その日の私もいつも通りだった。
シロウたちを見送った後、藤村組に戻ってライガや他の人たちと将棋をしたり、碁をしたり。
アインツベルンにいた時には名前すら知らなかったそれらの遊びは、魔術師としての生活しかしていなかった私にはとても新鮮で、けっこう熱中してしまう。
その後お昼ご飯を食べて、おなかが膨れて眠くなってきたらぽかぽか陽気の下でお昼寝して。
そして目が覚めたら、お散歩に出かけて。
商店街でお気に入りのたいやきを買って、聖杯戦争中にシロウと会っていた小さな公園で食べる。
ここまではいつもの日課。
でも――――
「イリヤスフィール」
でも、ここからが違った。
何故ここに私の名前を知っている者がいるのか。
この町の親しい人ならば、私のことは『イリヤ』と呼ぶ。というか、名前はそれしか教えていないから。
それが、『イリヤスフィール』と、フルネームで呼んできた。
それは、私が“アインツベルン”であることを知っているということ。
魔術協会の者か。アインツベルンが私を連れ戻しに来たか。或いは、未だに知らないキャスターのマスターだった者か。
いずれにせよ、喜ばしい事でないのは確か。
でも、私は今の日常が大好き。
シロウがいて、リンがいて、タイガがいて、ライガと組の皆がいて、嫌いだけどサクラがいて、他の、私が知っている人たちがいて。
サクラやタイガと言い争って、シロウのご飯を食べて、リンと魔術意見を交わして、ライガたちと遊んで。
皆が、私に優しくしてくれる。
だから、どんな理由だろうと、この日常を壊そうとするのなら――――
――――あれ?
ふとそこで、私を呼んだ声がどこかで聞いたことがあるのに気付いた。
記憶を探ってみれば、該当するのは唯一人。
でも、その人は確か――――
「どうかしたのですか、イリヤスフィール」
再び声を聞いて、確信する。
――――ああ、帰ってきたんだ。
聖杯戦争中の、しかも終結間近の短い期間だったけれど、シロウの家に一緒にいた時、姉のように母のように、世話を焼いてくれた彼女が。
シロウの次に大好きな彼女が。
いないはずの彼女がここにいる理由なんてこの際無視。
大事なのは、彼女が帰ってきてくれたという事実。
だから――――
「ううん、なんでもないわ」
振り返り――――
「おかえりなさい、セイバー」
満面の笑顔で、迎えてあげた。
夢の続き 〜それは日常から日常へ〜
中編
何度、夢に見たかも分からない。
――――土蔵での召喚。
――――バーサーカーとの邂逅。
――――宝具と真名の開放。
――――アインツベルンの森。
――――英雄王の出現。
――――教会の闇。
――――聖杯戦争の終結。
――――そしてその合間の、彼女が加わった日常。
黄金の光を背にした、離別の瞬間のその笑顔を思い出すたびに、なぜか胸が締め付けられるような気がして――――
――――ああ、なんだ。
未練はないなんて言っておきながら、こんなにも未練たらたらじゃないか。
自己暗示の如く、そう思い込もうとしていただけなんだ。
だって、それを望んでしまえば彼女の誇りに傷をつけてしまうから。
別れから2ヶ月たった今、初めての気付いた未練と後悔。
あのデートで、橋の上で橙色の夕日の中で彼女が決意を固めたそのときから、本当は――――
こんなにも、お前をこの手に抱き締めたくて。
こんなにも、お前を傍に繋ぎとめておきたくて。
「――――セイバー、なんだな?」
「ですから、先程からそう言っているではないですか」
腰に手を当てて、まったく、と呆れた表情がとても懐かしくて――――
「セイバー!」
強く抱き締めた。
「ちょ、シ、シロウ!」
いろんな想いで、胸がいっぱいで――――
「セイバー、セイバー……!」
「シロウ……」
溢れてくる想いを、抑えきれなくて――――
「夢じゃ、ないんだよな、ここに、いるんだよな……」
「シロウ……。ええ、私はちゃんとここにいますから」
セイバーも、腕を俺の背に回して、抱き締めてくれた。
「ですから、安心してください、シロウ……」
いつのまにか、俺は涙を流していた。
どれほどの時間、そうしていたのか。
正直、まだ気持ちが整理しきれていないが、それでもだいぶ落ち着いてきたので、抱き締めていた腕を緩める。それに合わせてセイバーも腕の力を緩て、結果、お互い見つめ合う形になる。
「落ち着きましたか?」
「ああ、ごめん。みっともないとこ見せちまった」
「いいえ、おかげでシロウが私のことをどれだけ想っていてくれたか分かりましたから」
「そうか」
そう言って微笑むセイバーに、少なからず顔が赤くなる。
泣いている間、セイバーはずっと俺を抱き締めてくれていた。だから、セイバーの気持ちも伝わってきた。
別れた後も、こんなにも俺のことを想っていてくれた。
――――ああ、そうだ。俺もセイバーに、伝えなければならないことがある。
「セイバー」
「はい」
「俺はお前に、言わなきゃならないことがある」
「――――はい」
思い浮かぶのは、離別の瞬間。セイバーの最後の言葉に対する返答。
これは、ちゃんと言葉にして伝えなければならない。
俺の腕を掴むセイバーの手に僅かに力が込められ、体が強張っているのが分かる。
その少し不安げな顔を正面から見つめて、
「あのときの返事だ。――――俺も、お前を愛している」
一言一言を噛み締めながら、言葉を紡いだ。
「――――はい」
セイバーも、はっきり頷いてくれた。
同時に、顔を赤らめて微笑むセイバーが、とても綺麗に見えて、
「――――セイバー」
「――――シロウ」
自然と、互いの距離が近付いて、唇を――――
「――――で、二人ともいつまで抱き合ってるのかしら?」
「――――!」
「――――!」
いつのまにか来ていたついんてぇるに、現実に引き戻された。
俺とセイバーはお互い弾かれたように身体を離す。
「――――リ、リン――――」
「――――と、遠坂、いつからそこに――――?」
慌てふためく俺たちを見て、恰好の獲物を見つけたとばかりにあかいあくま、降臨。ニヤリと、例の顔つきになる。
「シロウが泣き終わったあたりかしら」
オウ、ゴッド。
失態ををあくまに見られてしまった。なんたる不覚――――!
これをネタにしばらくからかわれることは既に決定したも同然。
「あーあ、せっかくいいところだったのにー。だめじゃない、リン」
「お子様には刺激が強いかしらと思って、ね」
更にあかいあくまと対をなす、しろいこあくまも出現。
ああ、俺は一緒にいたはずのイリヤのことまで忘れていたようだ。
「で、士郎――――」
「な、なんだ……」
俺とセイバーの平穏はとてつもなく儚いもので終わってしまうようだ。
「久しぶりにセイバーを抱いた感触は?」
「……へ?」
「魔力補給のことでも思い出しちゃった?」
「なななななななななな――――」
なんてことを言いやがるか、このあくまは。よりによって――――
そこで、本当に思い出してしまった。
聖杯戦争中、魔力補給のため、セイバーと――――。
顔が熱を持ってくる。
それを悟られまいと――――バレバレだと分かっていても――――反射的に顔を背ける。
そしてそれがちょうど横にいたセイバーの方を向くことになり、今にも、ぷしゅ〜と湯気でも沸きあがりそうな、俺以上に完熟トマトになった顔を俯かせているのが目に入った。
――――ああああ、セイバーも思い出してしまったらしい。
「せめて、夜になるまで待ってね。昼間からだと他の人に刺激しちゃうから」
「だ――――!」
誰が、と言いたいのに喉に詰まって声にならない声が俺の体中を駆け巡る。
それをなんとか体外に吐き出したくて、でもぜんぜん吐き出せなくて、手が、足が虚空を彷徨うように踊る。
そうこうしているうちに疲れてきて、膝に手をついてぜーぜーと肩で息をする。
そんな傍から見ればおかしいだろう光景――――実際おかしかったに違いない――――がうけたのか、遠坂とイリヤが腹をかかえて笑っていた。
そう、言葉による墓穴は掘ることはなかったが、他のことで二度目の失態をやらかしてしまった。
「は――――士郎、お、おか――――おかし、すぎ――――」
「シ、シロウ――――って――――こんな、おも――――しろ、かっ――――た――――んだ」
笑いすぎて思うように息ができなくて言葉が途切れ途切れになっている。
そして、また笑い出す。
「〜〜〜〜」
笑い死ぬとか私を殺す気とか聞こえてくるが、実際そうなったって自業自得、誰が助けるもんか。
――――いや、まあ、本当にそうなられたら困るけど。
「あはは、で、セイバー?」
「な、なんでしょうか……」
ひとしきり笑い転げて、落ち着いてきたら、今度は矛先がセイバーに向いた。
絶対にからかわれると分かっているから、どうしても身構えてしまうセイバー。
なんとか言い返したいものなのだが、あくまの口撃にはかなうはずがない。猪突猛進の藤ねぇの勢いですら止めてしまうその威力たるや。
今、それが二人もいるのだ。
「なんでここにいるの?」
と思っていたら、今朝の焼き直しのように遠坂が真顔に戻った。
セイバーにはそれが予想外だったようで、きょとん、としている。
そうだ、セイバーとの再開と感動で頭にぜんぜん浮かんでこなかったが、冷静に考えればそれは聞かなくてはならないこと。
自分の時代に戻り、その責務をまっとうしたであろうセイバーが何故、今、ここにいるのか。
「まさか――――」
再び、聖杯を――――
許されない光景が頭をよぎった。
「その心配はないわ、シロウ」
「イリヤ、知っているのか?」
「ううん、私も何も聞いていないの。でも、セイバーを見れば分かるわ。だって、後ろめたい事をしている顔をしていないもの」
「――――!」
イリヤの顔は、その言葉が嘘でないことを無言で語っている。
気付けば、遠坂が俺を非難するような目で見ていた。
そして、セイバーの悲しげなその瞳が俺の心を抉る。
「士郎、あなた――――」
遠坂のいつもより低いトーンの効いた声。あの遠坂が、本気で怒っている。
そうだ、何をしているんだ俺は。
遠坂もイリヤも、そんなことなど微塵も思わないで素直にセイバーに聞こうとしている。
セイバーを信じている。
逆に、俺はどうだ?
セイバーのマスターだったのに――――
それを超えてあんなに愛したのに――――
なのに、俺は――――
「なんて、馬鹿野郎だ――――」
自分自身に、嫌気がさした。
「シロウ……」
セイバーに、こんな寂しげな思いをさせてしまった。
「――――ごめん」
気付けば、俺はセイバーに頭を下げていた。
「ごめんな、セイバー。誰よりも俺がお前を信じてやらなくちゃいけないのに――――」
「――――いえ、そう考えてしまうことは仕方のないことだと思います。私がここにいる理由が、他に考えられないでしょうから」
「例えそうでも、セイバーを疑ってしまったのは事実だ。だから、ごめん」
「――――はい」
そう言って再び微笑んでくれたセイバーは、やっぱり綺麗で。
「話して、くれるな?」
「ええ、ですが、その前に――――サクラとタイガは?」
この家の残る二人の名前が挙がる。
真実を話せるのは、聖杯戦争の当事者のみ。桜も藤ねぇも無関係な一般人。
故に、この二人には嘘を通さなければならない。
「二人とも部活だから、帰ってくるのは当分後になるはずだ」
「分かりました」
俺も、遠坂も、イリヤも、全員が真剣になって、セイバーの言葉を待った。
「それでは、話します――――」
魔術師の戯言
待ちに待った『あけすけさん的Fate続編』です。
ベタですがセイバーの帰還に、喜びのあまり回りの視線を忘れる士郎と、その士郎を受け止めるセイバー、そしてからかう周りの反応。
ほのぼのの王道ですね。
まじこういうの大好き
しかし、「私を笑い殺す気?」ってのはつぼだったわ。
そして、セイバー帰還の理由を話しそうで話さないまま引っ張って、次回に続く
―――――ですか?
いや、すっごい気になるところで切れてるんですけど・・・。
続き待ってます
モアーモアーハリーアップ!!
・・・・・・ああそうか、私の遅筆にいつもみんなこんな風にやきもきしてるのか。
反省・・・・・・
さあ!せかすために感想を!
拍手で送るなら「あけすけさん」と銘記してくださいね。