その少女は尋常じゃなく周囲の目を惹いていた。

流れる金糸の髪、朝日に輝く新緑の碧眼、新雪の結晶の粋のような白い肌。
異性だけではなく同性すらも振り返らずには居られない程の美しさ。
それは、まさに神の作った芸術品といった趣だった。

だが、『ここ』で彼女が人目を引くのは、芸術の神の仕業ではない。
彼女自身の持つ神秘性が原因だ。
彼女は文字通り人を超えた存在、『英霊』である。
そして、ここは神秘の深奥に触れるために研鑽を重ねる魔術師の本拠地である時計塔。

自分達が、先祖代々研鑽を重ねてきた神秘の奥義を、軽くブッチギル神秘が目の前を歩いているのだ。
魔術師なら、我が目を疑い、穴が空くほど凝視をするのも当然だろう。
最も彼女自身はそんな視線は何処吹く風、一向に気にする様子も無い。

「どうやら・・・ここ、のようですね」

マスターである遠坂凛の言っていた、重厚そうな樫の樹で作られた扉が目の前に聳える。
確認するように中の様子を窺うが、厚過ぎる扉は、完全に外部との関わりを絶っているのか、
物音一つ聞こえてこない。
確認するように周囲を窺うが、どうやらここが士郎が師事しているロード・エルメロイU世の居室で間違いないようだ。

「ロード・エルメロイ・・・ですか」

ズキリと胸を去来する想い。
まるで修羅のように、悪鬼のように歪む魔貌。
清廉潔白な、武人の鑑の口から紡がれる怨嗟。。

凛も士郎も知らない、過去の聖杯戦争の苦い記憶を飲み干すように呼吸を整えて微笑を作る。
そう、誰も知らない過去の話で、今の大切な人たちを心配させる事もないと、目の前の樫の扉を叩く。


教えて!絵留眼炉違先生(ロード・エルメロイU世)


ノック後、厚い扉の向うから「はいはい」なんて、よく見知った声がする。

「あれ?セイバー」

どうしたんだ?なんて惚けた反応を見せる我が主に呆れてしまう。
それが表情に出ていたらしく、困ったような苦笑が士郎の顔に広がる。

「何の連絡も無く3日も帰ってこないから、心配した凛に言われて様子を見に来たんですよ」

もう、なんて呆れて見せる苦笑すら愛らい彼女に、きょとんとした不思議そうな表情を返す。

「いや、俺、遠坂に連絡したぞ」

「・・・は?」

そんなはずは無いだろう、今朝の「いつ帰ってくるのよ、あのバカは!!!」と、怒り心頭の彼女を宥めた苦労を思い、顔を顰める。
しかし、ほら、とポケットから取り出した携帯には3日前の日付で、「遠坂、講義の関係で3日程帰れなさそうだ、すまない。セイバーにも心配しないで良いと伝えてくれ」と、
シロウらしい実直なメッセージが踊っている。
自分の事も気にしてくれて嬉しい、じゃなくて、確かにシロウは凛に対し連絡しているようだ。
つまるところ、考えられるのは・・・

「・・・なるほど、そういうことですか」

「遠坂、携帯持ち歩いてないな」

同時に納得いったと頷く二人だった。

「しかし、3日も籠もりっきりとは、一体どんな過酷な特訓を?」

見たところ士郎の外見には、傷一つ付いている様には見えない。

「は、はははは」

力なく笑う士郎の眼の下に、濃くクマが出来ている以外には。

「おい、衛宮、お前のターンだぞ。
一体誰が訪ねて来たと言うのだ・・・」

「すいません、先生」

士郎の背中から長身の男が近づいてくる。
先生と言うからには、彼が士郎が師事するロード・エルメロイU世だろうか。

「なっ!!」

セイバーを見た瞬間絶句し、幽霊でも見たかのような表情で固まってしまった。
それはそうだろう、とびっきりの神秘が、弟子と談笑しているのだ。
まして断られたとはいえ、凛は師事するため推薦状を持参しているのだ、恐らく聖杯戦争の事を知っているのだろう。

正統な魔術師が初めて英霊を見たのだから、当然の反応なのかもしれない。

「先生、彼女はセイバーといって・・・」

「騎士王か・・・」

その発言にセイバーの緊張感が高まり、士郎は驚きの声を上げた。

「なるほど、騎士王をあの女が率いたか、ならば勝利は必然かもしれんな」

口から漏れた確信めいた独り言は、目の前の少女をアーサー王と確信した上での発言だった。
士郎の表情を見るに、彼が事前にサーヴァントの真名を告げたわけでもなさそうだ。
緊張感は、緊迫感に変わり、鎧こそ具現化していないが、周囲の工房の人間が驚きのあまり廊下に駆け出してくるほどの
魔力の奔流が彼女を中心に渦巻いていた。

「士郎、紅茶だ、3人分用意しろ」

クルリと部屋に踵を返し、間接的に彼女を招き入れた。
殺気はなかったとはいえ、セイバーの圧倒的な魔力の奔流に曝されながら、何事もなかったかのような所作に、士郎は元よりセイバーも驚かざるを得ない。

「何故、私の真名を知っている、メイガス」

テーブルを挟み対峙する二人、間に挟まれた紅茶が場違いな芳しい香りを発していた。

「何故も何も無い、お前と以前会っているからだよ、騎士王」

「バカな!?私が、騎士として、我が前に立ち塞がった好敵手を忘れるなど有り得ません」

怪訝そうなセイバーをからかう様に、香りを楽しむように紅茶の湯気を顎に当てる。

「会った事があるどころではないな、私はお前のエクスカリバーの前に立ちはだかった事もあるぞ」

「バカ・・・な」

悩むセイバーを尻目に、師の言葉に、士郎がハッとする。

「まさか、先生貴方は・・・」

「そう、そのまさか、だ」

ニヤリと笑いを弟子に返す。

「私は第4回の聖杯戦争でお前の前に立ちはだかっているのだよ」

その言葉にセイバーは怪訝そうに眉に皺を寄せる。

「まあ、お前が覚えていないのは当然だろう、英霊と言うやつは座に戻れば記憶を失うそうだからな」

自信有り気に鼻を鳴らす師に、言い難そうに弟子が声をかける。

「先生、セイバーはその特別でして、第4回の記憶も持っているんですが」

「何!?」

驚きの視線に小さく頷き、申し訳なさそうに俯く。

「はい、私は第4回の聖杯戦争の記憶も持っています。
例えば先代のロード・エルメロイのサーヴァント、ディルムッド・オディナはとても高潔で手強い相手でしたし、キャスターの宝具はとても奇怪で不快でしたが・・・」

「あの、聖杯問答を覚えてないと言うのか!?」

言外に憶えていないと意思表示していたセイバーが、その言葉に眼を開く。

「聖杯問答?」

「騎士王と英雄王と我が征服王という、化物揃いの第4回の聖杯戦争の中でも、傑出した個である3名の王の、聖杯を巡る問答だ」

「セイバーとギルガメッシュに並ぶ英雄!?」

師の言葉に、思わず驚きの感嘆が漏れる。
士郎の視線を受けセイバーが小さく頷く。

「はい、あの時のライダーは征服王と呼ばれ、恐らくあのギルガメッシュが唯一、自らの敵として評していた英雄でした」

「・・・あの、天上天下世界に自分に並ぶ者無しと言って憚らないギルガメッシュガ、曲りなりにも敵として認識した英霊、か」

「そう、その征服王イスカンダルのマスターだったのがこの私だ!」

驚きのあまり声が出ない二人に満足気に頷き、冷めた紅茶に口をつける。

「先生も第4回の聖杯戦争の参加者だったのか」

「ああ、私と我が王が健在だったなら、あんな災厄など起こさせなかった物を・・・」

悔恨を伴った呟きは、考え込んでいるセイバーは元より、士郎の可聴域にも達せず消えていった。

「それで、セイバー、マスターとしての先生は・・・」

「すいません」

士郎の言葉に申し訳なさそうに首を振る。

「征服王のインパクトが強すぎて、彼のマスターの記憶が全く思い出せなくて」

居た事は憶えているんですけど、とフォローするような言葉が、余計場の気まずさを際立たせる。
静寂が支配する工房内で、音と言えば長針と短針の踊る時計のワルツと、プレイヤーの帰りを待つアドミラブル大戦略Wだけだった。



どれくらい経っただろう、ポツリとエルメロイが溜息と共に言葉を吐いた。


「まあ、僕はあの人の足を引っ張ってばかりだったからな」


「え?」

「あ」

「いや、何でもない、それより衛宮、お前のターンだぞ」

身体をゲームに向け、士郎にもコントローラーを投げて寄越す。

「えっ!?まだやるんですか?」

「当然だ、このゲームの決着が着くまでは帰らせん」

「これが終わったら一回帰ってもいいですか、遠坂が怒ってるみたいなんで」

「仕方ないな」


そう言ってゲームに向かう二人にセイバーが興味深そうな視線を向ける。

「士郎、それはなんですか?」

「えーっと、シュミレーションゲームといってだな・・・」

大雑把な士郎の説明にセイバーが瞳を輝かせる。
説明書を熱心に読み込み、気がついた頃には士郎が帰る準備を終えていた。

「士郎、負けてしまったのですか?」

「ああ、結局3日間で8連敗だ」

「王たる私が敵を取ってあげましょう」

「え、セイバーもしかして・・・」

「王となって、兵糧を蓄え、軍備を整え、国防に征服にと勇躍するゲームですね、私にこそ相応しい」

「あれ、セイバーやってみたいの?」

「はい!!」

意外そうな者を見る眼をした師と視線が合った。

「これ、けっこう時間がかかるし、今からやったら、今晩も帰れなくなっちゃうかもよ」

「う・・・、それは凛が怖いですね」

「だろ?今日は帰ろう」

「うう、私のブリテンが・・・」

なおも、諦めきれないかのように、攻略本から眼を外さないセイバーに士郎が溜息をついた。

「衛宮、そのハードごと貸してやる」

「本当ですか、メイガス!?」

嬉しそうなセイバーに呆れたように頷きを返す。

「良いんですか、先生」

「ああ、ついでにお前も練習して来い、せめて5回に1回は俺に勝てるようにな」

「・・・次は魔術も教えてくださいね」

苦笑を返す弟子に、適当に相槌を打つ。
流石に3日間ぶっ続けでゲームをやらせた事は、反省しているらしい。

「ありがとうございます、メイガス」

騎士王とは思えない、無邪気な笑みを向ける少女に思わず眼を細めた。

「それは、イスカンダルが勝手に買ったものなんだ、大事にしてくれ」

「・・・そうですか」

先程より一層大切そうに、ゲームの箱を胸に抱いた。

「そうしていると面影がありませんね」

「え?」

「『僕』で思い出しました、震えながら、神威の車輪にしがみついていたけど、決してエクスカリバーから逃げようとしなかったマスターの姿を」

フン、と恥ずかしそうにそっぽを向いたかつての好敵手のマスターに会釈をして、士郎の後を追おうとするセイバーの耳を叩いた言葉。

「良かったじゃないか、間違いを正してくれる奴がいて」

「え?」

「あの馬鹿娘は余が正しく征してやらねば永遠に道を踏み誤ったままだろう、それではあまりに不憫すぎる」

振り向いたセイバーの視界には、後ろを向いたまま、照れ臭いのか頬を書いている、ウエイバー(・・・・・)の姿。

「それが、アンタとの最後の戦いに臨む前のアイツの言葉だよ」

クスリとセイバーが笑ったのが気配でウエイバーにもわかった。

「まったく、彼らしい言い分ですね」

あの時の自分なら、こんな事言われたらきっと笑えなかっただろう、セイバーはそう思ったし、それは間違いない事実だった。

「もっとも私は難攻不落です、英雄王ですら征する事ができませんでしたから」

ウエイバーが言葉を返す前に、弟子がいつまでも出てこないセイバーに声をかけに戻ってきたらしい。

「それでは失礼します」

弟子の声と、少女の呟きの後で、背後で扉が閉まる音がした。

苦笑とも微笑とも取れる小さな笑いが誰も居ない部屋で零れる。

「あいつ、本当に只者じゃないのかもな」




「私の征服王」



騎士王の呟きを我が王が聞いたらどんな顔をするだろうか。
きっと、あの厳つい顔に似合わないほどに愛嬌を湛えた瞳がくりくりと動き、豪放に笑うのだろう。

「小僧、騎士王の心も(征服王)の真名すらも征服するか」






魔術師の後書き

ということで、久々の更新です。
ドラマCD買わなくちゃ。
前回前々回に較べると少しだけシリアスでしょうか。

セイバールートで士郎がセイバーをずっと女の子扱いしていたように、
イスカンダルも実力は認めながらも、セイバーをずっと少女扱いしてたんですよね。

結局彼は、セイバーの道を正す事はできなかったけど、ウエイバーを通して伝言を伝えましたと。
まあ、凛ルートだから、正確にセイバーが道を正していたかは微妙なんですけどねw

ということで、感想よろしくお願いいたします。