうには見えないわけだが。
『まぁ、いいか、とりあえずゲームの相手が居れば』
そう、ロード・エルメロイU世と呼ばれ、『他人の埋もれた才能を見抜いて育てることにかけては時計塔随一』と言われる彼だが、
いまだ衛宮士郎の隠された才能が何か、露ほどにも気がついていないのだった。
魔術師の戯言
ゴメン、今週引越しなのでとりあえずUPだけ。