豪奢、とはいえないけれど、清潔に掃除が行き届いた寝室。
これまた清潔そうな真っ白いシーツに、漆黒の緩やかにウェーブがかかった髪が躍る。
その髪の持ち主は未だ眠りの園に居わすのか、差し込む柔らかい日差しを避けるように、少々厭わし気に寝返りをうつ。
彼女の生まれ育った日出国ならば珍しくない陽光も、この霧の都では、貴重な恵みだ。
「う・・・う〜ん・・・」
しかし、そんな恵みも、今の彼女にはありがた迷惑なのか、日差しから庇うように掌を翳す。
「眩しい、士郎、悪いけどカーテン閉めて・・・」
眠り姫からの夢現のお願いは叶えられる事は無く、王子様のキスを待たずに叩き起こされた眠り姫は不満げだ。
「あ、そっか・・・。アイツ昨日も帰ってこなかったんだっけ」
不満そうで寂しそうな自らの呟きは、元々良いとはいえない彼女の寝起きの気分を、一気にドン底に叩き落とすには十分すぎる物だった。
日本に居た時は当たり前のように目覚めたら彼が横に居たから、それに慣れてしまったのだろう。
孤独を旨とする魔術師としては、それは堕落だろうかと考えたら、もう一度眠りなおす気も失せてしまった。
フラフラと幽鬼の様な表情で、寝室から出てきたマスターに朝の挨拶をする。
それに、返答が帰ってくるのは、牛乳をコップ一杯流し込んだ後になるのは、もういつもの事だが未だに苦笑をせざるを得ない。
「まったく、桜や由紀香が見たら泣きますよ」
そんな言葉に、いつもは少々照れながらも、罰の悪そうな表情を向ける凛、そんないつもの遣り取り。
それが、この日は少し違っていて、マスターの方が何処か呆れたような顔を向けていた。
「なに、セイバー。
もしかして、一晩中やってたの?」
「え、いや、その・・・」
昨晩挨拶をした時と変わらずに、テレビの前に座り込む己のサーヴァントに苦笑せざるを得ない。
彼女が向かうテレビの画面では、最近1週間、暇さえあれば彼女がやっているゲームの画面でピコピコと戦車のアイコンが光っていた。
魔術師である遠坂凛はこういった所謂テレビゲームには疎いので、一晩中飽きもせずにテレビに向かうセイバーの気持ちがわからない。
「もう辞めよう、もう辞めようとセーブするのですが、ついついあと1ターンだけとやっている内に・・・」
「朝になってた、ってわけね」
呆れと苦笑が入り混じった凛の溜息に、流石にセイバーも申し訳なさそうに肩を落とす。
「そんなに面白いの?」
彼女の真名は、あの騎士の王と呼ばれたアーサー王だ。
実際に円卓の騎士達を率いて、数々の戦場を勝利と共に切り抜けてきた騎士の王が、こんな可憐な少女だと誰が信じるだろう。
いや、それにも増して信じられないのは、そのアーサー王が最近は、暇さえあれば戦争シュミレーションゲームばかりしているという事実だろうか。
「このゲームは良く出来ています。
単純に兵備や戦士の質だけでは戦争には勝てません。
闘いに向かう兵士の士気高揚や、士気を保つための兵站まで盛り込まれていて奥が深い」
ウンウンと頷くセイバーがこのゲームに夢中なのは、ここ数日暇さえあればテレビに向かっているのを見ているので知っている。
初プレイの時、士郎がセイバーの実力に舌を巻いていたのは、さすがカリスマBの指揮能力の賜物だと、マスターとして誇るべきだろうか。
「まあ良いわセイバー。
夢中なのは良いけど程ほどにね、寝不足で倒れたら最優のサーヴァントの異名が泣くわよ」
というか、始まりの御三家の一角としては、既に泣きたい。
「お忘れですか、凛?
聡明な貴女らしくも無い」
そんな、
「サーヴァントには、睡眠など必要ないのですよ」
今更そんな活かされなかった設定で胸を張られてもと、頭を抱えたまま、それ以上何も言わず凛はアパートを出て
教えて!
それなりに広い講堂、教卓を中心に擂鉢状に整然と並ぶ座席に座る学生達。
予習をする者、眠る者、周囲とお喋りをする者と、思い思いの時間を過ごしていた。
そんな学生の群れの中で、遠坂凛は周囲の誰とも異なっていた。
予習をするでもなく、無論優雅を旨とする彼女が居眠りをする訳も無く、周囲と雑談を交わすわけでもなかった。
そもそも雑談をしようにも相手が居ない。
魔術師としての一般教養を学ぶ授業だけに、それなりに混み合った講堂にも拘らず彼女の周りだけは人が居ないのだ。
それは、嫌われているというのではなく、畏敬の念が気安く彼女に近づくことを躊躇わしたからだった事は、
周囲の羨望の眼差しから窺える。
魔法使いの直系の弟子という家格、聖杯戦争という儀式を制した実績、底知れぬ才能と気品。
時計塔に来て僅か一月、にも拘らず彼女は、この己自身と己の学ぶ魔術への自負と誇りに満ちた学園の中で、一目以上置かれる存在となっていた。
もっとも、、もう一人の彼女と並ぶ才媛であるルヴィアルゼッタ・エーデルフェルド嬢との、『ちょっとしたイザコザ』が手伝って、
避けられている部分も無きにしろ有らずかもしれないが、それは余談である。
そんな彼女が新しく教室に入ってきた生徒に軽く手を振る。
燃えるような赤毛が印象的な少年が、軽く手を振り返し当然のように彼女の横に座った。
そんな彼に興味を示す者は居ない。
無論、最初は彼も大きな注目を集めた。
あの遠坂凛が選んだ弟子であり、彼女を補佐して聖杯戦争において準優勝をした少年だ。
注目を浴びないわけが無い。
が、それも最初の一週間だけの話だった。
一言で言えば彼は凡庸だった。
熱心であり、人当たりが良い事は、ややたどたどしい英語でも十二分に伝わったが、肝心の魔術の腕は贔屓目に見ても見習いレベルで、
とても、あの遠坂凛がパートナーとして選んだとは思えない力量だったからだ。
まあ、そんな事は、士郎も凛も気になどしていないことだった。
「遠坂、おはよう」
「おはようじゃないわよ、昨晩は結局帰ってこないし・・・」
不機嫌そうといよりは、やや不貞腐れたような表情に、士郎は平謝りだ。
「申し訳ない。
しかし、先生が急に・・・」
「またアイツ、レッスンと称してゲームをしてたんだじゃないわよね?」
不貞腐れた何処か可愛げすらあった顔が、苦々しい物に変わる。
未だに自分の師事を断られたのと、愛弟子にゲームの相手ばかりさせていることにご立腹らしい。
「で、どうなのよ?」
「先生もあれには懲りたんだろ。流石に昨日はちゃんと魔術の講義だったよ」
ゲーム相手で3日も帰ってこなかったことをセイバーに聞いて、怒鳴り込んできた恋人を思い出したのか、
「2時間くらいはゲームだったけど」という部分はトーンを落とした士郎に、ようやく凛が笑顔を見せる。
「まあ、いいわ。
今日は帰れるんでしょ?」
「ああ、そのつもりだけど・・・」
「なによ?」
眼を見張った後に、なんだか照れ臭そうに頬を掻く士郎に不思議そうな顔を向ける。
「いや、遠坂が凄く嬉しそうな顔をするから・・・」
今朝の述懐が凛の脳裏に浮かぶ。
『孤独』を懼れる自分は堕落したのだろうか。
堕落したのかもしれない。
『魔術師』としての在り方に、皹が入っている事は認めなければならないだろう。
「私を頼む」
だが、それでも構わない。
遠坂凛は欲張りなのだ。
魔術師として歪だろうが、堕落しようが、幸せを手に入れてみせる。
自分の幸せ、それは、遠坂の悲願である第二に迫り、なおかつ衛宮士郎を底抜けに幸せにする事。
『アイツ』のためにも、正義の味方なんて者を必死に目指す『コイツ』のためにも、
何よりも自分自身のためにも、二人で幸せになるために、目の前の少年の手を離さないと決めたのだから。
「どうした?」
この少女特有の、強さと気高さを合わせた、その名の通り、凛とした笑顔を向けられて戸惑ったような士郎に「別に」と返す。
決意は胸と視線に込めた、わざわざ言葉にする必要はない。
けれど・・・
「別に、か。
でも、なんかその表情は」
「ん?」
「いや、遠坂に相応しいと思ってさ」
懐かしい声がリフレインする。
「君に相応しい」
自然に零れた言葉に、アイツを見た。
アイツにさせたくないのに、アイツとの共通点を見つけて嬉しく思う自分の矛盾を笑う。
「ほんと、どうした遠坂、さっきから」
「ん〜ん、なんかが全やる気出ちゃったなぁって」
他愛ない会話で授業までの時間を過ごす。
なんだか穂村原での高校生活を思い出し、少し微笑ましくなっていたが、ようやくチクチク刺さる視線の違和感に気が付いた。
「士郎、なんだか貴方注目浴びてない?」
「遠坂にじゃないのか?今更俺に注目が集まるとは思えないけど」
しかし、言われてみると、士郎も間違いなく自分の方に集まる視線を感じていた。
いや、正確には自分と自分の今教室に入ってきた誰かを行ったり来たりする視線。
「士郎!」
ざわめきも、その男が何か喋ろうとすると途端に収まる。
それはそうだ、時計塔の名物講師が何か喋ろうとするのだ。
僅かでも魔術の深奥を探ろうとする者が、その言葉を聞き逃せるわけが無い。
「この講義で今日は終わりだったな?
終わったらすぐ私の研究室に来るように」
静寂を破り、壁から染み入る様に、ざわめきが教室中から生まれていた。
それはそうだろう。
この時計塔で彼に支持したくない魔術師など居はしない。
しかし、それは適わぬ夢だった。
基本的にロード・エルメロイU世は弟子を取る事を好まない。
才能溢れる俊英も、家格が優れる令嬢も、巨万の富を持つ億万長者でも、彼は弟子に取ることなく袖にしてきた。
実際、目の前に居る才媛『遠坂凛』とて御眼鏡に適わなかったとの噂も有る。
万に一つの確率で彼に師事出来た魔術師は皆王冠の位階に達している。
だからいつしか実しやかに言われるようになった噂。
曰く「彼の弟子となれるものは真の天才だけだ」と。
遠坂凛とい、ロード・エルメロイとい、この一見凡庸にしか見えない少年には、一体どんな隠された才能があるのかと、
教室中の視線が集中する。
「・・・ざけるんじゃないわよ」
声が士郎の横で漏れる。
その声は決して大きくはなく、むしろ呟きに近かったが、周囲のざわめきを圧して士郎の胸に響いた。
声の主を盗み見る。
長い睫毛が小刻みにゆれ、口元はキュッと意志を込めて引き締められていた。
「ふざけるんじゃないわよ、昨晩に引き続き、今日も士郎を連れて行こうっての?」
静かな、震えるような呟きは、横に座る士郎にはかろうじて聞こえても、エルメロイには届かなかった。
けれど、思いは痛いほどに伝わった。
「士郎は私のもの」
そんな子供染みた独占欲が、怒りに燃える視線に乗ってヒシヒシと突き刺さる。
何かを伝えようとエルメロイの唇が言葉を発するよりも早く、時計台の鐘が始業を告げる。
結局彼は何も言わずにざわめく教室を後にした。
◆
始業の音ともに教室のざわめきは沈静化した。
凛とエルメロイが何を喋って居たか理解した生徒は一人も居らず、
ただ時計塔屈指の才能に期待されている衛宮士郎の腕前に、にわかに注目が集まっている以外はいつもと変わらない授業風景がそこにあった。
今日の講義内容は、前回に引き続き魔術の基本理論の学習と、壊れたガラスやらランプやらの修復という実践課題だった。
はっきり言って初歩の初歩の講義。
共通科目とはいえ、凛ほどの魔術師が出る必要はない授業だった。
実際、凛と並ぶ才媛のルヴィアは、当然出ていない。
にも拘らず凛が出席しているのは、弟子の士郎の成長進度の確認と補助が目的であった。
―――少なくとも、建前では。
故に、とっとと課題を済ませ弟子に眼を向ける。
前回の授業では、クラスで唯一最後まで成功させる事ができなかった弟子の、手助けをするためだ。
そもそも、高々講義を数回聴いただけで成功するわけが無いのだ。
初歩の初歩故、日本に居た時も何度も試みた課題だが、不器用であり、特定の魔術に特化した士郎は、ただの一度も成功したことがなかったのだから。
ところが―――
「で、できた!」
小さくガッツポーズをする弟子の目の前には、元通り修復が施されたランプがあった。
「嘘・・・」
「む、遠坂いくらなんでも失礼だろ」
眼を丸くして驚く師匠に口を尖らせる。
しかし、それは嘘でもまぐれでもない事は、この後の課題で証明された。
無論、超一流の凛から見れば、まだまだたどたどしく危なっかしくもあるが、曲りなりにも士郎は次々と課題をクリアしていく。
つまり士郎は、この数日でこの魔術理論を習得した事はどうやら間違いは無いようだ。
驚くには値しないのかもしれない。
今日の課題は初歩の初歩であり、時計塔に席を置く魔術師なら出来て当然のレベル。
そのうえ、アーチャーはとりあえず、それなりの魔術くらいは習得していたのだから、身に着けてもおかしいことはないのだ。
―――――しかし、何故急に。
その疑問は授業後、すぐに氷解した。
「先生、おかげで今日の課題は問題なくクリアできました」
「フン、あの程度、基礎の基礎だぞ。
出来て当然だ・・・って、どうした?」
礼を言う教え子に当然というエルメロイが、驚愕の視線で自分を見る凛に言葉を投げる。
ちなみに、今日は是が非でも連れて帰る気満々な凛が、士郎一人でエルメロイの研究室に行くことを許さず着いて来ていた。
「・・・悪かったわね、半年かけてもマスターさせられなくて」
「いや、遠坂、それは俺の出来が悪かったからで、遠坂が悪いんじゃないだろ」
「いや、教師が悪いな」
悔しそうな憮然とした凛の言葉に、油を注ぐエルメロイ。
あっさりと炎になった凛の怒りに、心底呆れたように、ヤレヤレなんてリアクションを返す。
「いいか、お前も士郎の養父も、士郎を教えるには優秀すぎたんだよ」
「は?」
毒気を抜かれたような凛と、首を傾げる士郎に、エルメロイは溜息をつく。
「お前にしても、エミヤキリツグにしても、魔術師として優秀だから、この程度の魔術あっという間に理解出来てしまう」
まるで講義をするかのようなエルメロイに、はっとしたように視線を向ける士郎。
「だが、士郎はそうは行かない。
理解させるには一から説明し、疑問点を解消してやんなきゃならない。
だが、お前らにはそれができない。
理解出来ない理由が理解できないんだから当然だ」
微妙な表情で自分に視線を向ける弟子に、怪訝な表情を向ける。
「分かり難かったか?
そうだな、例えば呼吸をどうやってするか?なんて考えないだろう。
だが、いざ説明しようとすると、なんて言ったら良いかわからないだろ、そういうことだ」
無言で頷く凛が、はっとして悔しそうに一瞬唇を噛んだ。
説得力があり、わかりやすい解説に引き込まれていた自分に気が付いたからか、自分よりも士郎を導くに足る手腕をもった男に嫉妬したからか。
恐らくはその両方だろう。
しかしエルメロイの言葉は、いみじくも、かつてアーチャーが士郎に言った言葉だったが、無論凛は無論知るよしもない。
「悔しいけど、士郎を導くにはあんたの力が必要みたいね」
「・・・だが、ここまで出来の悪い弟子は俺も初めてだ」
無論その呟きは凛には言えない。
ゲーム要員で弟子に取ったとばれるわけにはいかないから当然だが。
「ん?士郎、どうした」
解説が終わっても、相変わらず何か考えるような顔をする弟子に声をかける。
「先生、俺の養父が何故キリツグと知ってるんですか?」
それは鋭くも激しくも無いが、それまでの緩やかな空気を一変させるには十分だった。
一瞬、剣呑な空気が研究室に生まれる。
「俺も前回の聖杯戦争の参加者だぞ。
苗字から推測すれば、簡単だろう。
例えキリツグと出会っていなくてもな」
士郎の質問に含まれた裏の意図にはっきり言葉を返す。
安堵の息を漏らす士郎。
『良かった、爺さんと先生が殺し合いをしていなくて』
漏れそうになった言葉を留めたのは凛だった。
凛が今日何度目かの驚いた顔を士郎に向ける。
「・・・やっぱ、士郎のとこのお父さんもマスターだったんだ」
「セイバーから聞いてないのか?」
「うん、薄々察してはいたけど聞いてない」
何故。
視線で向けられた問いは、微苦笑とともに返された。
「・・・お父様は聖杯戦争で亡くなったから」
魔術師として、自ら殺し殺される戦争に参加したのだ。
その死事態は受け入れている、少なくとも母のように過度のショックを受けては居ない。
―――それでも。
「私、お父様を敬愛していたから」
先程の呟きと同じく士郎はそうか、としか返さない。
自分が師に向けた危惧以上の、嫌な想像が頭を過ぎる。
キリツグは生きていた、少なくとも聖杯戦争は生き残った。
ならば・・・
「私、士郎が好きよ」
さらりと告げられた言葉。
しかし、それはどれ程の衝撃を士郎に与えただろう。
そこに込められた意味。
『例え、貴方の養父が私の父を殺したとしても』
言葉ではなく、瞳が彼女の気持ちを痛いほどに伝えてくる。
「だから、知らなくて済むならそれもいいかなって思って、セイバーにも聞かなかった」
「―――ゴメ」
「謝らないで!!」
鋭い拒絶に士郎は思わず自分の掌を握り締める。
安易な謝罪は、凛の、そして彼女の父親の誇りを踏み躙るから。
「ね、謝らないで。
過去の争いは私たちには関係ないんだから」
言葉とともに、唇が触れる。
「エヘヘ、またキスしちゃった」
悪戯が成功した子供のような、少し照れ臭そうに目を逸らしながら笑う彼女。
最後の戦いに赴く前の夜を想起させる甘い香り。
脳髄が焼ききれる。
理性が、本能に駆逐される。
―――-本当にどうしてコイツは、こんなにも、可愛いんだろう。
士郎の手が、その魅惑の唇を求めて、凛の頬に伸びる。
この期に及んでなお照れ臭いのか、視線を合わせようとしない凛を、強引に自分の正面に引き寄せる。
愛らしい瞳が閉じられ、長い睫毛が恥ずかしそうに僅かに揺れる。
それに、応えるように士郎の唇が彼女に近づく刹那
「おい、お前ら」
頬を掻きながら、気まずそうな声を上げるエルメロイに二人ははっとする。
モシカシテ、ワタシ(オレ)タチ・・・
「人前で、告白とか、惚気とか、ラブシーンとか・・・勘弁してくれ」
顔から火が出るほど恥ずかしい。
元はと言えば、そもそもエルメロイがキリツグを知っている事が話の原因だった。
ただ、その後の会話の重要さとかで、思わずその存在をウッカリ完全に忘れてしまったわけで。
先程とは違った、ある意味それ以上の気まずい空気が流れる。
仕切りなおすように士郎に紅茶を入れさせ、紅茶の香りが、気まずい空気を洗い流したところで、
エルメロイが仕切りなおすように士郎に言葉を向けた。
「実は私もお前に聞きたい事があった」
「また、アキハバラとかじゃないわよね?」
混ぜ返そうとする凛も、途中で口を噤むほど、真剣な表情だった。
もっとも、アキハバラの事を尋ねる時も同じくらい真剣だった気がするが。
「私が聖杯問答の出席者を説明した時だ」
凛は首を傾げるが、空気を読んで何も言わない。
「私は騎士王と英雄王と我が征服王と言った時、お前はセイバーとギルガメッシュと言ったな。
お前は英雄王がギルガメッシュだと知っていた、それは・・・」
「はい、ギルガメッシュは今回の聖杯戦争で出会いましたから・・・」
「・・・騎士王だけでなく、英雄王も此度も召還されたというわけか」
自分に向けられた視線に凛が不思議そうな視線を返す。
「英雄王は、前回からの生き残りよ。
受肉していたし、厳密に言えば今回のサーヴァントではないわ」
「な!!?」
息を呑む、それは当然だろう。
英雄王が生き残っていた事も驚いた。
イスカンダルが望んだ肉体を手に入れるという望みを果たしていた事に、皮肉な思いもする。
だが、それ以上に驚くべき事は・・・
「・・・英雄王はどうした?」
凛の言う事が確かなら、此度の聖杯戦争では必ずしも英雄王を倒す必要はない。
しかし、あの英雄王が、自分を無視して他の誰かが聖杯を手にする事を見過ごすだろうか?
「倒しました」
「だろうな」
そう、断じて否だろう。
聖杯戦争に勝ち抜いたということは、あの英雄王を倒したという事だ。
「・・・騎士王が英雄王を葬ったか」
呟きは音にならず、二人に届かない。
歯噛みする思いはある。
あのイスカンダルをして一太刀も浴びせる事ができなかった怪物。
それを倒した騎士王。
イスカンダルは決して騎士王に劣らなかった。
いや、闘っていればきっと勝っていたのはイスカンダルだったと確信している。
にも拘らず、騎士王は英雄王を破した。
それは、取りも直さずマスターの力量の差だったという事だ。
「しかし、流石は始まりの御三家だ。
英雄王の次は騎士王と、規格外のサーヴァントを用意してくる」
僅かに嫉妬と負け惜しみから漏らした言葉に、二人は狐に抓まれたような顔を向ける。
「・・・お父様のサーヴァントが何ですって?」
「だから、英雄王だろう、遠坂時臣のサーヴァントとは」
「バカな!!」
弟子の理解できないとでも言いたげな叫びに、エルメロイの方こそ理解が出来ず、首を捻らざるを得ない。
「ギルガメッシュのマスターは言峰だろ」
「・・・どういうことだ?」
噛み合わない。
何処かで何かが掛け違っているのか、十年間の齟齬が壁のように3人に立ちはだかる。
三人の混迷を受けたかのように、重苦しい鐘の音が12回鳴り響いた。
「・・・日付が変わってしまったな」
その言葉に窓の外に眼をやると、外は今の状況と同じく、夜の闇の中に霧が立ちこめ、一寸先すらも見渡せない。
「このまま話していても埒があかないわね」
「・・・そうだな」
「今日は帰って、一度頭を整理しましょう」
「セイバーも心配してメールも送ってきてるしな」
士郎の言葉に、エルメロイと凛が頷く。
「じゃあ、お互いが持っている、それぞれの聖杯戦争の情報を開示しあうという事でよろしいですか、ロード・エルメロイ?」
「ああ、勿論騎士王にも来て貰えるのだろうな?」
10年の鍵を埋める人物を、等しく思い浮かべ頷く二人。
騎士の王にして、此度と前回の聖杯戦争において最後まで生き残っていた最優のサーヴァント、セイバー。
「・・・セイバー絶対怒ってるだろうな」
士郎だけが、一人アパートメントでお腹をすかせ、荒れ狂っている騎士の王を思い浮かべていた。
魔術師の戯言
まずは、お待たせいたしましてすいません。
最近週末も忙しかったり、プライベートでも色々あったり、そもそもスランプだったりで
更新が滞ってしまいました。
今までの教えて!
次回でとりあえずこのシリーズは一区切りです。
短編連作なんで、続きもかけますが、最初に思い浮かんだのはここまでですので。
それでは、感想をお待ちしております。